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九十二話 拳帝ポワン、始動

 ヴェデレは歩く。

 分かれ道があれば、特に理由もなく道を選ぶ。

 ただただ、安住の地を求めて。


 その足取りは軽かった。

 まるで夢見る少年が冒険に初めて出るかのように。

 川の水を飲み、顔を洗い、太陽を見上げる。


 何故だか自分が夢見た戦争とは関係ない、アフェクシーのような場所に行けるような気がした。


 そんな晴れやかな気持ちのヴェデレがたまたま出会ったのは――。



「ヴェデレ、こんな所で何をしておる?」



 ポワンだ。


 明らかに機嫌が悪そうなポワンを見て、急に足取りが重くなる。

 まるで足の甲に杭を打たれたかのように、体が緊張で動かなくなった。


「お主はルシェルシュの所にいたはずじゃの? また、軍から逃げたのじゃな?」


「……まぁ……そーですわーな……」


 目の前にいるのは、アフェクシーの頃のポワンではない。

 帝国軍の黒い制服を纏う、拳帝ポワンだ。


「一週間前程にソリテュードの方から強い闘気を感じたのじゃ。話せ」


 長年の経験からヴェデレは直感した。

 ここで選択肢を間違えれば、おそらく自分は死ぬと。


 ヴェデレは、話す事を選択する。

 ポワンの機嫌を損ねる訳にはいかない。


 アリアを捕獲し、ルシェルシュが魔技【終焉の歌】を丹田に入れたこと。

 ヒメナと再会したこと。

 ヒメナが【終焉の歌】で魔人化し、ソリテュードを死帝ルシェルシュごと破壊したこと。

 震帝カニバルが何者かによって敗れたこと。

 ヒメナとアリアが王国へ戻ったこと。

 その全てを話した。


「なるほどの、小娘は魔物もどきであったか。なれば、闘気を纏えて魔法を使えなかったことにも納得がいく」


 ポワンは嬉しそうに、ニヤつく。


「その【終焉の歌】で魔人化したヒメナは、ワシとまともに殺り合えそうか?」


「さー……どーでしょーねー……俺は戦闘には疎いモノでーね……」


 早く立ち去ってくれ。

 そう願えば願う程、ヴェデレの嫌な予感は増していた。


「そうかそうか、かっかっかっ!」

 

 その予感は――。



「お主は用済みなのじゃ」



 的中し、ヴェデレの首は手刀で一瞬で刎ねられる。


「さて、楽しみも増えたことじゃし行くかの」


 ヴェデレの首を持ち、少し機嫌が治ったポワンは王国へと向かった。



*****



 私は王国へと戻る為に闘気を纏って走っていた。

 アリアを背負い、手に荷物を持って。


「……ヒメナっ……ごめん……」


 アリアがそう言って私の肩をタップすると、私は止まった。


「ううん、大丈夫?」


「……ごめんね、ヒメナ一人ならもっと早く行けるのに……」


 アリアはどうやら私の走る速度に体が耐えられないみたい。

 たがら、こうして休み休み進んでいる。


「仕方ないよ。闘気を纏える纏えないは潜在的なモノだから」


 アリアはしょんぼりしているけど、私は久しぶりに長い間アリアと二人っきりで楽しい。

 戻りさえすれば、急ぐこともない。

 ロランから見たら生死不明の私達がいなくて、ルーナ達を牢に入れたり拷問したりってのは流石にないだろうしね。


 アリアが休める場所を探すと、近くに天然の花畑を見つける。


「見て、アリア!! お花畑だよ!!」


「ヒメナ、私見えないよ」


「あ……だよね。ごめんごめん」


 ついつい、孤児院の近くにあったお花畑を思い出して、興奮しちゃった。

 花畑の中にアリアを背負って入り、二人で寝転がる。


「ほらっ、お花畑でしょ?」


「うん、匂いと感触で分かるわ」



【安らぎの歌】



 アリアは気分が良くなったのか、不意に歌い始める。

 孤児院にいた頃、毎日のように歌ってもらっていた歌だ。


 私も目を瞑り、孤児院にいた頃を思い出す。

 あの頃は、お腹が空いてることは多かったけど、毎日楽しかったなぁ。

 エミリー先生がいて、皆がいて。

 今となっては、ブレアとの喧嘩も悪いモノじゃなかった。


 だけど、もう戻れない。

 ブレアは多分敵になってるし、エミリー先生もララもメラニーもエマも死んじゃったし、私とアリアは自分が生体兵器だということを知ってしまった。


 それでも私達は進まなきゃいけないんだ。

 どこがゴールかは分からないけど、戦争を終わらして冥土隊の皆と生きて平穏を取り戻そう。

 私は改めてそう思った。



 あんな惨劇があるなんてことも知らずに――。



*****



 赤鳥騎士団のモルテ、シャルジュ、ナーエの三人及び、傭兵と兵士で構成された千人の大群は、占拠された王国の領地を取り戻し、更に前線を上げるため、帝国領へと向かっていた。


「あぁ?」


 その道中、目の前に帝国軍の制服を着た一人の少女が気配なく現れた。

 その少女は身体程の大きさの麻袋を持っている。

 無防備に近付いて来て、モルテ達の目の前で何かが入った麻袋を地面に落とした。


「お主ら。ヒメナという小娘を知っておるかの?」


 まるで道を聞くかのように訪ねてくる。


「知ってますけど……」


「知ってたら何だってんだよ? おチビちゃん、何者だ?」


 ナーエとモルテが答え、モルテは少女が何者かを尋ねた。



「拳帝ポワンじゃ」



 ポワンがそう答えた時、モルテの視界から消える。


 ――否。

 モルテの首が飛び、視界が変わったのだ。


 モルテが首から体を再生し終え、後ろを振り向いた時には全てが終わっていた。 

 シャルジュやナーエ、それどころか千人の兵士達全ての首が刎ねられ、倒れていた。


「シャルジュ!! ナーサ!!」


 最期の最期までナーエの名を間違えるモルテ。

 しかし、ナーエのことは何だかんだ雑に扱いつつも、可愛がっていた。

 そして、シャルジュに至っては唯一無二の右腕であった。


 そんな二人と千にも及ぶ戦力を一瞬で失い、モルテは動揺を隠せなかった。


「てん……めぇ……!!」


「ぬ? 生きておるのか? 死なない類の魔法かの?」


 ポワンは闘気を纏う。

 余りにも圧倒的な闘気を前に、モルテは確信した。


「じゃが無限ではあるまい? いつまでワシの前に立っておられるかの」


 【不死】である自身の死を――。

何となく面白そうなど、少しでも思ってくださった方は、画面下の『☆☆☆☆☆』からポイントを入れていただけると幸いです。

感想を頂けたりSNSなどで広めて頂けると、作者は更に喜びます。


皆様が応援してくれることが執筆の原動力と自信にも繋がりますので、何卒よろしくお願いします。

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