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四十一話 帰って来たヒメナ

 流石は帝国四帝の一人が連れてきた戦闘員といったところか。

 武器が魔法で操る髪のハールに、大剣を持つルーナは押されて続けていた。


「魔技【飛髪】」


「!!」


 ハールは頭皮から硬化した毛髪を飛ばしてくる。

 ルーナは大剣で防ぎきれず、いくつかが体に刺さる。


「くっ……! やっかいね……」


 体に刺さったハールの硬化した毛髪を抜き、投げ捨てたルーナは、ハールの魔法がどんなものか把握しつつあった。


 一つ、切られた髪は動かせないこと。

 二つ、髪の伸び縮み等の操作は自由、かつ硬度も変えられること。

 三つ、硬化させた髪を飛ばしてくること。


 しかし、いくら髪の毛を【切断】の魔法で斬ろうとも、キリがない。

 相性が悪いと言わざるを得なかった。


「私の美しい髪を切った罪は重いわよ。あんたを殺して丸刈りにしてやるわ」


 ハールは伸ばした毛髪をドリルのような形にし、回転させる。

 おそらく、この一撃で仕留めるつもりだろう。


「……仕方ないわね」


 大剣で切っても切ってもキリがないこの状況を打破するには切り札を使うしかない――そう決意したルーナの前に、突如漆黒のローブを纏った者が現れた。


「誰よ、あんた」

「誰!?」


 ハールもルーナも知らない何者か。

 しかし、その所作から只者ではない雰囲気を醸し出していた。

 互いに自分の味方か敵か分からない以上、緊張が走る。


 その緊張を察したのか、何者かは被っていたローブのフードを脱ぎ、ルーナに向かって振り向いた。


「このマナ……やっぱりルーナだ!」


「もしかして……ヒメナ!?」


 五年来の再会――。

 お互い顔が大人びていて最初はわからなかったが、ヒメナがマナでルーナに気付き、ルーナも右肘から先がない所を見てヒメナだと分かる。


「ヒメナ……久しぶり……生きてて良かった……じゃなくて!! こんな所で何してるの!?」


「何って、皆に会いに来たんじゃんか!! ほぇ〜、ルーナ凄いナイスバディになったね!!」


「……っ……!? 今は帝国軍と戦闘中よ!! 別に今会いに来なくたって!!」


 成長したヒメナのあまりの能天気ぶりに、思わずルーナは大声を上げる。

 五年前、アリアがヒメナを追放した決意――それを思い出したのもあるからだ。


「分かってて来たんだよ。アリアを……皆を助けるために」


「ヒメナ……あなたって子は……」


 親友のアリアに追放されたヒメナ。

 それでもなお、アリアを守りたくて戻って来たヒメナの信念。

 ルーナはそんな信念に、返す言葉がなかった。


「……ちょっと、あんた達さっきから私のこと忘れてない!?」


 ハールは感動の再会とも言える二人の会話に水を差すということをわかりつつも、割り込んだ。

 戦闘中だったのだから、腹が立つのも無理はない。


「ほぇ? だってあなたなんて知らないもん」


「許せない……私のこと、無視しちゃってさぁ!!」


 またもやハールは髪の毛のドリルを高速に回転させて、今にもヒメナとルーナを襲おうとしていた。

 ヒメナはそんなハールを指差し、ルーナに問う。


「この人、やっつけていいの?」


「ええ、でもヒメナ闘える――」


 ルーナの返答を聞いた直後、ヒメナは即座に【瞬歩】でハールとの間合いを詰めた。


「……は?」


 油断していたとはいえ、目にも止まらぬヒメナのあまりの速さに、間抜けな声を上げることしか出来なかったハールは――。


「闘技【発勁】」


「かっ……!?」


 ヒメナの闘技【発勁】の直撃をもらう。

 体内のマナの貯蔵庫である、下腹部の丹田にヒメナの闘気を打ち込まれたハールはマナを乱され、その場にうつ伏せに倒れこんだ。

 痙攣し、すぐに戦闘に復帰できる状態ではない。


「……っ……!?」


 ヒメナのあまりの戦闘力に驚くことしかできないルーナ。

 利き腕の右手がなく、アリアに逃がされたヒメナが、これほど強くなっているとは思いもしていなかったのだ。


「状況良く分かってないんだけど、これからどうすればいい?」


「…………」


「ルーナ? どうしたの?」


「……あ……ええと、ベラとエマもあっちの方で多分まだ闘ってるから……そっちの援護をしてくれたら助かるけど……」


「分かった!!」


 闘気を纏ったヒメナは壁を伝って屋根へと駆けのぼり、ルーナが指差したベラとエマの方へと走った。


 ルーナは呆然と倒れて起き上がれそうにないハールを見ている。

 ヒメナと自分の力に圧倒的な差を感じたからだ。


「……いけない!! アリアの所に戻らないと!!」


 正気を取り戻したルーナは、急いでブレアとフェデルタが闘っているアリアの元へと戻るのであった――。



*****



 ベラとエマは苦戦を強いられていた。

 透明になって夜の闇に溶けるクラルテ、エマからコピーした【爆発】の魔法を扱うファルシュ。

 状況は膠着している様にも見えたが、徐々にベラとエマは体力もマナも削られ、怪我も負っていた。


「このままじゃアリアの元に辿り着くどころか、ここでやられちゃうわねぇ」


「……面倒さね」


 二人は目線で合図し、頷き合う。

 ベラとエマが何かをしようとした時――。


「ベラにエマだよね? 久しぶり!!」


 背後からいきなり、肩を叩かれ声をかけられる。

 気配も感じず背後をとられたことに二人は警戒するが、漆黒のローブを纏ったヒメナの顔と右手を見て、その存在に気付く。


「「……ヒメナっ!?」」


「おーっ! 正解っ!! ルーナも着てたけど、何で皆メイド服着てるの? それよりベラ更に胸でかくなってるじゃん!! エマも大きくなったね!!」


「あらあら、ヒメナも綺麗になってるわよぉ」


「……いやいや、ヒメナがこんな所に何でいるのさ!?」


 戦場に成長して現れたヒメナのあっけらかんとしている様子に、ベラは何故か馴染んでいるが、エマは動揺と驚きしかなかった。


「ルーナとも会ったんだけど、帝国軍と闘ってるんだよね。敵はあいつら?」


 クラルテとファルシュも気配なく現れたヒメナに、警戒心を高める。

 しかし、ファルシュのとった行動は意外なものだった。


「僕は帝国軍所属のファルシュ・コピーと申します。あなたはその所作からさぞかし強者とお見受けしますが、お名前は何でしょうか?」


「ヒメナだけど……」


「僕は闘いを神聖なモノと考えております、どうか闘う前に握手をして頂けないでしょうか?」


「ほぇ? 握手? 別にいいけど……」


 ヒメナは歩を進めファルシュへと近付く。

 ファルシュの魔法を知るエマは、その狙いを悟った。


「ヒメナ、そいつに触っちゃ駄目だよ! そいつは相手の魔法をコピーするのさ!!」


 その言葉を聞いてもなお、ファルシュに近付くヒメナ。

 そして二人は――左手で握手を交わした。


「……え? これは一体――」


 握手を交わしたファルシュは困惑する。

 それもそうだろう。

 ヒメナには魔法が無く、コピーすることが出来なかったからだ。

 ファルシュにとっては、今まで出来たことが出来ないという異常事態だ。


「じゃ、戦闘開始ってことでいいよね?」


 力強い闘気を纏ったヒメナは、動揺を隠せないままでいるファルシュの左手を握力で握り潰す。


「ぎゃああぁぁ!?」


 握り折られた左手の痛みを訴えているファルシュの顔面に、ヒメナは遠慮なく全力で左のストレートお見舞いする。

 ファルシュは声なき声も上げて吹き飛んでいき、都市を囲む壁に直撃して意識を手放した。


「それとあんた、わかってるから」


「!?」


 ヒメナが声をかけたのは、透明化して背後から近づくクラルテであった。

 声をかけられ、動揺しつつもクラルテは構えたダガーをヒメナに向かって振るう。


 ヒメナのマナ感知の域は、近くであれば目を瞑っていても誰が何をしているかが分かる域にまで達していた。

 つまり、クラルテの透明化はヒメナにとっては何の意味も為さない。


 クラルテが降り下ろしたダガーを、ヒメナは右の回し蹴りの踵で弾き飛ばし、そのまま闘技へとうつる。


【旋風脚】


 右の回し蹴りの勢いを利用し、体幹を軸にコマのように回り、左のハイキックをクラルテの顎に正確に放った。

 一撃で頭蓋骨内で何度も脳を揺らされたクラルテは意識を失い、ギョロ目が白目となってその場に倒れ込む。


 ヒメナがベラとエマが苦戦していた相手を倒した時間、わずかに五秒。

 圧倒的なヒメナの力を目の前にした、ベラとエマは言葉を失ったままだ。


「さっ、アリアの所行こっ!!」


 そんな二人にヒメナは笑顔で答えた。



*****



 ブレアとアッシュはリユニオンで一番高い建物の屋根で未だに闘っていた。

 フェデルタと遅れて助けに入ったルーナは既に倒れており、戦闘不能の状態となっている。


 ブレアは感じていた。

 自分の無力さを。アッシュとの間にある大きな壁を。


 自身の氷はアッシュに跡形もなく黒炎で燃やされ、自身の闘技を纏った攻撃は余裕を持って止められ、切り札の魔法具による攻撃もいなされる。


「くそがああぁぁ!!」


 どれだけ斬られても、燃やされても、魔法具の金槌を破壊されても、ブレアは獣の形相でギザギザの歯を剥き出しにして闘う。


 そして、遂にアッシュにまともに斬られ、倒れた。


「ブレアァァ!!」


 失明しているアリアは音でブレアが敗れたことを察し、歌っていた【狂戦士の歌】を止め、ブレアのために叫ぶ。

 しかし、その叫びは何の意味も持たず、ブレアは気を失い動かないままだ。


「さぁ、歌姫様。こちらへ」


 ルーナとフェデルタとブレアを倒したアッシュは、アリアを誘うかのように手を伸ばす。

 返り血を浴びたその手の匂いに、アリアは嫌悪感を抱かざるを得なかった。


「お断りします……ルーナとブレアを斬ったあなたに着いていくはずがありません!!」


「……コレール……?」


 アッシュはアリアと初めて真正面から向き合った時、遠い過去の誰かと見間違えたのか、アリアを別の名で呼ぶもすぐに正気を取り戻した。


「……いや……この従者の少女達とそちらの王国軍の騎士はまだ生きておられますよ。貴女の行動によっては、その命はどうなるか分かりかねますがね」


 アッシュは倒れたブレアの首に剣を置く。

 この人は本当にやりかねない……アリアはそう感じ――。


「……分かりました、何処へとでも連れて行って下さい」


 自分にはいつも選ぶ権利すらないのかと諦め、苦渋の決断をした。


 アリアの決断を聞いたアッシュはフランベルジュを鞘へとしまい、上空に向け黒炎を放つ。

 放った黒炎は空で花火のように散り、帝国軍全隊へ命令を下した。


 命令内容は――全軍撤退。


 リユニオンを攻めたのは陽動で、本来の目的のアリアの捕獲が叶った今、悪戯に兵を死なす訳にはいかない。


 そこからアッシュをはじめとした帝国軍の動きは早かった。

 アッシュはアリアを抱えて撤退を始め、紫狼騎士団と闘っていた兵士も撤退する。


「我が軍が何度も辛酸を舐めさせられた歌姫を、コレールと見間違うとは……我はどうかしている」


「…………」


 抱えられたアリアは絶望していた。


 ずっと今までロランに利用されて自身の歌が嫌いにまでなったアリアが帝国軍に攫われたということは、今度はアッシュによって同じ扱いを受けるに違いないと考えていたからだ。


 それも――今度は王国軍の一部である冥土隊の敵としてかもしれない。


 しかし、自分に抗う力はない。

 アリアを取り巻く環境は、冥土隊以外の人間は常に自分を利用するために、あらゆる手を使ってくる汚いモノばかりだ。


「……助けてよ……」


 見えない目が見えていた頃の光景をふいに思い出し、アリアは涙を流す。


 五年前、自分を曲げてまで自分のことを考えてくれた少女のことを。

 いつも隣にいて、真っすぐでキラキラ輝いていて、自分を守ろうとしてくれていた親友の事を。



 自分が突き放してしまった――ヒメナのことを。



「……ヒメナアアァァ!!」



 思わずアリアがその名を呼んだ時、漆黒のローブを纏った者が突如アッシュとアリアの目の前に現れる。


【衝波】


 その者はアリアをアッシュから奪い取ったと同時、アッシュに肩を当てて、闘技によってアッシュを吹き飛ばした。

 アッシュは吹き飛ばされつつも体制を整えて着地する。


「……何者だ?」


 アッシュは漆黒のローブのフードを被った隻腕の者に問いかけた。


「五年も待たせてごめんね、アリア」


 問いかけられた少女は、アッシュを無視してフードを脱ぎ――。


「お待たせ」


 アリアを守るために、一つしかない左腕でしっかりと抱いたのであった。

何となく面白そうなど、少しでも思ってくださった方は、画面下の『☆☆☆☆☆』からポイントを入れていただけると幸いです。

感想を頂けたりSNSなどで広めて頂けると、作者は更に喜びます。


皆様が応援してくれることが執筆の原動力と自信にも繋がりますので、何卒よろしくお願いします。

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