九十話 激戦の後
「――うぅん……」
……体が重たい。
もの凄い倦怠感と共に、私はまぶたを開く。
無理矢理目を開いた先には、アリアが座って私の左手を握っていた。
目が見えないから、まだ気づいていない。
……声をかけないと。
「アリ……ア……?」
「……ヒメナ? 起きたの!?」
アリアの私の手を握る力が強くなる。
「ヴェデレさん、ヒメナが起きました!!」
「わーた、わーた。そんなに騒ぐなってーの」
アリアに呼ばれたヴェデレさんが近付いて来る。
何でヴェデレさんがアリアといるの……?
ここは……どこ?
「おーい、ヒメナ体診ていいかー?」
何とか体は起こせたけど、体が重い……。
状況も掴めてないけど……診てもらった方が良さそうだ。
「……うん、お願い」
ヴェデレさんの目は魔法を発動し、青く光る。
【診断】で私の体の調子を診てくれた。
「特に問題はねーわな。寝過ぎて体がなまってるだけだわーな」
「寝過ぎ……? どれくらい寝てたの……私?」
「一週間寝っぱなしだったよ、ヒメナ。心配したんだから」
ほぇ!? 敵地で一週間も……!?
一週間もアリアをそんな所に放置してたの!?
何してんのよ、私は……!!
「ルシェルシュは……ルシェルシュはどうなったの!?」
「……ルシェルシュは死んだよ……」
そうだ……意識があったから記憶に残ってる。
私が【終焉の歌】で魔人化して……【闘気砲】で殺してしまったんだ……。
【終焉の歌】で魔人化した私は、自然と水晶儀をした時のことを思い出した。
ポワンからは自然物や生きとし生けるものは全てマナを持っていると教わった。
魔法を使えない私をポワンは路傍の石ころ扱いしてたけど、ルグレが自然物や動物は闘気を纏えないことから、それは違うんじゃないかって反論したんだ。
でも魔法を使えないことから、私は人間にも魔物にも該当しなかった。
それはきっと、魔物として不完全だったから。
私は【終焉の歌】をアリアが歌って、初めて完成する魔人だったんだ。
私は人間じゃないどころか、魔物に近い存在だったんだ。
私が不安そうに俯いていると、ヴェデレさんは安心をさせるためか、声をかけてくる。
「心配すんなーや。ここはルシェルシュ様にあてがわれた俺の部屋だーわ。これでも重宝されてたからそれなりの地位はあんだ。お前らのことは死んだルシェルシュ様が残した研究材料ってことにしてあるからーな」
ヴェデレさん、アリアを取り戻すことには反対だったのに、結局助けてくれたんだな……。
「……ヴェデレさん、ありがと」
「うっせーや」
ヴェデレさんはそっぽを向いて頬を掻き、照れ臭そうにする。
私はどうしてもヴェデレさんに聞きたいことがあった。
ルシェルシュから重宝されてたのであれば、何か知っていることがあるだろう。
「ヴェデレさん、私達って……私とアリアって何なの?」
頬を掻いていたヴェデレさんの動きが止まる。
「知っていることがあったら、教えて」
ヴェデレさんは大きくため息をつく。
「どこまで知ってんだ?」
「私とヒメナが、炎帝アッシュの双子の娘で死んだ妊婦から取り出されたということ。その後に【終焉の歌】のために、改造された送信器と受信機という生体兵器だということです」
「なーるほどな……ま、残念だがその通りだわーな」
ヴェデレさんは椅子に座り、前のめりに手を組んだ腕を膝に置いた。
「あの時言わなかったが、俺がヒメナが生体兵器だってことが分かったのは、フリーエンのアジトから戻って来た時に、怪我したヒメナを【診断】した時だーわ。俺の魔法【診断】は、診察する対象が生きている場合は、診る許可がいる代わりに、他の解析系の魔法より詳しく対象を見れんーだ。その時には、ヒメナが生体兵器だってことは分かってたわーな」
私はヴェデレさんに【診断】された時の記憶を遡る――。
『……っ……!? ヒメナ……お前っ……!!』
『え、何!?』
『…………いや……何でもないわーな……いたって健康体だ!!』
『何なのよ!? こんな時くらい冗談はやめてよ!!』
あの時、ヴェデレさんが驚いていたのは私を驚かすための冗談かと思ったけど、違ったんだ。
ヴェデレさんは私が生体兵器だということが分かっても言わなかったんだ。
「何で……何で、あの時言ってくれなかったの!?」
「言ってどうするってんだ? いたいけな少女だったお前に俺がそれを伝えて、何か変わるのかーよ?」
「……っ……!!」
それは……何も変わらないし、ただ悩むことになっていただけだろう。
ヴェデレさんの言うことは最もだ。
「ルシェルシュは何故私達を改造したのですか? 何か目的があったのでしょうか?」
「いんや、目的は何もねーわな。ただ単に、たまたま良い素材が手に入って最高傑作を作りたかった……それだけだろーな」
「そんな……ふざけないでよ!!」
何の目的も無く、自分の欲望のためにルシェルシュはアリアと私を改造した……?
ルシェルシュ個人の欲望を満たすためだけに、私達は生まれたって言うの……?
「ま、だけどよ。過程はそうかもしれねーが、結論を決めるのは早いんじゃねーか?」
「……ほぇ?」
「人間なんてもんは何の目的もなく生まれてくる。それと同じだわーな。お前らだって【終焉の歌】を使えるただの女の子だ。炎帝様の娘で生体兵器とは言っても、他の人間となんら変わりゃしねーさ」
確かに……ヴェデレさんの言う通りだ。
人は何の目的も無く生まれてくる。
子は親を選ぶことだって出来ないし、生まれてくることだって選べないんだから。
「生きる目的なんざお前らが今から考えるこった。ルシェルシュ様だろーが、炎帝様だろーが、神様だろーが、それは決めらんねー」
――そうだ。
私はアリアを守れればそれでいい。
それは自分自身で決めたことなんだから。
私とアリアが生体兵器だからって、それが揺らぐことはない。
それは私が今まで私が私として生きてきたからであって、生体兵器だからって考えじゃないんだ。
これからも私は私として生きられれば、それでいい。
私はアリアが握る手を強く握り、アリアの方を向いて微笑んだ。
アリアも私の手を強く握り返し、私の方に微笑み返してくれた。
「そうだね、ヴェデレさん。ありがと」
ヴェデレさんにお礼を言うと、また照れたのか、頬を掻いて誤魔化す。
「んで、どーすんだ? これからよー?」
「私達は王国に戻るよ。残ってる仲間がいるからさ。ね、アリア?」
「うん、出来るだけ早く戻らないと。冥土隊の皆が心配だわ」
「そーかい。んなら俺も帝国軍からトンズラかますから、ちょっと待ってなー」
そう言うと、ヴェデレさんは既に用意していた荷物を背負った。
旅に出るかのような身支度だ。
「ヴェデレさん、帝国から出るの!?」
「帝国じゃなくて軍からだっつーの。職場はお前らにぶっ壊されちまったし、やっぱ検死や研究は俺の性に合いやしねーや。アフェクシーみたいな田舎で医者やってる方が向いてらーな」
「……うん、私もそう思うよ」
そんな私の返答にヴェデレさんは、照れ臭そうに笑った。
私は、ちょっとズルくもどこか優しいヴェデレさんの幸せを願ったんだ――。
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