ゴーストの薬
「わざわざ蓋を元通り締めてあった。つまり兄さんはかなり几帳面なんだ」
きり、とした顔でそう言うライリーにクロエはまた
「だから、着地するところがおかしいのよ!」
と返してしまう。ヒトセはそんなやり取りにきゃっきゃとはしゃいだ。
「でもその夜の日以降はこれまで通り以上の威勢のよさで怒鳴られたから、本当に何が何やら分からなくって」
「もしかしてそれに薬が何か関係するのか、と?」
こくり、とライリーは頷く。
「兄さんからしたら侮辱の類の感情かもしれないけど、し、心配で」
実際にコールはあまりに情緒が不安定な様子であり、最近は感情の起伏で魔法が漏れでるほどに魔力すら安定していない。心配はもっともである。面と向かって何か言うわけにもいかずに、情報欲しさに調べまわっていた、というのがライリーのこれまでのいきさつらしい。
「コルクはまじない屋のやつにそっくりだったけど焼き印がついていなかったから、vipの噂も相まってもしかして、と思ったんだ」
「vip用の特別な薬があるんじゃあないか、と思ったのね」
ヒトセがそう返すとライリーはうん、と返す。
「ライリー、お兄さんの飲んでいた薬の色は薄紫色に黄色で、もしかしてきっと2回以上は飲んでいる、のよね?」
「そうかな、って思って」
どうしても確証はない。それがまたここまでのめり込んで調べることに繋がったのだろう。
「ええと、今までの話だと裏通りのゴースト、は待ち合わせ場所のヒントでこの件と関係がない、のよね?」
ヒトセは本を持ち直しながらそう言う。
「そうなるわね」
「だけれど、私が夢や幻覚や幻聴を見て、聞いたりしていなければ、裏通りのゴースト、かもしれない、さんはお兄さんに薬を渡しているそうよ」
「まさか壁にもたれていたのってそいつに何かされたの」
クロエの目がギラ、と煌めいたのを見て、その圧でライリーは思わず背筋を伸ばしたが、ヒトセは気にした様子もない。
ヒトセはポケットに入れていたままにしていた手袋をクロエの前に置いた。
「これは?」
「何か、しちゃったの」
「意外とやるわね」
クロエが手袋をヒトセから受け取ると真剣な表情で観察を始める。
「そのゴーストさんがいうには、去年に一度、ライリーのお兄さんに薬を渡したらしいのよ」
「一度?」
ライリーはヒトセにそう聞き返す。
「薬を渡して、そのあとは会っていないようだったから、一度だと思ったのだけれど……なんというか、変な人だったのだけれど、その、すごく変な人だったから、人間離れしていればしているほど嘘は言っていなさそうな気がして……」
嘘は言っていなさそう『だけれど』というのがヒトセの率直な感想であった。話した内容には嘘がなくとも意図的にしろ何にしろ話していないことの方が多そうだ。
「ああ、駄目。魔力は感じるけど何にもわからない。ライリーは何か分かる?ヒトセ、どんな人だったの、その、とてつもなく変なゴーストさんとやらは」
クロエはライリーに手袋を渡すとヒトセに向き直った。
「彫刻が服を着て歩いているようで……そうね、ええと、髪がキラキラしていたわ。髪をキラキラさせる魔法ってあるのかしら?」
「数年前にファッションショーでこういうのなら流行ったけれど」
クロエが呪文を唱えながら髪を撫でると撫でたところからきらきらと光を放ちはじめた。まるで芯に光がとじこめられていて、それが溢れだしているかのように柔らかにあたりに光をこぼす。
「……綺麗ねぇ」
ヒトセのあまりに素直な心からの言葉にクロエはどうしようもなく照れてしまって、する、と髪をとかして魔法を消してしまう。
「でも、そう日中の、特に道で使うようなものでもないわよ、スポットライトくらいしかないショーだと映えるけれど」
「普段は使うようなものでもないってことかしら?」
「そうね」
そういえば、彼はクロエのように魔法を解くのではなく、『ばさりとフードを被った』。だけれど去り際に魔法を使っていたのだから魔法使いであることは確実だ。ヒトセはやっぱり彼は変なところばかりね、と思う。
「魔法でそんなことも出来るのかしら、って疑問に思っただけなの」
「あの……ハルミさん、ゴーストは何か制服を着ていた?」
ライリーが手袋から目を離さずにそう尋ねる。
「どうかしら、コートを着ていたから」
それにヒトセはこの学校の制服以外の判別がつく自信もない。
「どうして制服を着ていたって思ったの?」
クロエは興味深そうな様子で真剣そうなライリーの手元を覗き込みながら尋ねた。
「この手袋の編み方はテルズムットの工場の編み方で、そこは制服とか記念品ばかりを作る工場なんだ。刺繍や細工は別の所みたいだけど、それはテイルの草結びでないことしか分からないや」
「刺繍?」
「ほら」
ライリーは手袋をひっくり返して手袋に施された刺繍を2人に見せる。
「やだ、何か書いてあるじゃない」
「えっ、あ!本当だ!」
手袋の作り手にばかり気を取られてしまって刺繍の文字には意識が向かなかったらしい。
「セ、ス……」
ヒトセは指でなぞるようにしながら文字を読み上げた。
「名前かなあ」
「名字ではないから何処の誰だかまでは分からないわね」
といっても彫刻のような見目をした男、なんてクロエの記憶にはないから、名字が分かったところで出身の地域が絞れるか絞れないかくらいのものだ。
ヒトセは自分の手に戻ってきた手袋をポケットにしまい直して、話を続けることにした。
「それで、ゴーストの渡した、と言っていた薬はライリーの言っていたお兄さんの薬の色とも形状とも違うの」
「それに渡したのが1回、なんだよね」
「ええ。渡したと言っていたのはクルガベレーをカラントアで閉じ固めてある結晶で。ゴーストさんはただの毒ではなくロマンのあるもの、と主張していたけれど、どうしても毒にしか思えなくって詳しく調べていたの」
ヒトセは手元にあった本をくるりと回転させた。
「この本は、ブランシェ医師の書いた、毒物を摂取したにも関わらず奇跡的にその毒を克服した患者たちのことが細かく書かれている本よ。ここを見てちょうだい。『奇跡的に生き残った少年の症例』ってところの、ここよ」
ヒトセの指した文章をライリーは真剣な顔つきで文字を目で追っていく。
「え、と……クルガベレーを克服したナサニエルは家族に見守られながら魔法を使った。すると、どうだろうか。彼は以前より格段と魔力が増えていたのだ。彼の身にはこれまで知られていないような奇跡が起きた」
「考察の部分ではブランシェ医師はこうも述べているわ。伝承でありおとぎ話である『レイリッドの冒険譚』に出てくる魔力の実はクルガベレーではないのか、と。伝承の事柄や奇跡的に起きたことを作った薬で起こそうとしていれば確かにロマン、だわ」
ヒトセはゆっくりと本から顔を上げたライリーに言う。
「ライリー、お兄さんの叶えたい願い、魔力を増やすことかもしれないわ」
魔力を増やそうと……ライリーはヒトセの言葉を反芻していた。また1つ知りたいことが増えてしまった、と頭を悩ませる。一通りヒトセの調べ物が終わり、今日のところは解散しよう、となり3人でぞろぞろと廊下に出た。さあ、寮へ向かおうか、と前を向こうとしたときであった。
「えっ」
そんなクロエの短い声のあと、ぱしゃん、と何かがライリーにぶつかってきた。
「み、水?」
横にいたヒトセにも少しかかったらしく吃驚した顔で固まっている。ライリーは今彼女の考えていることが手にとるように分かった。図書の本を借りてこなくてよかった、と思っているに違いない。
なんて現実逃避をしてみても、何の解決にもならない。
ライリーの目の前には杯のような物を構えた兄が睨みを効かせて立っているのだから。




