おかしなレポート
「ヒトセ、私に何かいうことない?」
いつものランチタイム。
ヒトセがランチボックスをもってすっかり定位置になった席につけば、先に座っていたクロエは頬杖をついて何処か恨めしそうにじとりとこちらに視線を向ける。クロエの少しだらけたようなその姿勢は様になっていて、思わず目を奪われた。
「昨日弟の方と出掛けたらしいじゃない?」
「ええ、まじない屋に行きたかったから、案内してもらったのよ」
「私だってヒトセと行きたかったわ……」
そういうとクロエはむう、とむくれる。ヒトセはそんなクロエに美味しいお菓子を沢山食べさせてあげたいような気持ちになった。
「まじない薬が欲しかったの、何がどう『まじない』なのか……その、分析してみたくなって」
そう言いうっとりとしたヒトセを見たクロエは頬杖をついていた手から頬を取り落としそうになる。
「成分や配合、当然分かる範囲にはなるけれど、ある程度まで絞れたらはっきりとした製法までは分からなくてもどういった効果を起こす物か具体的に分かると思ったの。そうすれば少なくとも『まじない』薬ってどんなものであるのかくらい、分かるでしょう?」
ヒトセがすらすらと言葉を詰まらせることもなく興奮を高めていく様子に反して、クロエはだんだんとしぼんでいく風船のように気が抜けていった様子で、最後にはすっかり項垂れてしまった。
「クロエ?」
「いえ、ね。ううん、ヒトセらし過ぎて何も言えなくなったところ。ヒトセなら行くわよね」
クロエはふう、と息を吐きスープを飲んだ。少し肌寒くなってきたためか、染み渡るような美味しさを感じる。
「ええ、1人で行こうと思って彼に道を聞いたら、自分も用があるからと一緒に来てくれたの」
「その点は評価せざるを得ないわね、弟の方のコップス……」
「え?」
思いもよらないというような漏れ声が聞こえ、振り返れば、そこにいたのは昼食を持ったライリーであった。
「昨日はありがとう」
「ううん、あ、あの、どれが1番美味しいかって話してたでしょう」
クロエが空いている近くの椅子を指差せばライリーは周りを確認しながらそこにゆっくりと座った。
「何が1番美味しいかは分からなかったから、おすすめのお菓子、これ見たらわかるかなって……」
うやうやしい様子でライリーはヒトセにレポート用紙の束を差し出す。ヒトセは恐ろしい考えが頭をよぎり、ライリーにたずねた。
「昨日買った沢山のお菓子は全て食べてしまったの……?」
「まさか、食べたことのないやつだけだよ」
それを聞きながらヒトセはちらりとライリーの手元を見て、彼の昼食がお菓子ではなく香ばしそうなチキンやポテトやカレーなどであったことに安心しつつ、そのレポートを受け取った。
「わあ……」
ライリーのレポートはとても見ごたえがあるものだった。
お昼をつまみながら1つ1つ読んでいく。
ケーキやドーナツなどさまざまなお菓子の何処がどんな味であった、どのくらいの甘さだ、この飾りはどうだ、などとメモの書かれた写真のようなものが1枚のレポート用紙に何枚かずつ貼ってあるというようなもので、お菓子が嫌いでなければこれを眺めているだけで楽しいだろうと思える代物だ。
机の上に数枚並べて、クロエもヒトセも夢中になって眺めた。
「コップス、このお菓子の絵の部分は転写魔術でしょう?媒体は何を使ったの?」
クロエはその出来にも感心していたが、このレポート用紙の細部に魔術がふんだんに使われていることに驚きを隠せなかった。そのどれもが丁寧な仕事であったからだ。
「ステラネを薄く溶いたのを使ってる、あ、あと絵の具も」
ステラネとは、魔法鉱物の一種で、魔法でないと採掘が難しいほど硬い。物を移す性質があるためよく魔術の媒体に用いられるが、ほとんどが細かく砕いて使う。
「薄く溶く?ステラネは溶けないでしょう?」
「ステラネは溶けないけど、ステラネの成分の一部は溶ける。そうすると2倍使える、んだ」
クロエとヒトセがあまりに真剣に話を聞くものだからライリーはもごもごとし出す。
「あ、ええと、ばあちゃんが刺繍の下絵とかに使ってて、溶けてると柔らかく使えるって……」
「お店をやられているおばあさまよね?」
「うん、呪い細工とか小物加工とかをやってるんだ、この制服の魔術もばあちゃんがお祝いにやってくれたんだ」
へへ、と自慢気に笑うライリーにヒトセは笑みがこぼれた。
「何処のあたりにあるお店なの?」
クロエにそう聞かれたライリーはのんびりとした動作でパスタを食み終え、答えた。
「隣の隣の町だよ。『テイルの草結び』っていう……」
「まさか、貴方のおばあさまってイブリン・テイル女史なの?」
自分が言い終わるのも待てずに声をあげたクロエに、ライリーは目をぱちぱちとさせる。
「え、と、まさかも何もそのとおりだ、けれど」
ライリーの手元のフォークはくるくると回ってはパスタをするすると逃がしていて、から回っている。
「私の父のマントに細工をしたのはテイル女史なの。作ってもらったのは20年程前なのにほつれ1つなく、まだまだ現役で使えているわ」
魔法使いであっても魔法術師であっても魔力を扱う限り、魔力の性質の影響は受ける。クロエは目を細めながらライリーを見つめた。ライリーがテイル女史の孫であるというのなら、この転写魔術やレポート用紙の加工や何もかもに合点がいった。彼らは魔力を精密に使うことが得意なのだろう。
「父の自慢のマントなの。ありがとう」
「え!あ、いや、うん、伝えとくよ。嬉しいだろうから」
ライリーは未だ緊張した面持ちだ。
「……あの」
「なに?」
「ばあちゃんが、魔法術師とは……?」
そうクロエに問いかけたライリーの語尾はこれまでで1番弱々しかった。クロエは真っ直ぐに顔をあげライリーを見る。
「ええ、父から説明を受けたときに聞いたわ。テイル女史の腕が確かだってことはこれ以上ないことでしょう、ホワード家は昔からいいものはいいものだ、と素直に思うことに長けているのよ」
ライリーはクロエの目を真っ直ぐに受け、見つめ返すことも出来ずに視線を彷徨わせた。それでも、フォークはするするとパスタを絡めとりはじめる。
ヒトセはクロエのいつになく凛とした顔に、これが魔法使いとしての彼女の表情なのかしら、とどきりとした。そして、魔法術師と魔法使いの間には確かに溝があり、言葉にしてほぐしたくなるほどの沢山の結び目やしがらみがあるのだ、と少し苦しく思った。




