オリビア
「運んでもらって悪いねえ」
結局かばんの中からいくつかの物を取り出してヒトセ、クロエ、ライリー、そしてマダムでわけあって運んだ。
3人はマダム……オリビアのお宅の玄関前の大きな机に食材やら素材やら、運んできたものを並べていく。
玄関横から伸びている庭は小さな薬草園のようになっていて、ヒトセはそれらの世話のされ方にオリビアさんは几帳面で丁寧な方なのね……と感心していた。
「今日は天気もいいし買い物にでも、と思ったんだよ。まあ、頼めば買ってきてもらえはするんだけど、今日は素材市だからね。自分で見たくってさ。買い物の予定もあったのに思わず買いすぎてしまった」
おかげで、鞄がこんなことになってしまったけど、と苦笑しながらオリビアは机に並べた戦利品だろうものを包みから出していく。
「あ……ルクミンホムト」
ヒトセがふらふらと吸い寄せられるようにオリビアの持つ素材のそばまで歩いていった。
「詳しいね」
素材市といえば町が主催となって、定期的に開催されるフリーマーケットやオークションのような催しである。例えば狩った魔獣だとか特別な植物だとかを様々な方法で売り買いしている場所なのだ。
インや保険医など魔法薬学に連なる教職員は持ち回りで素材市に赴いては素材などの調達に出ている。
今日の調達の当番はインであり、もしも町でヒトセたちに万が一のことがあった際、合図を送るとこちらまで駆けつけてくれる約束をとりつけてあった。
ヒトセが過去素材市への同行を願い出た際に、ヒトセが簡単には抱えられない大きさになったらね、といわれたあたり、そうお綺麗な場所でもないらしいことは分かった。そのためヒトセは先生等の戦利品を眺めながら、どんな場所なのかしらと夢を膨らませては、ため息をついていた。
「こんなに沢山何にお使いになられるの?これだけあればなんでも作れてしまいそう」
そうヒトセに尋ねられたオリビアは玄関のドアを指した。手招きされたままにドアの中を除けば整頓された沢山の釜や器具、壁に並んだ棚にずらりと収納された素材の山が目に入る。
「ああ、名前だけしか名乗っていなかったね。私はオリビア・シューマ。表通りでお店をやっているんだ。まじない屋っていうんだけれど……」
3人は急に間抜けになってしまったみたいにぽかんとした。
さっきまで和やかだった3人が急にピタリとねじが切れたおもちゃのように停止してしまって、オリビアは不思議そうな顔をする。
「ええと?」
オリビアの困惑した声に動かされてやっとヒトセは動き出した。目をうろうろとさせたあと、ゆっくりとオリビアと目を合わせながら口を開く。
「あ、私、この間、まじない屋さんに行って……品数がすごくて……本当におまじない、で、とても……」
ヒトセは普段の饒舌さをどこへやらとやってしまい、恋する乙女のように恥じらいながらオリビアにそう言う。
オリビアは思わず吹き出した。何事かと思えばあの間はどうやら感激の間だったらしい、とヒトセ以外の2人も、そんなヒトセの様子を見て和やかに笑っているのを見て納得した。素材を取り出すたびに素材の名前をいいあて、これでもかというほど目をきらきらとさせていたのだ。これだけ素材にくわしければ、まじない薬にも興味があっておかしくはない。
「そうかい、うれしいね」
少しつっけんどんな言い方になってしまったが、ヒトセのほころぶような笑顔にオリビアは思わず頬が緩んだ。
「ライリー」
ヒトセが奥の部屋にオリビアと共に素材を運びいれながら談笑している間、クロエとライリーは自然と包みをあける係となっていた。
「ち、ちがう、ほんとに偶然だった。ほんとにほんとにほんと」
「ヒトセのおかげで変な空気にならないですんだけど」
ライリーは頷いた。
「でもここってベルベット通りではないわよね?」
「うん、ワインカークのあたりだね」
「というか、まじない屋の──少なくとも作っている方はシロっぽいのだけれど」
「そう、だね」
ヒトセは2人が話している間もオリビアと目をきらきらさせながら楽しそうにしている。
クロエがヒトセを見つめながら悩ましそうにため息をつくのを聞いて、ライリーはなんだ?というような顔を返す。
「ヒトセったら珍しい薬だよ、とか面白い植物さ、って言われたらついていてしまいそうでこわいのよね」
真剣にそう言うクロエにライリーは流石にそんなことないだろう、と返そうとして、記憶のなかのヒトセのことを考えて
「現物をちらつかされない限りは大丈夫、じゃないかな」
と返した。
ヒトセは興奮冷めやらぬという状態ではあったが買ってきた素材も食料もほとんど整頓されたころには徐々に落ち着きはじめていた。
オリビアはお礼のいたちごっこになってしまうね、と言いながら3人にお茶とまじない屋のお菓子を出してくれた。
「菓子なんぞ出して従業員が増えてね、時たま置いていくから食べるけどなかなかに美味しいよ、これは」
「学生の間でも評判ですよ」
にこやかにそう言ったクロエにオリビアはへえ、と感心したような顔をする。
「そうかい、好きなら沢山食べていきな。食べきれないからね、手伝いに来たついでに置いていくのさ、菓子も作って薬も作って、いつ休むつもりなんだか」
「お孫さんがまじない薬作りのお手伝いを?」
ヒトセがそう尋ねた。
「孫じゃあないよ、あんなのは。どうしたっていうのかね、訳がわからないけれどね」
途端オリビアはつんとした表情になる。
「アタシの孫のルイは、父親……アタシの息子に似てまじない屋は恥ずかしいって言って店に近よりゃしなかったのさ。薬にもなりやしないもん作っても仕方ないだろって」
「薬じゃないから、いいんじゃあないの」
む、とわかりやすくむくれたヒトセにオリビアは優しい目を向けた。
「ま、そんな孫はまじないどころか、魔法も魔術もないところへすっとんでいって菓子職人だろう?変わってるんだねぇ」
自分には関係ないことのようにそういうオリビアがおかしくてヒトセは苦笑した。
「ルイが学校を中退してからしばらくしてからかな、ここのドアにお菓子が入った袋が引っ掛かっていてさ。手紙のきれっぱしみたいなのに、なになにを作った、だとかだけ書いてあって。それからほんとにさ、時々。おんなじ感じで菓子が届いてたんだ。なんだか、ね。いじらしいだろ?」
ああ、オリビアは内心複雑なところはあっても、確かにルイを可愛い孫だと思っているのだなあと分かり、目下そのまじない屋に疑いの目を向けていることをヒトセもクロエもライリーも少し心苦しく思った。




