現代で生きる黒魔法使いと白魔法使いの彼女達の日常
「それで用って何かな?」
放課後、校舎裏に呼び出された白川は親友である黒森を見つめて言った。
「とっても大事な話」
黒森はもじもじするようにして言う。遠くではクラブ活動で学生達が騒がしく走り回っていた。
「実は私、黒魔法を使う家系なんだよ」
「へぇ」
白川は黒森の突然のカミングアウトにも素っ気なく答えた。現代社会において、こういう発言は厨二病と間違われてもおかしくはない。
「黒魔法って、毒殺とか暗殺とかそういう類の魔法でしょ?」
「う、うん。っていうか驚かないんだね」
「何となくクロは只者じゃない気がしたから」
白川は黒森の言葉をあっさりと信じた。黒森は目の前の人間が親友であると実感し、次の事も話そうと決心する。
「実は黒魔法を極めるには大切な人の命を生贄に捧げないといけないの」
黒森が言うと静寂が流れて、それを打ち消すように風が通り過ぎて行く。
「だから……あなたの事を殺したいの」
「いいよ」
「べ、別に嫌ならって、え?」
「殺してもいいよ?」
白川が呆気なく承諾した。黒森は彼女を親友と思っていたが、今になって分からなくなろうとしていた。黒森にとっては良いことなのだが、どうにも解せない言い方である。
「本当に……いいの? 冗談じゃなくて私は本気でシロを殺すよ?」
「うん、それがクロの望みなら」
それが返って黒森は白川に自殺願望でもあるのではと疑ってしまう事になってしまった。
「わ、分かったよ。じゃあ、加減なくするからね」
「杖じゃないんだね」
白川は黒森が手ぶらな事を興味深そうに見る。
「触媒は魔力吸収効率が悪いって学術的に出てるの」
「ふーん?」
「最後に言い残す事はある?」
「別にないかな……どうせ死なないし」
白川は声を低くして言った。黒森は首を傾げ、遺言もないのは少し悲しいと思った。
「じゃ、じゃあ行くよ。生命を原初に返せ『デス・レイ!』」
黒森が叫ぶと紫色の光線がシロを襲う。それは闇魔法でも最高位に位置する即死魔法だった。
受ければ最後。魂は天へと召されてしまう、はずだった。
「え?」
黒森は惚けた声を思わず出してしまった。なぜなら、本来死ぬはずだった白川がピンピンしているからである。
「ごめん、私もクロに言ってないことがある」
白川は申し訳なさそうに髪の毛を弄る。
「私、不死身なの」
「え、嘘」
「私の家系は白魔法を生業にしているの。それで私は白魔法を極め過ぎて不死身になってしまったってわけ」
「……白魔法には再生や治癒が特徴の魔法種。信じたくないけど、私の即死魔法を耐えたのだから本物のようね」
黒森はなるべく平静を保ちながら言った。そもそも、現代に魔法という文化は存在しない。だから、黒森は魔法使いが自分しかいないと本気で信じていた。
それは白川も同様であり、2人は最強の黒と白の魔法使いだった。
しばらく沈黙が続く。いくら親友とはいえ、唐突にお互いの秘密を知ってしまったからだ。
「えっと、それでどうする?」
白川は冷静になって言った。本来ならば、これで話をお終いにすれば拗れる事もなく済ませられただろう。
だが、最強の矛と盾がぶつかった時、両方が砕けるという話がある。今回で例えれば、白川に何らかのダメージがあればよかったのだが何もない。
つまりは黒森の魔法が完封されてしまったのだった。よって、実力で言うと白川の方が一枚上手、となる。
黒森は自身を最強の魔法使いだと信じて止まなかった。それだけに白川の存在が己のプライドを傷付けてしまった。
「私はあなたを殺さなくちゃいけない。それが黒魔法を背負う黒森家の習わし」
そう言って黒森は立ち去ろうとした。
「あ、待って。魔法を使った後は二次被害が出ないようにチェックしておかないと」
「大丈夫だよ。効果は一瞬だから被害は出ないだろうし」
「そう言ってこの花枯れちゃってるよ。ちゃんと摘んでおいてね?」
「は、はい」
こうして、親友だった2人の関係は少しおかしくなるのだった。
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「おはよう、クロ」
「お、おはよ、シロ」
「どうしたの?」
黒森がおどおどするので白川が小首を傾げた。
「具合が悪いなら休んだ方がいいと思うけど」
「だ、大丈夫。ていうか私に命狙われてるのに普通に一緒に登校するんだね」
「だって私達親友だし。クロは嫌だった?」
「私もその方が嬉しい」
昨日の出来事がまるで嘘だったかのように2人は仲良く歩いていた。側から見れば普通の仲の良い学生としか見えない。
2人は駅の改札を抜けて電車を待つ。
「今日は殺さないの?」
白川があまりにも物騒な事を口走り、近くの人の視線を奪う。
「ホームから突き落とすとか最高の殺人シチュだと思うけど」
「そんな事出来ないよ。周りの人の迷惑になるような行為はNG。私の黒魔法も見られたらダメだし」
「あー、黒魔法って人殺しのような魔法ばっかりだもんね」
「昔は狩りや自己防衛で役に立ってたみたいだけど、現代だと色々と問題も多いから」
「なんだか魔法使いも肩身が狭そうだね」
殺人対象に気を使われてしまう始末である。
彼女達は電車から2駅越えて降りた。駅を出て徒歩で15分ほどの所に彼女達の通う学校がある。
「(昨日はああなったけど、本当に不死身なのかな)」
黒森は若干の疑問があった。彼女は黒魔法の扱いに関してはスペシャリストで、その自信は完全なものだった。だから白川を殺せなかった事実がいささか不思議で仕方なかった。
「(よし。試しに心臓を撃ち抜いてみよう)」
黒森は歩幅を遅らせて白川の後ろに立った。
「ゼロ・レーザー」
黒森は指先を白川に向けて呟くと、青い光線が放たれて胸を貫通した。
「(普通の人なら出血死する痛みを伴うけれど)」
しかし、白川は倒れる所か出血すらしていなかった。
「クロ?」
「……やっぱりシロは不死身なのね」
「うん、死なないんだ」
黒森は白川のその一言で口では言い表せないような絶望感に襲われた。
「じゃあ、行こっか」
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昼休みになると教室は喧騒に包まれていた。そんな端の方で2人の少女が机をくっつけて弁当箱を出していた。
「ちょっと手を洗ってくるね」
「ん」
白川が軽快な靴の音を鳴らして教室を出て行く。その間、黒森は考えていた。
「物理的な攻撃は全部効かない。おそらく外傷に対して瞬時に癒してる?」
冷静に白川の能力を分析しながらブツブツと独り言を漏らす。近くにいた生徒は気味悪そうに彼女を見ていたが本人は気付いていない。
「そうだ。外がダメなら内からならどうかな」
そう言って彼女は白川の弁当箱の横においてある水筒に目が行く。その蓋を開けると指先を中に入れた。
「デッド・ポイズン」
指先から一滴の液体が零れてそれが水筒の中のお茶に広がった。色に変化はなく見た目からでは一切分からない。
「これを飲んだら常人なら1分もしない内に苦しむ間もなく死ぬ」
そうこうしてる間に白月が教室に戻って来た。
「おまたせ~。あれ、先に食べてくれてよかったのに」
「そんな行儀悪いことしないよ」
「そう、ありがと。じゃあ食べよ」
「うん」
それから2人は他愛のない話をしながら弁当を食べていた。だが黒森の興味はいつ白川が水筒を手にするかしかない。
「ふ~、ご馳走様。喉渇いたからお茶飲も」
「(来た!)」
黒森は待ってましたと言わんばかりに白川を見た。
そして白川はごくごくと喉を鳴らしながらお茶を胃の中に流し込んでいた。それだけ体内に流し込めば絶対に助からないと黒森は思ったが、彼女の思いとは裏腹に白川は飲み終わって水筒の蓋を閉めている。
「どうしたの?」
「あ……いや」
毒すらも効いておらずに最早黒森は何て言えばいいのか分からなかった。白川はそんな友人の顔を見て大体を察するも何も言わずにいる。
「(これだけしても死なないなんて本物の不死身じゃない)」
黒森は彼女に対して言いえぬ恐怖と絶望感を噛み締めながら己の無力さを呪った。
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夜。
黒森と白川は公園のブランコに座っていた。2人は学校に近いアパートに下宿して1人暮らしをしていた。部屋もお隣というのもあってしばしば夜中にこうして公園で会うことも少なくなかった。
「どうしたの? 元気ないね」
白川が心配そうに声をかける。彼女も原因を分かっているだろうが、それが余計に黒森の心を抉っていた。
「私、魔法の才能がなかったのかな」
今まで黒森家の娘として立派に研鑽を重ねてきた黒陽だったがその自信は底にまで落ちていた。黒魔法は相手を滅するのを目的とする場合がほとんどで、それができないならばその価値はないも同然。
そんな彼女に対して白川は満月の夜空を見上げた。
「誰しも最初はそうだよ。私だってそうだった」
「シロも?」
「うん。私の家は厳しい家系でね、幼い頃から無理難題をさせられてそれができなければ無能の烙印を押すような所だった。私は小さい頃から親や親戚から酷い言葉を何度も浴びせられた」
白川のあまりに厳しい家系を聞いて黒森は絶句する。彼女の家系はそこまで厳しいものでなく、親も彼女に甘かった。それ故に本人もやや自信過剰になり自惚れる傾向があった。
「小さい私にはどうして親がそんなに怒るのか分からなかった。けれど怒られるのは怖くて、だから必死でがんばった。でもどれだけ努力しても親は一向に認めてくれなかった。だから段々と腹が立ってきてね、私の頑張る理由は親に褒められる為から親を黙らせる為に変わった。死ぬ思いで白魔法を極めようとした。四六時中それだけに集中してた」
そんな白川の過ごしてきた時間はあまりに黒森と離れていた。黒森はなんて声をかけていいか分からず、ブランコの手摺を強く握って俯く。
「それで私はついに白魔法を完璧に極めて自分が不老不死になってしまうくらいになってた。白川家が何百年と続けて出来なかったことを成したの。けどそんな私を見て親は喜ぶ所か、寧ろ化物と罵った。そりゃそうだよ。私はもう普通の人間じゃないんだから」
「シロ……」
「でもね、そんな親の怒りすらも遠い昔のことなの。今になってつまんない理由で必死になってたなって思ってる。笑えるでしょ?」
自嘲気味に白川は笑うが黒森は笑わなかった。
「遠い昔……。もしかしてシロって私何かより長く生きてるの?」
「うん。軽く100年は超えてるよ」
それを聞いて黒森がまたしても絶句する。容姿も肉体も完全に幼い子供のままだ。
「でもね、不老不死になったのはいいんだけどこれが中々面倒でね。もうとっくに寿命を過ぎてるから自分の身分を開かせなくて、各地を転々としながら生活するしかないんだよ。私明治生まれですって言って誰が信じるのって」
それを聞いて黒森の中に1つの疑問が生まれる。彼女は白川と中学からの付き合いだった。今では親友と呼べるくらいの間柄にはなっている。だがそれは白川の生き方と矛盾しているからだ。
「もしかして私が黒魔法の家系って知ってた?」
「ごめんね?」
それは何に対する謝罪なのかと黒森は考える。だがそんなことは些細な問題だった。
白川はブランコを漕いで前に跳んで振り返る。満面の笑みを見せた彼女の表情は夜空と月の輝きを背景に美しく染まっている。
「ねぇ、クロ。あなたの一生をかけて私を殺してよ」
そこで黒森は合点がいく。白川は死なないから余裕を見せていたのではない。ようやく自分を殺してくれる人物が現れたから余裕を見せていたのだ。
しかし今の黒森の実力では到底不可能なのも事実。白川がしてきた努力は黒森が想像するよりも遥か雲の上だ。だがそれでも黒森は下を向かなかった。ブランコから立ち上がって彼女に近付く。
「私は黒森楓。私に殺せない物はない。私があなたを殺す」
今までに見せたことのない黒森の真剣な眼差しに白川はポカンと口を開けて見惚れるのだった。
数秒後、微笑み返して彼女の手を取る。
「ありがとう。あなたは私の最高のパートナーだよ」
満天の夜空の下。黒と白の少女が笑いながら家路に着く。
彼女達は知らない。この先、不老不死という呪いだけが殺されるという事実を。
けれどそれはずっとずっと先の話。それでも2人の絆は永遠に壊れることはなかったという。
いつまでも2人で……。