マレビト
7話 マレビト
福島市まで、親切な老夫婦のクルマに乗せてもらい。もらった菓子パンを食べながら国道を歩いていると、前方に着物姿の女が歩いていた。
「アヤ、前のアレ人間じゃないよね」
「幽霊でも、ないよね」
「あんたら、あたしが見えるの」
着物の女が振り返って。
「ええ」
美人だ。静ちゃんとは違うタイプ。
「ふ〜ん。 あんたたち妖怪かな?」
「だよ。あんたは、妖怪でも幽霊でもないね」
「ああ、あたしはマレビト。何処からかココに来ちまった。帰る方法が、わからない」
「マレビト? 帰るって何処に」
「それすらわからないのさ」
あ、前から来た自転車がマレビトを通り過ぎた。
「実態がないし、見えないんだ。マレビトって。わたし永いこと生きてきて、はじめて会った。静ちゃんは?」
「あたしも。遠野では見ない種ね」
「あ〜あ。いつになったら帰れるんだろう」
ただ、ふらふらと歩いているだけのマレビト。
「あんたは、何処へ行くの? 食べる」
静ちゃんが、マレビトに柿を差し出した。
「いらないわ。味とか、わからないし。お腹減らないもの」
「へえーお腹減らないの。なんで?」
「さぁなんでかしら」
妖怪のわたしらでさえ、不思議な存在。マレビト。なんなんだろう?
「流れ流れています。時間のすき間。今日はなくて丸裸。今日はできるでしょうか通せんぼぉ」
意味のわからない歌を歌いはじめた。なんか楽しそうに聞こえる。
歌が好きなんだマレビト。
「さあはじめようヒッチハイクぅ」
静ちゃんは、マレビトの歌のふしで言った。そして首から下げた東京と書いた段ボール板を走り行くクルマに見せはじめた。
マレビトの姿が見えなくなった頃。
赤い小さなクルマが止まった。
「あたしら、土浦の方に行くんだけど」
助手席の窓が開きショートカットで白い口紅をつけた娘が。
「前へ進めるのなら何処でもイイ。乗せて!」
助手席の娘は親指を立てて後ろっていう動きをした。ドアを開け、後部座席に乗り込んだ。
「東京に行くの。ナニしに?」
「美味しい物を食べに。と、服とかも」
「東京に行かなくても、美味しい物は沢山あるじゃん。あたし、しばらく東京に住んでたんだ。今は埼玉」
「へえーっ。で、どうだったの東京」
「最初はさ、物珍しいモン沢山で遊んでたけど、まあ2、3年もいたらあきたね」
「そうなんだ。まあ暮らしに行くわけじゃないから、あたしら」
けっこう話し好きな娘らしく、走行中は、ずっと話していた。後の席から彼女の大きな白いフサフサが付いたピアスが目立つ。
東京で、あった。嫌なコト、嫌なコト、嫌なコト。あ、そんなのばかりだ。聞いているとイイコトが、一つも出てこない。
「あのぉ。イイコトってなかったの?」
「え、あたしイイコト話してなかった?」
「うん」
「そ~か。愚痴ってたかな。ゴメンね」
「あんたの話し、ちゃんと聞いててくれたんだから感謝した方がイイよ」
ドライバーさんの娘が、はじめて、喋った。
「あんたたち乗せて助かったよ」
「あたし、そんなに愚痴ばっかり言ってたかしら」
「ええ、本一冊書けるくらい」
「ソレはないよね」
わたしらが聞いた話も一冊書けたかも。
「『あたしは、こうして東京が、嫌いになった』のタイトルで、だそう。明日、会社で企画会議だ」
どうやら二人は東京の出版社で、働いていて。東北地方に取材に行った帰りらしい。
降りる時に名刺をもらった。
「静ちゃん、東京もいろいろ大変なんだね」
「だね、美味しい物食べたら……。早く帰ろうか……」
さすがに東京の悪口、あんだけ聞かされちゃあ。ちょっとヘコんだ静ちゃん。
つづく