ティータイム
「見せてもらったお菓子のレポートで少しは検討をつけてきたのに迷ってしまうわ」
色とりどりのお菓子の並ぶ陳列棚の前でヒトセはどれにしたものか、とトレーを持ってうろうろとしてしまう。それを見てクロエはくすくすと笑った。クロエのトレーには既にベリー系のタルトが乗っかっている。
「意外ね、ヒトセったらこういうの、すぐ決めてしまう方だと思っていたわ。お昼なんてメニューを見ないで選んでいるのかしらってほどにすぐ決めてしまうじゃない」
「お昼は口にあってお腹が満たされればいいのだけれど、お菓子を食べるのなら心を満たしたいもの……」
「このケーキたちったら思っていたよりもうんと重い使命を背負っているわ、よく励むのよ」
レメナスとハチエムの茎の課題でいい点をとれたらまじない屋へ、その約束通りヒトセたちは土曜日の午後にまじない屋へ来ていた。
ヒトセはイン先生に手続きの仕方を教わり、今日はばっちりお金を持ってきていた。そして、ずっと使う機会を逃していたお財布をやっと使うことが出来、ヒトセはポケットの中にお財布が感じられるたび気分が高揚した。
学校に入学する際、きっと使うだろう、と叔父から新しいお財布をもらったが、これまでのヒトセは学校のカードで済む買い物ばかりであったし、カードには制服にも繋げられるようなケースが付属していた。空の財布を持ち歩くのもな、と自室に飾っておく以外の使い方がなかったため少し寂しく思っていたところだったのだ。
「ライリーはどれだけ食べる気なの」
「え、そんなには……」
うんうん、と唸りながら未だ選んでいるヒトセを見守りながら、クロエはライリーのトレーを覗き込む。ケーキにタルトにゼリーに…棚の中のこれらは小さなお皿にのっている。それらを手に取ったままにぽんぽんと置いていったのだろう、トレーの上は整列とは程遠い並べ方のせいで余計ぎっしりとお菓子が並んでいるように見える。
「決めた、決めたわ、ナッツのとレレネのやつにするわ、決めたわ」
駄目押し、というようにうん 、と頷きながらヒトセが振り替えれば、クロエとライリーがあまりにも優しい顔をしながら選び終わるのを待っていて、ヒトセはだんだんと顔が熱くなっていくのが分かった。
「あ、ヒトセもそれにしたの」
クロエがヒトセのグラスを爪の先でつつく。コン、と綺麗な音が鳴った。
「どんな味なのか気になって……」
コーヒーや紅茶、オレンジジュースなどどこにでもあるような一般的な飲み物らしい飲み物が並ぶなか、あまり見ないような果物のジュースがいくらかあり、ヒトセはその中でもテラシュのジュースにしたのだ。
テラシュは樹木の一種であり、枝、葉、実が主に使われる素材箇所となる。テラシュの実は発酵なしに発泡酒のように泡立つため、それを使った飲み物や食べ物がある、とヒトセは本で読んで知っていた。
「あ、少しハーブか何か……ふぅん、しゅわしゅわする桃のジュースみたいかも」
薬は作ったとしても味見はしないから、これがテラシュの味なのか、しゅわしゅわがテラシュで桃で味を整えているのか、分からないなあ、とヒトセはジュースをこくり、こくり、と何口か飲む。
「ヒトセが毒でも入っているのかしら、ってほどに慎重に飲むからどんなことかと思ったわ、普通に美味しいわね」
「テラシュってどんなものなのかしら、と思って……」
ストローでくるくるとジュースをかき混ぜると泡がまた少し増える。この泡がクリームのようでもありとても美味しい。
「いつかどんなものかしらと思って、と薬を飲みだしたりしないか心配よ、私」
そういいながら心配そうな様子で泣き真似をするクロエにヒトセは口を尖らせた。
「そんなことしないわよ」
ライリーはそんな2人を楽しそうに眺めながらケーキをちまちまと食べながら紅茶を飲む。自分が話に混じっても混じらなくても輪に入れていてくれるヒトセとクロエといるのはすごく心地がいい。
「あの……」
ぽや、としていたライリーにヒトセがそっと声をかけた。
「?」
言いにくそうにするヒトセに、クロエはどうしたのかしら、と思いながら、手始めに新しいフォークで自分のケーキを少し切ってヒトセの皿に移してみる。それを見たライリーがああ、とフォークをとって真似をしはじめる。
「違う!違う!ちょっと、私が食いしん坊みたいじゃないの!」
慌ててヒトセはトレーごとお皿を避難させた。
「食いしん坊でもヒトセは素敵よ」
「違うわよ、ただ……」
「ただ?」
もごもごとするヒトセの前でライリーがもうひとかけケーキを切ろうとしたのを見てヒトセは慌てて続きを話し出した。
「名前……どう呼べばいいのかなって、思ってて」
「名前」
クロエとライリーの声が少しずれながらもハモる。
「ク、クロエはいつの間にか名前で呼んでるし、私はハルミさん、って呼んでもらってるからコップスさんでいいのかな、とも思ったのだけれど……」
目を泳がすヒトセを見て、ライリーはあんぐりとしたあと、肩を震わせ出した。
「なんだあ、そ、そんなこと、ははは!」
ライリーが声を出して笑いだす。始めて見るライリーの快活な笑いにヒトセもクロエもひどく驚いた。ライリーはいつもへにゃ、とかにへ、とか柔らかく笑っていたからだ。だけど、こう笑う彼に違和感もなく、むしろ自然に思えた。
「ごめ、や、あんまり真剣だからさ、何事かと、はは!」
涙ぐむほど笑うライリーにヒトセはむっとして声をあげた。
「もう!真剣で悪いの!」
「悪くない!ふ、ふふ」
ふう、ふう、と落ち着きだしたライリーは言う。
「ライリーでいいよ、コップスだと兄さんと混じる、でしょ」
「わかったわ」
名前で呼んでいいのね、とヒトセはやっと気がかりだったことを解決出来て安堵した。
3人の会話が途切れたところで後ろの席の女の子たちの声が耳にはいってくる。
「ねえ、アニアの話聞いた?」
「聞いたァ、情熱的よねぇ。しかも2人、付き合っちゃったってね」
ついついヒトセもクロエもライリーもその会話に耳をそばだてているのが互いに面白くてくすくす笑う。
「ねえ、ヒトセ私にもレレネのケーキ、一口頂戴」
「勿論よ、貴方たち私のお皿に乗せすぎなのよ、ほら、ライリーもどうぞ」
「あ、ありがとう」
ひょいひょいとレレネのケーキを切って2人の皿に移していく。その間も後ろの席の女の子たちは楽しそうに話している。
「一緒に食べると恋が実るんでしょう?」
「まあでも、一緒に食べに来ている時点で実っているようなものじゃない?」
うふふ、と彼女たちが笑いあった。
「なにだったかしら、レレネのケーキをわけあってテラシュのジュースを飲むんだったかしら」
「あら、違うわ、それは違うおまじないよ、それは……なんだったかしら、ずっと仲睦まじくいられる、ってやつじゃない?」
カラン、と突然クロエがフォークを皿に落とした。
「やだ、どうしたの」
「……手が滑っただけ、はしたなかったわ、ごめんなさい」
クロエはジュースに手を伸ばす。ヒトセは聞き耳が知れないくらいの声でライリーに尋ねた。
「ねえ、食べ合わせのおまじないみたいなのってお店のおすすめなの?」
「……お店のメニューにはない、と思う」
ライリーは首を横に振る。
「私も初めて聞いたわ、ただの噂じゃない?誰かが成功してそれが噂になるなんてよくある…」
3人ともはっとした。
「噂……」
まじない屋には既に願いの叶う薬の噂がある。この店に噂好きが集っている、にしてもこんなにもいろいろな話が出回るだろうか。
それにヒトセは気になることがあった。
「仲睦まじく、多幸感を引き出す果物ではあるのよ、レレネって。といってもかなり特定の条件があって」
「ええ」
「それにはいくつかハーブが必要になるのだけれど」
ヒトセがカラン、とドリンクの中の氷を鳴らす。テラシュのジュースにはいくつかのハーブの風味がしていた。
「でも、レレネの特性を引き出すにはテラシュのジュースは向いてないわ」
「どうして?」
「テラシュの泡が効果を緩和してしまうから」
泡が緩和してしまう、といっても、多幸感を引き出す要素は揃っている。これもまた、まじない程度に効果が発揮されてもおかしくない。ヒトセは2人にそのことを説明した。
「そ、それくらいなら普通にお店に出ていることもある、かなあ」
ライリーにそういわれてヒトセは、あ、と声が出た。ヒトセが普段魔法薬の材料にしている魔法植物には普段の生活で食べているようなものも多い。つまり、楽しいお子さまランチ、で本当に楽しくなることがあるということだ。
「中毒性があるものや、体に害がある、って材料は使用が禁止されているし、そもそも料理人は出店する際に私は食べ物で誰かを害しません、って誓いを町に提出するから、こうして続いてるってことは問題あるものは出していないってことになる、のよね」
なるほど、とヒトセは黙ってしまう。つまり、まじない屋は悪いことをしているわけではないのだ。なんだか怪しい気がするけれど、事実営業上は問題がない。
「魔法使いがやってる店なんて軒並み怪しいものよ、シチューの鍋をかき混ぜてたって怪しく見えることがあるんだもの」
「確かに」
噂の1つや2つでここまで斜に構えて見る方がおかしいのかもしれない。
「ケーキもジュースもとても美味しいのよね……」
ハア、とヒトセはため息をつく。
「ヘンゼルとグレーテルかしらね、私たち」
クロエがそんなことをいうので3人とも笑ってしまった。
「ところでヒトセ、その、今、多幸感とか感じてるのかしら?」
店を出て、学校へ戻ろうと歩き出してしばらくのうち、クロエはヒトセの手をとりながらそう尋ねた。
「?ああ、レレネとハーブを食べちゃったから?」
仲睦まじくいられるおまじない。その実は、多幸感が得られるだろう組み合わせ。
「そうね」
ヒトセはクロエの手をきゅ、と握り返しながら微笑んだ。
「ふふ、クロエといるといつも楽しくってどう違うかなんてちっとも分からないわ」
「……そ!ふぅん、ヒトセったら私のこと好きねぇ」
「知らなかったの?」
「知っていたわ」
ライリーは2人を微笑ましく見守りながら、2人のあとをのろのろとついていく。まじない屋の方をちら、と見た。これから降るのだろうか、黒い雲が少しずつこちらまで来ていた。




