八十七話 最高傑作
異形のエミリー先生との闘いは、私が圧倒的に押されていた。
当然の結果だ。
ポワンに迫る程の闘気を纏った、身の丈程の大剣は防御できないのだから。
「うわっ、わっ!!」
大剣を振り回されて、ギリギリで躱す。
一瞬でも気を抜いたら一刀両断にされるんだ。
しかし、気を抜かなくても躱せない攻撃もある。
私は大剣での連続攻撃を躱していると、黒竜の尾での攻撃を喰らう。
「ぐっ……!?」
吹き飛ばされた私は壁に叩きつけられた。
胃の中が逆流しそうな程の威力。
私の体は壁にめり込み、地面へと倒れ込んだ。
「ヒメナ!?」
失明しているアリアは状況がわからなく、私の安否を確認するために名前を呼ぶ。
「だっ……大丈夫……!!」
アリアに心配をかけないために、何とか声を上げた。
だけど、いつまで耐えられるかは分からない。
異形のエミリー先生の体内には、二つのマナが混在している。
一つはエミリー先生のモノ。
もう一つは黒竜セイブルのモノ。
その二つが独立して動くため、マナが見えても行動が読み辛い。
つまり、マナが見える私にアドバンテージはないんだ。
むしろノイズにすら見える。
エミリー先生を殺すしかない。
だけど、勝てる気がしない。
私は……どうすればいいの?
「君達は特別なんだよー。特別な人間はその力をきちんと行使すべき時に行使しないとー。じゃないとさ――」
異形のエミリー先生の左手の黒竜は大きく口を開き、
「ホントに殺しちゃうよー?」
「!!」
立ちあがろうとする私に向け、ブレスを吐いた。
【瞬歩】で即座に躱す。
だけど【瞬歩】で逃げた先には、先生が【瞬歩】で回り込んでいた。
振るわれた大剣をすんでの所で躱すも、繰り出された蹴りを腹に受ける。
「ぉえ!?」
血反吐と共に、思わず悲鳴を上げてしまった。
苦戦してることがアリアにバレちゃうと、アリアが【終焉の歌】とかいうのを歌っちゃうかもしれない。
それだけは避けたい……けど、エミリー先生に勝てるヴィジョンが見えない。
どうすればいいのよ……!!
「さー、歌姫様ー。受信器ちゃんが死にそうだよー? 【終焉の歌】を歌わなくていいのかいー?」
「……っ……」
ルシェルシュの狙い通り、アリアは煽られて動揺している。
そんなルシェルシュの目は見開き、狂気じみていた。
どうしても自分の研究の成果を見たいのだろう。
【終焉の歌】……名前からして物騒だ。
私達を送信器と受信器と言っていたことから、私とアリアに何かしらの変化を与えるモノなんだろう。
使わせたくない……だけど、この状況をどうにか出来る手は私達にはなかった。
私の闘技も通用しそうにない。
アリアの【闘魔の歌】は焼け石に水だし、【狂戦士の歌】はメリットに見合ったデメリットがあるから、アリアに歌ってもらえない。
ルシェルシュさえ何とか出来さえすれば良いのに……!!
そんな考えを巡らせていると、アリアが歌っていた【闘魔の歌】が止む。
「ほぇ……?」
私がアリアの方を見ると、アリアは何かを決意したかのような顔つきになっていた。
「ヒメナ……ごめん。私歌うよ。【終焉の歌】を」
「……駄目だよ!? 何言ってんの!?」
どんな効果があるかも分からない歌を実戦でいきなり使うなんて、危険過ぎるよ!!
「でも、もう他に手は無いんだよね?」
「……っ……!!」
アリアの言うことは最もだ。
それで今、私は苦しんでるんだから。
音と感じたマナ等で、アリアもそれを察したんだろう。
「……分かった……」
アリアの決意に呼応し、私も覚悟を決めた。
ルシェルシュの狙いに乗ってやるのは気に入らないけど、アリアが決めたことなんだ。
どんなことになったとしても、アリアだけは守ってみせる。
「さぁ、見せておくれー! 僕の最高傑作をさーっ!!」
アリアは【終焉の歌】を歌い始める――。
終焉を告げるような、儚くもどこか悲しい歌。
何一つ希望のない、絶望の歌だ。
その歌は他の人にとってはどうなのか分からないけど、耳を通して私の中に流れ込んでくる奇妙さも感じる。
ドクン。
私の体が波打つ。
ドクン。
体が、熱い。
ドクン。
意識はあるのに……理性が持ってかれる。
ドクン。
まるで別の何かに強制的に変わるかのようで……。
ドクン。
怖い。
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。
――ドクンッ!!
「ああああぁぁぁぁ!!」
私は絶叫した。
まるで獣が雄叫びを上げるかのように。
魔物が獲物を見つけた時のように。
「素晴らしいー!! 正にこれが【終焉の歌】の効果――」
【狂戦士の歌】を圧倒的に超える効果。
理性が吹き飛ぶも、私のマナ量は数倍となり、闘気はポワンにも匹敵する。
ただ、意識はあるも理性は完全に飛んだ。
視界は赤く、目も赤いようだ。
私は動物が魔物になるかのように、大量のマナを【終焉の歌】から一気に吸い込み――。
「受信器の魔人化だーっ!!」
人類初の魔人と化した。
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