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ハルミヒトセと願いの叶う薬  作者: 白梅つばめ
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決闘

 クロエは1歩前に出た。舌戦ともなれば別だが3人の中で今すぐにコールに対抗出来るのは自分だけだ、と踏んだからであった。


 そんなクロエの警戒をよそに、はじめからこちらがどう思おうとどう動こうと関係がないような様子でコールは先程使わなかった方の杯をひっくり返して自身もそれを被った。

 それを見てヒトセは少なくともそう危険なものをかけたわけでもなさそうである、と判断し、少し安心する。


 ぽたぽたと滴が廊下の床に落ちる音が妙に大きく聞こえるなか、ライリーは静かにただ、じ、とコールを見つめていた。


 はりつめた空気の最中、ふいにコールの上着が跳ねた。ポケットの中に何かがいるのだ、と分かるとヒトセもクロエもライリーも固唾をのむ。


 それは出口を探すようにポケットの中を跳ね回っており、どうやら外へ出ようと四苦八苦している。そしてとうとう見つけた出口から出ると、一直線に旋回しながらクロエめがけて飛んで来た。勢いを落とさないままにクロエの顔前まで迫り、鼻先まであと数十センチの辺りの空間にぐちゃり、と追突する。


 それは白く、折目のついた紙のようなもので、ヒトセからすると、折り紙の蝶のように見えた。


 ぶつかってもなお、それはクロエの顔前の壁のような空間をぺたぺたとはってみせたり、体当たりしてみせたりと、懸命にクロエに近づこうとしている。その様子はいっそコミカルであったし、この渦中になければきっと笑ってしまうような様子であった。


 笑うまではないもののクロエとヒトセは少し気が抜けてしまって、緊張よりも困惑の気持ちが強くなり、お互いの顔を見合わせた。


 そんなとき、体当たりをやめたそれは、ばくり、と怪物が糸を引きながら口を開けるような気味の悪い様子で折目を開いた。紙のような質感でよくぞそこまで、というような不気味さを保ったまま次々と折目が開いていく。


 一同絶句である。


 ポケットに入れてきたはずのコールすら引いている。


 クロエが手をさまよわせてヒトセの服の袖を掴んだために、ヒトセはそ、とその手をとり、握った。


「ちょっと、これ、何なのよ!」


 コールにとっても予想外の事態だったのかクロエに促されてやっと事態を飲み込んで口を開いた。


「知るわけがないだろう!さっきまでは普通のカードのようだったんだ!黙ってしまったから案内が終わったと思ってしまっていたただけだ!」


「へえ、カードとお喋りだなんて素敵な……」

 ご趣味、とまで言おうとしてクロエは目の前のそれが本当にカードの形になっていることに気づいて、それに書かれた文字を読み上げた。


「見届け人は、クロエ・ホワード……」


 クロエがトンと指先で顔前の空間をつつくと頼りを失ったカードがひらり、と落ちてきてクロエの手に収まった。

 

 それを見てやっと壁のような空間はクロエの魔法だったらしい、と彼女の一歩出た足の意味を理解したヒトセは、その格好良さに文句をいうように不自由しないのか未だ繋いだままのクロエの手をぎゅうとした。


「見届け人?」


 コールは眉間にシワを寄せながらそう言い、クロエの手元のカードを見ている。いつものように苛立っているものの動揺や困惑の気持ちが勝っているのか普段より幾分ましな様子だ。


 お喋り、とはこういうことか、とクロエはまた浮き出た文字を目で追う。見届け人というよりは読み上げ人ではないだろうか、と思いながらも読み上げる。


「ここに勝敗の杯による、コール・コップス対ライリー・コップスおよびヒトセ・ハルミの決闘を認める」

「な……!」


 コールは先程ライリーに杯の中身をかけたとき、ヒトセにもかかった様子であったことを思い出し、ヒトセをひとにらみして舌打ちをした。


「まあ、いい。俺と愚弟だけで決闘、となって棒倒しでもさせられたら敵わないからな」


 コールはそう言い、フン、と鼻を鳴らしながら、ふんぞり返るような姿勢で腕を組んだ。


「勝敗の杯なんて何処で手に入れたの、貴重な遺産物でしょう」

「そのカードに導かれたんだよ、遺産物は、求める者の前に現れることがあるっていうのは本当だったらしい。今また文字が変わったろう、はやく読まないか」


 魔法使いでも死という終わりからは逃れられない。しかし時折魔力だけは逃れてしまうことがある。


 それは道具に、場所に、何もかもに宿り、家族に伝えたかった最期の言葉を伝えるためであったり……復讐をするためであったり、様々な形で死した魔法使いの最期の想いをなぞる。解明されていないことの方が多いためその分だけ呼び名があるが、この学校ではそれらをまとめて魔法使いの遺産物、または遺産物と称している。


 コールの言うとおり、遺産物によっては自ら必要とする使い手の元に現れるような物も存在する。本当に様々な物があり、確かこの学校にも何点か保管してある筈だ。その中にあったのならコールが勝敗の杯を手にしていることはおかしなことでもない。


 勝敗の杯はかつて海賊が手にしていた魔法道具であったとされている。公平な決闘のための約束の杯とされ、その中のものを互いに浴びて、望みを賭けてから勝負をすればズルなどは出来なくなる道具だ。と、説明しておきながら、実際のところは手練手管で公平な勝負だと信じ込ませては必ず最後に海賊側が上手く勝てるよう、魔法使いが工作をしやすくするための道具であったらしい。つまり、当時は魔法道具でも何でもなかったと言われているのだ。事実それを暴かれた話も残っており、それらの逸話はよく舞台のモチーフになっている。


 しかし、その工作をしていた魔法使いの死後、勝敗の杯は本当に魔法道具になった。魔法使いの死によって行き場を失った彼の魔力は彼の魔力の染みた杯に宿り、勝敗の杯が魔法使いの遺産物となったらしい。クロエは元の逸話と、そのくらいは知っているが、遺産物となった勝敗の杯の魔法道具としての効果は知らない。無視して逃げてしまっていいものかも分からないために、二の足を踏んでいた。


「文章じゃあなくて呪文のようよ」


 クロエはどうしたものかしら、と頭を悩ませながら素知らぬ顔でくるり、とカードを回して文字を読むのを急かすコールに見せた。関心を引いたのかコールはふむ、と覗き込むような姿勢になる。


「いやに古風な構成だな……ふーん、まさか読めないのか?ホワードのお姫様が?」

「向こう見ずなことをしないだけよ、解釈が難しいの」


 なんだなんだとヒトセとライリーもクロエの持つカードを覗き込んだ。


 ヒトセは遊び心のある絵のようなくずし字で詩のような文章が書いてあるそれを見て苦笑してしまう。意味を理解している単語がほとんどなく、例えるならば漢字が読めずにひらがなだけを読んでいるような具合だ。あまりにさっぱりであった。


 さきほどまでの険悪なムードはすっかりどこへやらと飛んでいき、クロエもコールもライリーも呪文のどこをどう読んで、どう魔力を使うのかなどとああでもない、こうでもない、と真剣な様子である。


 ヒトセは3人の邪魔にならないよう、と体を引きながらちらりとコールを見た。


 恐ろしい剣幕である、が不機嫌そうである、くらいに落ち着いているおかげでやっとコールの様子をしっかりと見る事ができた。薄っすらと隈をこしらえ、初めて会ったときからすら少し痩せたように思える。


 このくらいの機嫌であれば授業も受けられるであろうし、少し疲れているようであるとは思われても大きな問題にはされないだろう。


「ここ、少し『飛べ高く、空を舞え』の形に似て、いない?」


 ライリーがそう声を出してもコールは怒り出さずにああ、似ているかも、と返す。


 ヒトセはその様子を見つめながら、コールは飲んだ薬によって、意識している中に自分の気にかかるものがなければ平常の状態を保てるような状態なのだろう、と思い至る。けれど、どうすればそんな状態にすることが出来るのかしら、と口を尖らせた。なんにせよ今のヒトセに再現は難しそうな薬であり、相当巧く作られた薬だな、と感心してしまう。


 そもそもどうしてそんなものをコールに渡しているのだろう。


 ふと、この一連の噂の、渡しているのだろう誰か、は何の目的があってこんなことをやっているのだろう、という疑問が沸いて、ヒトセは眉根を寄せた。


 そうしているうちに、クロエは呪文を唱え始めた。

 すると何処からともなく先程見たような蝶に似たものがひらひらと2羽現れ、コール、ライリーの前までふわふわと浮いて来、止まった。


「……互いに望みをかけよ」

と、クロエがカードに浮き出た文字を読むととたんにぽん、と手品のように蝶はカードに様変わりし、コール、ライリーの手元に落ちた。


 一同、蝶がまたあんな様子で開くのではないか、と心臓を早くしていたが、今度はあっさりと軽快に開かれたものだから、それはそれでより先程の様子が何だったのか、どうしてこうは開いてくれなかったのか、とどうにも収まりが悪い心地になった。


 ヒトセがライリーの手元を覗きこめば、『望みは?』とあり、ご丁寧に小さなペンまでついている。


「14時までに教室倉庫67番、第2魔法薬学準備教室に持ってくること」


 クロエが読み上げたのを聞くと、コールは徐々に険しい顔になりながら、さらさらとペンを走らせカードを閉じ、ポケットにねじ込むと広い歩幅でずんずんと歩き出した。


「忙しないわね」


 クロエが苦言を呈するような口調で言えば、ライリーがにへ、と笑い、

「兄さんは行動に移すまでが早いんだ」

と言う。


 にへ、と笑ったのはほとんど癖のようなもので、ライリーはそう自分が笑ったことに気づくとピクリと顔を歪め、複雑そうな顔になる。それを見てヒトセはあら?と眉を上げた。


「どうしたの」

「ずっと僕が悪いから、って思ってきた、けど、そうしたら兄さんも悪いことになるんじゃあって思ってちょっと、うーん」


 その様子を見てヒトセもクロエも少し驚いた。ライリーが怒っているようだったからだ。呆れたような、困ったような、悲しいような、そんな感情の入り混じったものではあったがこれは確かな怒りである。


「望みなら僕に直接言ってくれればいい、だろ、僕がちゃんと聞かないようなら父さんや母さんに言うって手もある。自分は何にも言わないでおいて思うようにしたいなんで卑怯だ……」


 ライリーは吐き出すようにそう言うと、うう、とうなりながら、でも、といや、の間で葛藤し始めた。


 クロエはこの大変不本意な状態に歯噛みする。そしてヒトセが一度に沢山の出来事が起きて混乱しているのを見て、どうしたものかと息を吐いた。コールに立ち向かう決心をして、今日の日の兄の望みなど正気の沙汰ではないだろうことは分かりきっているのに、けれどそれすら承知した上で決闘に付き合おうとしているライリーに水を差せるほどクロエは大人でもない。


「……いいたいことは沢山あるけれど見届けろというのであれば見届けてさしあげます」


 クロエはそう言うと、ぐ、とカードを強く握る。


「ああもう、いい、全部聞こう、兄さんに!僕が考えても分からない!」


 ライリーはひときわ大きな声を出してそう言うとさらさらと『望み』を書いてコールと同じような動作でポケットにねじ込む。一呼吸してはっとした表情になるとヒトセとクロエに勢いよく頭を下げた。


「巻き込んでごめん。けど、どうしても手伝ってほしい!お、お願い!」

「ここに来て僕だけで行くよ、なんて言ってごらんなさい、お兄さんとの勝負の前に私とも勝負してもらうわよ。そこの花瓶の植物で作れる薬を言っていく勝負なんてどう」

「あまり待たせて機嫌を損ねるのも恐ろしいから行きましょう」


 自分より余程戦う気のあるヒトセとクロエにライリーは面食らってしまう。


「あ、ありがとう……!」

「こてんぱんにしてやりましょ」


 そう真剣な顔で言うヒトセにライリーは思わず笑ってしまった。


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