貸し借り
「兄さんが?」
「そう、中庭のときほどの様子ではなかったけど、他の生徒と揉めていたわ」
クロエは廊下で見た一連の話をライリーにも伝えた。
コポ、と目の前の液体が沸き、クロエはそれをかき混ぜながらライリーに擦らせていた薬草を受け取り、加える。
「うう、寒い」
「ヒトセ、おかえり」
バタバタと魔法薬学の教室にヒトセが何匹か妖精を連れて入ってきた。
「薬草園の回転率がよすぎるわ」
薬草園はある程度常に使える状態の薬草の量を維持している。そのため、風邪の患者のためにいくらか使えば当然その分だけ植えなくてはならない。現状、稀有な体質で植物を育てるのに秀でたヒトセに植えつけや世話をしてもらうことでなんとか回転率を上げてその薬草の数を保っていた。
例年であれば軽度の患者であっても薬の支給をほどほどで諦め、病院を案内しつつ、何割かの生徒には授業を休ませているところだ。おかげで感染予防にまで手が回りはじめ、少しずつ患者は減りつつあった。
「そうもよく育つわねぇ」
「この子たちがよく歌ってくれるから」
ヒトセは肩口ではしゃぐ妖精をつん、とつつく。妖精は楽しげに笑いながら指に擦りついた。
「そうするとよく育つの?」
「私のやる気が出るの」
「この冬一番の功労者かもしれないわね」
妖精たちは褒められたことは解ったらしく得意気に羽を動かしている。
「あら、もうこんなに作ってくれたの」
ずらりと机に並ぶ薬瓶を見てヒトセは驚いた。
「ここの妖精たちに作り方を覚えさせたの?手伝いがとてもスムーズだったわ」
妖精たちはクロエとライリーがヒトセの書いたノートを読みながら工程を進めていくたびに適宜手伝ってくれた。そんな手厚いサポートにより思っていた以上に作業が進んでいったのだ。
「お手伝いを何度もお願いしていたら、だんだん覚えていってしまったみたい」
「僕より実習でいい点数が取れそうだね」
「どうやら、ヒトセがお願いする内容と材料でなんとなく覚えているようですよ。ホワードさんたちはノートを読みながらやっていましたから、ほら、ここのメモも読んでいたでしょう、これが合図になっているんです」
3人の話を聞いて、イン先生はさっきまでにらめっこしていた書類から目を離すとヒトセのノートを指差した。
「ああ、なるほど」
他でもないヒトセがインの指摘したそのことに感心する。
「妖精が覚えてしまうほどの量をヒトセが作った事実が恐ろしく思えてきたのだけれど?」
「さあて、上手に薬は出来てるかな?」
「誤魔化したわね」
インはポケットから小瓶を取り出して左手に持つと、右手でクロエたちの作った薬瓶を触りながら呪文を唱えては箱に移していく。
これは物質同士を比べる魔法で、小瓶に入っている目標の薬と作った薬が大きく違っていなければ上手に作れているということになるのだそうだ。
「今日はヒトセの労働環境改善に来たわけではないからいいわ。とにもかくにもこれで、明日1日分以上のヒトセの働きは満たしたわよね?」
「ええ、それはもう、2人ともご苦労様です」
「え?」
自然にクロエの横に立ち、クロエが薬を作っているのを見つめていたヒトセとばっちりと目があったのをみとめてから、クロエはにっこりとする。
「ヒトセ、明日は9時集合ね」
「先生にまじない屋のことで相談をしたいから、口実として薬作りを手伝いに来たんじゃあなかったの?」
「まじない屋のことで、主にヒトセを借りる相談をしに来たわ」
してやられた、とヒトセは思わず顔をひきつらせた。
通りで薬を沢山作ったはずである。明日出掛ける分私たちが手伝うわ、なんて言われてもヒトセは申し訳なく思いその誘いを断固として断ったであろうし、それならばとなんとか時間を工面したであろう、ということまで読まれている。
ヒトセは恨めしそうにクロエを睨むがクロエは素知らぬ顔で口を開く。
「魔法は物質以外の全ての可能性である」
「……それ故に如何なる魔法使いも可能性に責任を持たねばならない?」
「魔法使いの原則、だね」
基礎的である教科であればあるほど、一度は聞く文言だろう。ヒトセは入学してしばらく耳がタコになるほど聞いた覚えがあった。
「そう、だから基本的には何を選んで、どう行動してしまっても、それは本人のせい、ということになるの。何もかもを持っているというのはお互いにそうなのだから」
「ええと、つまり?」
「今これくらいの状況じゃ、先生たちは動けないってこと」
ヒトセは口を引き結んでうつむいた。してやられた、という気持ちも大きかったが、何より先生に相談すればこの一件をなんとかしてもらえるのでは、と思っていた自分が少し恥ずかしかったのだ。
「学校には学校のルールがあるように街には街のルールがあります。魔法使いの原則がある以上、うちの生徒に何かしましたか!と文句をいうのも、なかなか簡単ではないんです」
押し黙ってしまったヒトセにインは優しく声をかける。ぱ、とヒトセがインの方を向くとインは困ったように笑っていて、ヒトセは駄々をなだめられているみたいで少し居心地が悪くなる。
「とはいえ先生はこの件に関して、私とヒトセを貸し借りするって取引をしたわけで……」
「え」
笑顔で固まったインを照らさんばかりのとびきりの笑顔でクロエは笑みを浮かべる。
「生徒想いな先生ってとっても素敵よね」
「ハルミさん」
「あら、9時でしょう?」
「なんだか、目、 覚めちゃって」
ヒトセが中庭入り口の寄せ植えの世話をしていると、ライリーがゆったりとした動作で重いガラス戸をカラカラと開けて入って来た。
男女の寮が互いに少し離れた位置取りであるため、集まる場所をどこそこと悩んだ結果、集合場所は中庭になった。教室と違い休日であっても植物のためにほどよく暖かいし、なにより3人が共通して位置を覚えている場所だったからである。
「廊下、冷えたでしょう。寒くなったわね」
「うん、そろそろ雪の季節、だなあ」
「ここって積もるのかしら」
「うーん、寒い冬なら」
「あら、私のところもそのくらいだわ、うんと寒くないと積もらないのよ」
なんて話をしながらヒトセが道具を片付け手を洗って戻ってみれば、ライリーは入り口近くのベンチにのんびりとした表情で座って寛いでいた。
ヒトセはクロエが寮の自分の部屋に椅子を持参しては、部屋の主顔をしていたことを思いだして、こっちの子たちったら、椅子を見つければ何処でだって寛げなくってはならない決まりでもあるのかしら、なんてことをちらと考えてしまいにやける口を押さえた。
「ハルミさんは何時からここに?」
「今日は当番じゃあないから、15分くらい前かしら?」
「働き者だ、ね」
「植物が好きなの」
そう返すヒトセにライリーはそうだろう、というようにへにゃり、と笑う。
ライリーがベンチの端のほうにちょこんと座っているものだから、ヒトセは反対側の端に腰かけた。
中庭は植物が沢山あるからかとても居心地がよく、何より中庭そのものもきっと端から端まで魔法や魔術が存分に使われているのだろうな、とドキドキするほど素敵な場所だ。普段は作業をしてばかりだけれど改めてこうして見てみればいつまで見ていても見飽きないほどに綺麗だなあ、とヒトセはゆっくりと息をした。
「2人ともとても早くはない?」
ガタ、とガラス戸の音がして入り口を見ればクロエが立っていた。
ブーツのつまさきがヒトセとライリーの方に向くやいなや、綺麗な動作ながら追い風でも受けたように2、3度のまばたきのうちにヒトセとライリーの座るベンチの真ん中に腰かけた。
「あら、寂しがり」
「そうよ、覚えておいて頂戴」
それからクロエはポケットから地図を取り出して3人で見られるように広げた。
「さて、今からランベッド通りの、例の住所のところに行くのだけれど、6-5は……」
「このあたり、かな」
「ええ」
ライリーが指差した地点は細い道がいりくんでおり、ひっそりと願いの叶う薬を渡すとすればこれ以上ぴったりな場所もないだろう。
「住んでいる人ですら迷っていそうではない?ややこしいわね」
「大丈夫よヒトセ、迷っても絶対見つけてあげるから」
「どこから湧いてくる自信なのよ」
「心からよ」
もはや自慢にもならないほどの自信なのか、クロエは地図から目を上げることすらせずにそう言いきる。勿論、リロから教わった魔法の賜物ではあるのだが、ヒトセはそんなことは知る由もない。




