ジェリービーンズ
「集まったわ」
ほんの少しのうちにヒトセは材料をあつめて戻ってきた。ものの数分で何匹もの妖精に囲まれている。クロエはヒトセの服の裾の泥を落とそうと懸命になっている妖精に加勢しながら、籠皿にひょいひょいと軽快に材料を乗せていくヒトセの背中に向けてそう声をかけた。
「勝手に採ってきて平気?」
「授業で使うみたいに沢山でないから大丈夫」
ヒトセは指示の書いてある紙で最終確認をして、全部あるわ、と頷いた。
「終業の鐘までに第2魔法薬学準備教室の器具を用いて薬を完成させよ」
コールの声が辺りに響く。
そのとたんヒトセもクロエもライリーも揃ってコールの方を向いたものだから、コールは不愉快そのものだと言う表情をしながら、歩を進めてカードをクロエに押し付けるように渡した。そして、ヒトセが2つに分け終えた籠皿の片方を奪い取るように掴んで、薬草園の出口の方へとズンズンと大股で進んでいき、すぐに見えなくなった。
ヒトセもクロエもライリーも思わずコールを目で追ってしまったものだから、仲良く並んで猫じゃらしを追う兄弟猫のような様子でコールを見送った。
すっかりコールが見えなくなってから、ヒトセはくるり、とライリーの方に向き直った。
「ライリー、お菓子か果物はまだある?」
「あるよ」
ライリーは何を渡そうかなあとあちこちのポケットを漁る。吟味するうちに目に馴染んだデザインの袋を見つけた。過去ヒトセに見せた際、色が凄いわ、と驚いていたジェリービーンズだ。袋をつまんでヒトセに手渡す。
ありがとう、とヒトセはお礼を言った。すぐに袋を開けると今もふわふわと周りを飛んでいる妖精たちに袋の口を向けた。
「これから夕方まで私のお手伝いしてくれる子いるかしら?」
その場にいた半分ほどの妖精はぱあ、と花が咲いたように喜び、飛びつくように袋に向かったが、もう半分は名残惜しそうな顔をしてあちらへこちらへと帰路につく。
「また今度ね」
ヒトセがそう声をかけると、それはそれで嬉しそうに空を跳ねて行った。
「さて、ライリーにも手伝ってもらうわよ」
そんなヒトセの言葉にライリーは力強く頷きながら手を伸ばして袋からジェリービーンズを取ると口に放り込んだ。
「任せて」
ヒトセはゆっくりとまばたきをしながら、こちらを眺めるようにしているクロエに袋の口を向ける。
「クロエ、か、勝ってって言ってくれない?」
「きっと勝てるわ、ではなくて?」
クロエは真っ青なジェリービーンズをつまんだままきょとんとしてヒトセを見つめた。
「勝つも負けるも私たち次第だから、だけど、だけれどクロエ、私を後押しして……」
魔法薬は、作り手の腕前が並び立てば並び立っただけ、レシピや材料の特性、時には関連する物語や言い伝えなどから何をどう解釈をして魔法をつかったり材料を切ったり混ぜたりするか、といった部分で薬に差が生じる。
言わば音楽家が同じ楽譜を弾きあうようなもので、音楽でいう表現の違いが魔法薬の色や香りや効能に現れる、といった具合なのだ。音楽と違うのは、およそ最もよい、とされる方法というものが編み出されれば、明確な製法となる点だろう。
授業では製法とまではいかなくってもおおよその最適とされる方法が画一されているものが多く教材に選ばれている。創意工夫の隙はあれど、出来ることの幅は狭いのだ。
しかし、クルービアの妖精の朝露薬に関しては製法も方法もはっきりとは定まっていないようなのだ。
つまり、これは本当の腕前の勝負であり、ヒトセはここにきて初めて、人生においてすら初めて、全身全霊での魔法薬学勝負をすることになったのである。
勝ちたいと思うほど不安が顔を覗かせる。奮い立たせても、拭えないものがある。ヒトセはクロエに勝って、と言われれば不安なんて全部捨てて勝つ、と心を決められるような気がしたのだった。
クロエはヒトセが闘志と不安をぐるぐるとさせているのを見て、ライリーがやったように口にジェリービーンズを放り込んで、飲み込んだ。
「ヒトセ、勝って」
空色の瞳が瞬けば、ヒトセの心の中の さっきまでの曇りをどこかにやってしまう。
「勝つわ、絶対」
材料は揃っているようだけれど、さあどうしましょう、とヒトセは腕組みする。
せっかく手が沢山あるのだ。ライリーと妖精たちにはやり方や順序を書いたメモを見習いながら材料の下準備を、ヒトセは一度図書館に舞い戻り製法や資料を集めに。そのように手分けをすることにした。
「もうほとんど終わったのね」
ヒトセが図書館から戻る頃にはライリーらに頼んだ作業はほとんど終わっていた。
初めに入った方のドアから数えて3つの長机と椅子を陣取って、ライリーは一生懸命妖精たちと共に薬草や材料と格闘してくれたらしい。
「クロエは何を?」
ヒトセはさっそく作業に手をつけながら、くつろいだ様子で椅子に座り、時々紅茶を揺らしながら紙にペンを走らせているクロエに声をかけた。
いつの間にか掃除人形とアイビーははじめに掃除人形が置いてあった場所に戻っている。以前と違うのは、彼らがクロスを被っていないことと、アイビーが未だ踊っていることくらいだ。
……アイビーのことは、くらい、ではないことかもしれないけれど、とヒトセは小さく口元を緩めた。
クロエは彼らの1番傍の机にティーセットを広げていた。見ればティータイム用のワゴンまでが傍に控えている。
「見ていて」
クロエはいつの間にか取り出していた杖をくるりと手で回してヒトセの視線を集めてから、しっかり構えると杖の先をアイビーたちの方に向けて一言二言呪文を唱えた。そうして、クロエが杖を釣り竿のような要領で降れば、ひゅん、と杖から緋色の光が飛び出してきれいなカーブを描きながら、アイビーたちの少し先、暖炉に向かって一直線に飛んでいく。しかし、緋色はばちん、と目に見える形で火花を散らして暖炉に届く前に何かに阻まれて霧散した。
「知っている?このピクニック用のティーセットワゴンにはヒーターにもクーラーにもなる魔法道具が組み込まれているのよ」
事実ワゴンは確かに室内を温めていて、ひやりとしていた底の空気はすっかりゆるやかな温度になっている。
「こんなものをどこから……?」
「あのドアは薬草園と繋がっていたでしょう?教室倉庫にしまわれてきたときまでは繋がっていなかったのに。それなら、はじめに入ったドアはどうなると思う?」
「別の何処かと繋がったのね?」
「そう。食堂のそばに入り組んだ場所があるでしょう?そこの突き当りと繋がっていたわ」
つまりクロエは部屋の空調の代わりに食堂からこのティーセットワゴンを持ってきたらしい。
「このワゴン、1つ問題があって」
「なにかしら」
「ティータイムの体をなしていないとヒーターがつかないのよ」
飲むわけでもないのに妙に頻繁に紅茶を揺らしていた訳が分かってヒトセは思わず笑ってしまった。
「ティーセットを広げて、紅茶を用意する、それでやっと点いたのよ。けれど紅茶から離れると駄目。勉強会の際に使ってもいいようにかしら?手を動かしていると大丈夫なの」
「それでペンを……そういえば、何を書いているの?」
「ヒトセはしばらくしたら魔法…それも呪文について調べるだろうから、手引書とまではいかないかもしれないけれど、いろいろと役立ちそうなことを少し」
ヒトセは盛大に顔を赤らめた。クロエのその行動にとても嬉しい気持ちになったものの、考えていたことがすっかり読まれていて嬉しさを上回ってそんなに私ったら分かりやすいのかしらととてつもなく恥ずかしくなった。
第1の勝負の前、カードに記された呪文に向き合う3人を見て、興味を惹かれたヒトセは魔法が使えなくったって少しくらいかじったっていいだろう、と思っていたところだったのだ。
「身にならない枝まで齧ろうなんて、歯でも伸びているのかと疑うがね。ちょろちょろと動き回る風体なんかはそれらしいが」
コールは不機嫌そうな顔ににやりとした笑みを貼り付けてそう言いながら、薬草園の方のドアから本と籠皿を抱えて入ってくる。
籠皿に用意された物の他に、烏目の妖精の羽が乗っているのを見て、ヒトセはこのしばらくの時間に採ってきたのかと関心した。
ヒトセが妖精に手伝いをお願いしたのは作業の効率などのためだけではない。どこの地域の妖精の朝露薬にも必ず材料として妖精の羽が入っているのだ。
烏目の妖精は、魔物寄りの妖精であり人間に明確な敵意を持っており、人を森で迷わせて命を奪ったり、人を水に突き落として溺れさせたりなどといったことをしてしまうため、地域によっては討伐の対象になっている。また、ほとんど唯一の羽の生え変わりをする種類であり、森に行けば時折烏目の妖精の羽が落ちていることがある。校内にも街の端にも森があるため、その羽を手に入れること自体は可能だろう。
とはいってもヒトセは羽を拝借するために彼らに手伝ってもらうことにしたわけでは勿論なく、朝露薬の材料として必要なのは妖精の羽の『粉』と妖精たちの『魔法』なのだ。手伝ってもらうことで十分事足りる。
「兄さんは案外言葉数が多いよね」
ライリーがそう口にしたのを聞いたコールは、今にライリーに殴りかかりそうなほどの剣幕でギロリ、と睨んだ。ライリーは一瞬怯んだものの、ごくり、と唾を飲み込みながら睨み返す。
「お兄ちゃん子は卒業か?」
「入学させてもらえるように頑張るよ」
数秒間、ピンと張った糸のように緊張した空気が流れたが、自然とどちらともなく視線を外しあい、互いの作業に戻っていく。
それを見て、ヒトセとクロエはなんて息がぴったりなのでしょう、とぱちぱちとまばたきをしながら顔を見合わせた。




