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三十四話 失ったモノ

 崩れ去った教会。

 私達は呆然とその前で立ち尽くしていた。


 フリーエンのマナは感じない。

 おそらく、崩壊した教会の瓦礫に巻き込まれて死んだんだ……。


 アフェクシーの村で生き残ったのは、ヴェデレさんと放心状態のジャンティのたった二人だけ。

 私とルグレが守れた命は、数十人の内の……たった二人。


「やはりの、こうなったか」


 私が守れなかった命の数に絶望していると、崩壊した教会の隣の建物の上から見知った声が聞こえてきた。


 声の主は、今まで我関せずを貫いてきたポワンだ。

 私達に任せたことがどうなったのか、結果を見に来たのだろう。


「やっぱり、こうなったかって何よ……」


「ぬ?」


 私達に任せたらこうなるってポワンは分かってたって意味……?

 なのにポワンは私達にフリーエンの対処を任せたってこと……?


「何で……何で助けてくれなかったの!? ポワンがいればこんなことにならないで、アフェクシーの村は助かってたんでしょ!?」


「小娘。お主は戦場でこの人を殺したくない、あの人は何で助けてくれないと、阿呆のように喚くのかの?」


 私の訴えに、ポワンは鼻で笑う。

 ポワンの対応には腹が立ったけど、その通りだ。


 もし、私がアジトでフリーエンに勝った時に殺せてたのなら、アフェクシーでは誰も死なず平穏な毎日が続いていたのに……私にはそれが出来なかった。

 この結果はポワンのせいじゃない、私のせいだ。


 ジャンティに怪我が無いかを確認するヴェデレさんを見て、ヴェデレさんと話したことを思い出す。


『おーう、ヒメナにルグレ……ポワンさんはどうしたい?』

『やっつける……か』

『……んーでだ。ルグレ、盗賊のヤツらはどうしたんだ?』


 沢山の戦場を経験していたヴェデレさんは、こんな未来を予想していたのかもしれない。

 だから、躊躇なく敵を殺すであろうポワンに来て欲しかったし、私達にフリーエンを殺して欲しかったんだ。


 でも、ヴェデレさん自身がそれをする訳でもないし、力がある訳ではないからはっきり言わなかった。



 アフェクシーの村が滅んだのは、敵を殺す覚悟がなかった私の弱さだ。

 それでも、また敵が現れた時に、その敵を……同じ人間を殺せるのだろうか……?



「窮鼠猫を噛む。敵はお主らより弱かったのじゃろうが、お主らの弱みをつき、復讐を果たした。敵を生かしてロクなことはないじゃろうて」


「違います」


 いつもポワンに肯定的なルグレが、ポワンを否定する所を初めて見た。

 フリーエンとの最後の会話で、ルグレの中に何かが残ったんだ。


「俺がフリーエンを止められたとしたら……もっと前です……!! 王国兵士となって手に入れた平穏を……戦争が奪ったんだ!! 帝国と王国の戦争さえ起きなければ――」


「ルグレ」


 黙ってろと言わんばかりのポワンの圧。

 ルグレはその圧に気付き、押し黙った。



 ――フリーエンの死を確認した私とヴェデレさんは、フリーエンを含めた死んだ人達の埋葬を始めた。

 ルグレにはジャンティの宿屋で、ジャンティの様子を見てもらっていて、ポワンはいつも修行をしている山へと帰った。


 闘気を纏って私が殴って作った穴に、私とヴェデレさんは死体を放り込んでいく。

 助けられたかもしれない見知った人達の死体を見るのは、複雑な想いだ。


「……ごめんね、ヴェデレさん。私がフリーエンを殺しておけば、こんなことにはならなかったのに……なのに私……やっつけたとか自慢気に言って馬鹿みたい……」


 穴に死体を放り投げながら、ヴェデレさんに謝る。

 遠回しに忠告してくれてたのに、それを裏切る形になったからだ。


「……いーや、お前は何一つ悪かーねーよ。俺も善意で助けに来てくれたアフェクシーの住民でない子供に、誰かを殺してくれなんて言える訳ねーしーな」


 そう言ってヴェデレさんも死体を穴へと投げ入れる。


「人ってのは死んじまったら、ただの物になっちまう。お前がどれだけ強くなるかはわかんねーが、それだけは忘れないでくれーな」


 そこからは無言で作業を続けた。

 薪売りをしてたおじさん、父親の農業を手伝ってた女の子、ジャンティの両親……全ての人の死顔を見ながら、涙を堪えて穴へと投げ入れた。


 全ての死体を穴に埋めて処理した後、私達は黙祷を捧げ、気になってたことを聞いてみることにした。


「これから、ヴェデレさんとジャンティはどうするの?」


 アフェクシーは滅んだと言ってもいい。

 二人で住むという訳にもいかないだろう。

 私達の修行について来れるかと言うと、絶対に無理だろうし、何よりポワンが認めないだろう。


「……こうなっちまったのはしゃーねーしな。皆の墓建てた後は、帝国軍に戻りゃーな。あっこなら仕事ならどうせあっからねー……」


「でも、また前線に配置されたりしたら……戦場、嫌なんでしょ?」


「俺の顔見てみーな」


 ヴェデレさんは自分の指をさした顔を近づけて来る。

 どう観察しても、いつもと変わらない無精髭が雑に生えたおっさんの顔だ。


「……何も変わらないけど」


「そーさ、何も変わらねー。お前はずっと半泣きだったけどーな、俺は一緒に過ごした人達が死ぬことに慣れちまって涙も出やしねーんだーな。フリーエンみたいな壊れた人間も何人も見てきたしーな。それに嫌なことだろうが、ジャンティも食わすならそうするしかねーわな。人間生きててなんぼだからーさ」


 俺は平気だから、心配すんな。

 自分のことを考えろ。

 そう言ってるように感じた。


「死んじゃったら、ただの物だから?」


「そういうこったーな。ヒメナは生きてる内に恋の病ってのも直さなきゃなーな」


「もう!! 今する話それ!?」


「はっは!!」


 ヴェデレさんは死んだ人は物と変わらないって言ったけど、私は違うと思う。

 だって私は、エミリー先生やララやメラニーのことも、アフェクシーの人達の生きている時のことも、忘れられないし忘れたくない。

 物は壊れたら捨てて終わっちゃうけど、捨てたくないモノがたくさんあるから。

 私が忘れなきゃ、私の中で生きているって、そう信じたいんだ。


「……アリア」


 私は綺麗な夜空を見上げて、アリアの名を呟く。


『ガキの頃から……いつもこうだ!! 平民の中でも貧乏で、貴族に見下されて!! 王国兵士として雇われてやっと生活に困らなくなるのかと思えば、紫狼騎士団の使い捨ての道具として特攻させられてよぉ!? 頭がイカれそうな妙な歌を聴かされながら闘うのが嫌で、聞こえない範囲まで行ったら挙句の果てにゃ、脱走兵として指名手配犯だ!!』


 頭がイカれそうな妙な歌……フリーエンはそう言っていた。

 つまり、アリアはもう既に戦場でロランに利用されているってことだ。


「……もっと、もっと強くならないと……」


 今回のアフェクシーでの戦いは、アフェクシーを守れなかった私の負けだ。


 危険な所にいるかもしれないアリアの元へと早く戻りたいという焦りと、アリアが生きている証言を聞いた安堵がありつつも、今の自分が戻った所でアリアを戦場で守り切れる自信は無かった――。



*****



 一方、その頃。

 ルグレはジャンティの宿屋の一室で、身を清めているジャンティを待っていた。

 腕を組みながら、部屋を落ち着かない様子で右往左往している。


「ジャンティを任されたけど、どう対応すれば良いんだろう……わからない……こんなことは教わったことはないぞ……」


 救い出したジャンティは、ほぼ廃人に近い状態であった。

 それもそうだろう。

 自身の家族や友人たちを殺した男に、女性としての初めてを奪われ、穢されたのだ。


『……ルグレ……部屋で待ってて……』


 ルグレが釣れたジャンティが発した言葉はその一言。

 ジャンティが来た時にどう対応したらいいのか、分からないでいた。


「励ます……いや……励ましてどうするんだ、馬鹿か俺は……」


 ルグレがどうすればいいかわからず自問自答していると、部屋の扉がゆっくりと開かれた。


「!?」


 現れたのは、身を清めた後のバスローブ姿のジャンティ。

 ジャンティの実家にいるのだから、服は当然あるはずだ。

 にも関わらず、ジャンティがバスローブの下が裸であることにルグレは強く動揺する。


 そんな動揺して固まったままのルグレを、ジャンティはベッドへと押し倒した。


「ジャジャジャ、ジャンティ!? ど、どうしたんだい!?」


 ルグレの動揺は止まらない。

 ルグレは十六歳で女性経験は無かった。


 共に過ごしているポワンやヒメナのことですら分からないことが多いのに、いくら仲が良い友人であるジャンティのこととはいえ、何故裸で抱きしめられているのかわからずにいた。


「……抱いて」


 ジャンティの心からの訴え。

 女性経験がないルグレでも、行動の意図は分からないでいたが、その意味は分かった。


「いや……っ……でも……そんなことできないよ!!」


 未体験の出来事に、頬を赤らめるルグレ。

 下半身は己の意識に反して、反応してしまっている。


「何で……? あの男に犯された私が……汚いから……?」


 ルグレ自身、ジャンティが自分を恋愛対象として見ているのが分かっていた。

 そんな自分に、他の男に犯されてしまった場面を見られてしまったジャンティの心中はルグレには察せれない。

 きっと好きな人に抱いてもらうことで、心の平穏を保とうとしているのだろう。


「……違うよ、そうじゃない……そうじゃないんだ」


「じゃあ何で!? 私のこと嫌いなの!?」


 ジャンティにとっては、頼れる人はもういないに等しい。

 ヴェデレがいるにはいるが、もしヴェデレと離れることになってしまえば、両親を失ってしまった自分は独りきりとなる。


 ジャンティの行動は、衝動的なモノであったことは間違いないが、もしルグレが自分を抱けば、今後ルグレは自分を見捨てないという、優しさに付け込んだ打算的な狙いもあったのかもしれない。


「嫌いじゃないよ……ただ、俺は……」


 しかし、そんなジャンティの思惑を知る由もないルグレは、ジャンティの言葉を素直に受け止める。


 今まで誰にも悟られまいと、話さなかった心の内。

 それを話す事だけが、ジャンティに対する誠意だと考えたルグレは――。



「俺は、ヒメナが女の子として好きなんだ」



 ただただ、真っ直ぐな少年であった。


「だから、ジャンティとそういう……男女の何かっていうのは出来ない」


 ルグレがヒメナに恋心を抱いたのはいつなのか、自分自身にも分からない。

 魔法も利き腕も無い――にも関わらず親友の元へ戻るために必死に修行をするヒメナを見ている内に、気付けば人間としても女性としても惹かれていたのだ。


 真面目なルグレにとって、想い人がいるのに別の誰か性行為を行うという考えは一切なかった。


「……そう……あの御守り、私の時は効果なかったくせに……」


「……え?」


 ジャンティが何を言っているのか聞こえはしたが、意味が分からなかったルグレは思わず聞き返す。


「……ううん、何でもない。ちなみに冗談だったんだけど、まさか本気にした?」


「嘘だったの!? ひどくない!?」


 バスローブを整え、笑顔を浮かべるジャンティ。


「あはは。じゃ、私は自分の部屋で寝るから……」


 そして――。



「ルグレ、バイバイ」



 最後に切ない目でルグレに別れを告げたジャンティは、翌日の朝――自室で首吊り遺体として発見された。

何となく面白そうなど、少しでも思ってくださった方は、画面下の『☆☆☆☆☆』からポイントを入れていただけると幸いです。

感想を頂けたりSNSなどで広めて頂けると、作者は更に喜びます。


皆様が応援してくれることが執筆の原動力と自信にも繋がりますので、何卒よろしくお願いします。

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