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七十一話 ゼルトナの矛盾

 私とブレアは、戦場で舞い上がった黒炎の元へと向かっていた。

 何故なら、そこに必ずアッシュがいるからだ。


 炎使いは数多くいても、アッシュのように黒炎を使う者は見たことがない。

 多分、唯一無二の存在なんだろう。


「ヒメナ、お前は来るな! 邪魔なんだよ、バーカ!!」


「ブレアじゃ駄目なんだって! アッシュの黒炎はマナを燃やすから、あんたの魔法は効かないんだから!!」


 アッシュの魔法とブレアの魔法じゃ相性が悪く、闘技に長けた私の方が絶対に相性が良い。

 アッシュと闘うべきなのは……倒さないといけないのは、私だ。


「ちぇっ! うっせーよ、バーカ!!」


 それでもブレアは止まらない。

 本当に猪突猛進だなぁ……どうしよう……?


 そんなことを考えていると、私は横目で見逃せないモノが見えた。

 私は進路を変え、急いでそちらへと方向転換する。


「ブレア!! 絶対死なないでよ!!」


「あったりめぇだ!!」


 私はブレアを諌めながらも、見逃せないモノの方へと急いだ――。



*****



 ゼルトナは薄緑の長髪をカールさせた、軽装で豊満な体を露出した女性と対峙していた。

 女性は風を纏い、妖艶に笑っている。


「後はあなた一人ですけど、まだやるつもりですの?」


 ゼルトナはエスペランス傭兵団の団長。

 傭兵を率いており、数十人の部下を持つ。


「お頭ぁ……俺はもう駄目だ……死んじまうんだ……」


「黙ってろ」


 愛想は悪いが人望は厚い。

 本人は何故自身に人望があるのか理解できていなかったが、無口とはいえ人の良さが滲み出ていたからだろう。


 かつてゼルトナは孤児だった時に、エスペランス傭兵団に拾われた。

 そして、当時団長だった人物から、教えられたことがある。


『他人と出来るだけ関わらずに、自分のことだけを考えろ。他人と関わろうとすれば、いずれ自分が死ぬ。それが大人の鉄則ってやつだ』


 言われた時は、その言葉の意味はまったくわからなかったが、戦場で自身を庇って死んでいった当時の団長を見て、ようやく分かった。


 心からの仲間となれば、関わらずにはいられない。

 助けずにはいられない。

 その気持ちこそが、いずれ自分自身を殺すのだと。


 では、その言葉を実感しているゼルトナが、何故今こうして逃げずに死に体の仲間を庇って、剣を抜いているのか。

 答えは本人にも分かっていなかった。


 目の前の風を纏った女性は明らかに自分より強者。

 自分だけ逃げれば、もしかしたら自分は生き残れるかもしれない。

 にも関わらず、剣を抜いているという矛盾。


「ぬおおぉぉ!!」


 ゼルトナはそんな矛盾を振り払うかのように剣を振りかぶり、風を纏う女性に闘気を纏って襲い掛かる。


「夏の風のようにぬるいですわ」


 しかし武器も持たぬ女性相手に、見えない刃でゼルトナは斬られた。


「かっ……!?」


 舞ったのは一陣の風――おそらくは風の刃のようなモノで斬られたのだろう。


 ゼルトナは深手を負って倒れた。


 共に過ごした時間は長かったとは言え、胸の内を話したことが一度もない仲間を、何故見捨てなかったのか。

 こんなことになるのであれば、誰とも関わりを持たなければ良かったのかもしれない。


「では、皆さんには私の風で塵となって頂きますわ」


 未だかつて出会ったことのない強敵に、走馬灯のように過去のことを振り返り、後悔しながら、ゼルトナは死を覚悟する。


 そんな中――。


「破っ!!」


 目の前の風使いの女性を蹴り飛ばす、黒のメイド服を纏う侍女が現れた。



*****



 私は黒いメイド服を翻し、ゼルトナさんにとどめを刺そうとしていた、薄緑色の髪の女の人を飛び蹴りで吹き飛ばした。


「ゼルトナさん……大丈夫!?」


「……ヒメナ」


 九死に一生を得たゼルトナさんは、私のことを呆然と見ていた。

 怪我をしていることもあるんだろうけど、はるか年下の私に助けられると思ってもいなかったんだろうな。


「……他人に関わるなと教えたはずだ……何をしている?」


「しょうがないじゃん! 見えちゃったんだから!!」


 吹き飛ばした女性は立ち上がり、私とゼルトナさんに割って入るように文句を言い始める。


「横からなど卑怯な……!! そこの貴方!! お名前は!?」


「ヒメナだよ」


「私の名前はブリュム・ヴィントですわ。いざ尋常に……勝負!!」


 ブリュムって人は几帳面な性格なのか、わざわざ名前を名乗り合ってから戦闘態勢に入る。

 そして、丹田から右手にマナを集めて、その手を振るった。


「魔技【風刃】!!」


 右手から風の刃と思わしきモノを飛ばしてきたので、それを余裕を持って躱す。


「何故私の【風刃】をあんなにもあっさり……!?」


 普通の人なら見えにくさ、速度共に反応できる魔技じゃない。

 ゼルトナさんが深手を負ったのも無理もない話だ。

 マナが見える私にははっきり見えるから、あんまり関係ないけどね。


「逃げろ……お前みたいな小娘じゃ勝てん」


「それ、私の闘気をちゃんと見てから言ってくれる?」


 私は全力で闘気を纏う。


「何ですの……その闘気!? 四帝級……!?」


 ブリュムとゼルトナさんは、私の闘気に驚きを隠せない。

 それもそうだろう。

 黒竜セイブルとの闘い。

 アッシュとの闘い。

 その実戦の中で、私は確実に成長しているんだもん。


「ヒメナ……どうやってそんな力を……?」


 私はゼルトナさんの問いに答え――。


「他人と出来るだけ関わらずに、自分のことだけを考えろ。他人と関わろうとすれば、いずれ自分が死ぬ……だっけ?」


 拳を強く握りしめた。


「そんな大人の鉄則を、否定したいからだよ」

何となく面白そうなど、少しでも思ってくださった方は、画面下の『☆☆☆☆☆』からポイントを入れていただけると幸いです。

感想を頂けたりSNSなどで広めて頂けると、作者は更に喜びます。


皆様が応援してくれることが執筆の原動力と自信にも繋がりますので、何卒よろしくお願いします。

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