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六十六話 それぞれの闘い⑤

 ブレアを庇った私は、アッシュの魔技【インフェルノ】を背中にまともに受け、燃やされた。


「ああぁぁ!!」


 私の背中を燃やす黒炎は、まるで地獄の業火で燃やされたかのような熱さ。

 燃え盛る火炎は、ゾーンに入り集中力が高まっていた私を正気に戻し、地面をのたうち回らせた。


 私の右腕とエミリー先生を燃やしたあの時より……ずっと熱い……!!

 体のマナをも燃やす炎だ……!!


「てんめえぇぇ!!」


 庇われたブレアは金槌を構え、アッシュに向けて突貫していく。

 ブレアじゃ、駄目だ……!!

 マナを燃やす黒炎を使うアッシュには、闘技を扱えないと倒せない……!!


 アッシュに向けて振り抜いた金槌は、あっさりとアッシュの剣に弾かれた。


「感謝するぞ、水色の。ヒメナには苦労していたのでな。貴様なら与し易い」


「あん……だとぉ!? 魔技【アイスニードル】!!」


 金槌でブレアが地面を叩くと、氷の棘が地面から次々と生えていき、アッシュの元へと向かう。

 巨大なつららが地面から襲っているようだ。


「魔技【ファイアウォール】」


 そんなブレアの魔技は、予想通りアッシュの魔技によってあっさりと燃やされた。


 【ファイアウォール】で作った黒炎の壁の中から、アッシュは【瞬歩】で一瞬ブレアの目の前に現れる。


 そして何が起きたか分からずにいるブレアに対して、黒炎を纏うフランベルジュを上方に構え、


「死ね」


「ブレアァァ!!」


 振り下ろした、その時――。



「両軍戦闘を止めえぇぇい!!」



 戦場に大声が響き渡る。


 この声……もしかして……!?

 背中の黒炎が消えて煙を上げる中、私は大声を上げた主の方を見上げる。



 シュラハト城近くの塔の上に腕を組んで立っている少女に見える声の主は――ポワンだ。



 皆の注目を集めたポワンは、闘気を纏う。

 闘気を纏う……ただそれだけで立っている塔にはヒビが入り、戦場にいる全員の動きを止めて震え上がらせた。


「今から少しでも動いた者は殺すのじゃ。帝国軍は撤退せい」


 鎮まりかえった戦場に響くポワンの声。

 アッシュを見ると、冷や汗をかくブレアの眼前で剣を止めていた。

 やっぱりポワンは……四帝と比べても別格なんだ。


「拳帝殿!! 何故止める!?」


 沈黙の中、叫んだのはアッシュだ。

 体の動きは止めたまま、ポワンに問いただす。

 アッシュからしたら、ブレアと私を殺すチャンスだったから、歯痒いんだろうな。


 確かに……何で戦闘を止めたんだろ……?


「決まっておろう……」


 ポワンのことだから、公国のためじゃない。

 王国のためでも、もしかしたら帝国のためでも。

 だけど、浅はかな理由でもないはずだ。



「このシュラハトには、ワシのお気に入りのパイ屋があるからじゃ!!」



 ――とんでもなく浅かった。

 嘘でしょ……?


「お主らがドンパチやっとるせいで被害が拡大してパイ屋が潰れたらどうする!? ワシは怒りのあまり帝国も王国も滅ぼしかねんのじゃ!!」


 確かに道中、ポワンが好きそうなパイの匂いがしたもんね……。

 そして、帝国も王国も本当に一人で滅ぼしかねない力を持っているのがタチが悪い。

 でも、これ……どうなるんだろう?


 戦場を見渡すと、誰一人ポワンの圧に恐れをなして動けずにいた。



*****



 ロランとズィークの双方も例外ではなく、互いに動きを止めていた。

 ポワン程の実力者なら戦場の誰か一人でも動けば即座に気付くからだ。


「さて……どうしたものですかね」


「私を殺せば良いではないか? 休戦協定もそのつもりだったのであろう?」


 あからさまな挑発。

 ズィークにとって、ロランが動けばポワンが確実に殺してくれるため、当然の言動だ。


「死ぬのがわかってて動くのは、流石に嫌かな」


 しかし、ズィークの挑発にはロランは乗らない。

 帝国の元第一皇子のロランにとっても、ポワンは初見であった。

 拳帝の噂はかねがね聞いてはいたが、まさかあそこまでの闘気を纏う強さだとは思ってもいなかったのだ。


「ならば、下がるか? 貴様にとっては千載一遇のこのチャンスに」


「互いにそうするしかないでしょうね」


 ロランの返答を聞いた皇帝は、その場で大きな声を上げる。


「帝国軍よ、聞け!! 剣を納め速やかに帝国へと帰還する!!」


 こうしてポワンの登場によってそれぞれの戦いは終わり、帝国軍は早々に撤退し始めた。


「次は必ず殺してあげますよ」


「虚勢にしか聞こえんな、トネール……いや、今はロランだったか? こんな機会にはもう二度と恵まれぬ」


 皇帝が退き、その場にいたロランはポワンを見ながら呆然と立ち尽くしている。

 いつもは強者を見ると痺れるロランであったが、ポワンは例外であった。


「困ったね、あんな化け物がこの世にいるとは」


 圧倒的な強さを誇るポワンを見たロランはスリルすら感じられなかったからだ。

 ロランは生まれて初めて恐怖というものを経験したのであった――。



*****



 帝国軍が撤退する中、残念そうにしていたのはカニバルだ。


「あーあ、おじさんの楽しみが拳帝様に奪われちゃったよ」


 戦闘不能のルーナを切り刻んで食すか、エマとベラをルーナの目の前で食べるかで悩んでいたカニバルは、しゅんとしていた。


「君がおじさんに何故負けたかわかるかい? ルーナちゃん」


「…………」


 ルーナは沈黙していた。

 答える体力すらないのも事実ではあるが、答えが分からないからだ。


「憎しみだよ。憎しみが足りない。もっともーっとおじさんを憎まないと。その憎しみが君を強くさせるんだ」


 邪悪な笑みでルーナに教えてあげたカニバルは、エマとベラを見る。


「……変態野郎が、次に会った時は冥土へ送ってやるさ」

「極楽浄土には行かせないわぁ」


 恨みがこもったエマとベラの答えを聞いたカニバルは、満足そうにスキップをして皇帝の元へと帰って行った。


 残されたルーナはその背中を見て――。


「ごめんなさい……ララ……」


 ララの仇を討てなかった悔しさから、涙を流すことしか出来なかった。



*****



 背中に火傷を負ったと共に、体内のマナを燃やさせた私は気絶しかけていた。


「ヒメナ、運が良かったな」


 アッシュは剣を納め、私に向けて言い放つ。


「おい! あたいは無視かよ!?」


 猪突猛進のブレアですら、ポワンに怯えてアッシュに向けて叫ぶことしかできなかった。


「次こそ必ず殺す」


「……おい!!」


 更にブレアを無視したアッシュは、去っていく。

 また……勝てなかった……。

 勝てそうな気がしたけど、まだ遠かったのかな……?


 ブレアを庇ってアッシュに敗れてしまった今、その答えはもう出ない。

 だけど私に後悔はないから良いんだ。

 ブレアを庇ってなかったら一生後悔してただろうから。


 帝国軍が引き上げ、シュラハトから去るのを見送ったポワンは、私を見下すように一瞬視線を送り、何処かへと消えていった――。

何となく面白そうなど、少しでも思ってくださった方は、画面下の『☆☆☆☆☆』からポイントを入れていただけると幸いです。

感想を頂けたりSNSなどで広めて頂けると、作者は更に喜びます。


皆様が応援してくれることが執筆の原動力と自信にも繋がりますので、何卒よろしくお願いします。

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