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三十三話 狂気的な笑いと共に

 ジャンティに目がいって気付いていなかったけど、祭壇近くには村の他の若い女性も乱暴されて殺された後なのか、動かないまま床に転がっており、血や様々な液体が混ざり合い、教会に似つかわしくない異臭を放っている。


 ジャンティ以外の女性は全員殺されていた。


「……あぁ? ようやく来たか」


 私達に気付いたと同時、ジャンティの体内に自分の欲望を解き放ち、身震いをしたフリーエン。

 私に殴られた傷はまだ癒えておらず、顔を腫らしたままだ。

                  

 身も心も穢されきったジャンティには最早生気はなく、何を見ているかも分からないような状態だった。

 生きながらにして、死んでいるようにも見える。


「待ってたぜ、メインディッシュさんよぉ……」


 フリーエンはズボンを履いて私達の方を向く。

 正確には、私の方だ。

 目の前でフリーエンがしたことがあまりにも衝撃だったため、私は固まって動けずにいた。


「貴様ああぁぁ!!」


「ルグレ、馬鹿!! 落ち着けってーの!!」


 呆然と見ていることしか出来なかったルグレは我にかえり、フリーエンがした鬼畜の所業を許せなかったのか、ヴェデレさんの静止を振り払って闘気を纏い駆ける。

 動揺していたのか、行動が直線的で精細を欠いていた。


「おい、いいのか?」


 ルグレの手甲を装備した拳の大振りは、盾にされたジャンティの顔の前で止まる。


「うっ……!?」


 顔中の穴という穴から色んな液体を流しているジャンティを目の前で見て、ルグレは明らかに動揺していた。

 フリーエンはそんなルグレの腹を闘気を纏って蹴り飛ばし、礼拝場の柱へと叩きつけた。


「ぐっ……!」


「ルグレ!!」


 フリーエンはルグレに見せつけるかのように、ジャンティの髪を鷲掴みにして無理矢理立たせ、首元へとナイフを突きつける。


「お前は下がって動かず見ていろ。俺が用があるのはメスガキの方だ……気に入らねぇんだよ、俺を舐めたそいつがな!!」


「人質とは……卑劣な……!! 自分の仲間はどうした!?」


「安心しな、この村襲ったのは俺一人だよ。仲間は付き合いきれねぇっつってどっかに消えちまったよ」


 私の【探魔】に引っかからなかったということは、本当にフリーエン一人で村を襲ったんだろう。

 ジャンティを人質にとられたルグレはゆっくりと後ずさりし、私とヴェデレさんの所まで戻る。


「ヒメナ……あいつはああ言ってるけど、俺にあいつと闘せてくれ!!」


 ルグレにとっては、もしかしたら友人以上の想いがあるジャンティを穢されたからか、ルグレの目は血走っていた。

 拳を握りつぶし、両手から血が滴っている。


「ルグレ。ちっとは頭冷やせーな」


 ヴェデレさんはそんなルグレの頭を小突く。

 今のルグレをフリーエンと闘わせるのは危険だと、長年の経験から感じたのかもしれない。


「大丈夫ーか? ヒメナ」


「……うん」


 フリーエンを倒せるのか、私自身の精神状態に問題ないのか。

 ヴェデレさんはそういうつもりで聞いてくれたんだろうけど、そのおかげか少しずつ冷静さを取り戻していく。

 その狙いもあってヴェデレさんは私にも話しかけてくれたんだろう。


 冷静になった私は、フリーエンを真っ直ぐ見据えた。


「フリーエン……こんなことをして……せっかく見逃してあげたのに……何でこんなことが出来るの!?」


 何もしないでどこかに行ってくれれば、それで良かったのに……そうすれば、誰も死んだり傷つくこともなかったのに……!!

 何でそれが出来ないの……!?


「……見逃してあげた……? どいつもこいつも……上から俺を見下しやがってよぉ!!」


 フリーエンは盾にしていたジャンティを祭壇から投げ捨て、ナイフを仕舞う。

 人質に取り続けると思っていたけど、何故かそれは無さそうだ。


 本当に私との一騎討ちが目的みたい。

 でも、どうして私……?


「ずっと誰かの目を気にして、ゴマすって生きてきた!! それでもまだ、お前みたいな女のガキの目すら気にしろってのか!? 俺を何だと思ってんだ!! 俺はこの世界の玩具じゃねぇ!!」


 私は視界を遮る涙を左手で振り払う。

 言葉が通じないなら、闘うしかないんだ!!


「ふざけないでよ!! あんたがどんな目に合ってきたかなんて知んないけど……だからって、あんたが好き勝手やっていい理由にはなんないわよ!!」


「何も知らねぇ、メスガキが!!」


 私とフリーエンは戦闘の合図かのように、互いに闘気を纏ってフリーエンと対峙する。


 先制したのは――フリーエン。


「これならナイフみたいに弾けねぇだろ!!」


 フリーエンは魔法【念力】によって礼拝堂内の長椅子を浮かして、私へと飛ばしてきた。


 私は飛んできた長椅子を跳んで躱したが、そんな空中に飛んだ私の右側から、フリーエンはさらに長椅子を飛ばして来た。


「……っ!?」


 右手が無い私にとって、私の体の右側は弱点。

 傍目から見てわかるその弱点をフリーエンは当然突いて来たのだ。


「……ぐ……!!」


 飛んできた複数の長椅子に、空中で防御しながらも当たる。


「ヒメナ!!」


 ルグレの叫びと共に、長椅子と共に地面へと叩き付けられた。

 長椅子に押し潰されている私に対して、フリーエンは更に礼拝堂の長椅子を操り、次々と飛ばしてくる。


「破っ!!」


 躱して駄目なら壊すのみ。

 私は全力で闘気を纏って押し潰されている長椅子を吹き飛ばし、フリーエンが飛ばして来た長椅子も拳と足で破壊していく。


「なんっつー闘気だ……騎士団の副団長クラスじゃねぇか……!! 何なんだよ、てめぇは!!」


「あんたみたいなヤツをぶん殴るために、必死に強くなったのよ!!」


 次々と【念力】で飛んでくる長椅子を破壊しながら、フリーエンとの距離を徐々に詰める。

 今の私が【瞬歩】で瞬時に近づける最大距離はおよそ五メートル、その距離に入るためだ。


 しかし、一度戦闘をして隣接した距離で闘うことが不利なのが分かっているフリーエンは、私が叩き壊した長椅子などを再度【念力】で操り、私に距離を詰めさせまいとようとしてくる。

 私は細かい傷を負いつつも、フリーエンとの距離を詰める隙を見計らっていた。


 何故なら、フリーエンの【念力】の弱点を見抜いているからだ。


 おそらく、フリーエンは【念力】で物を操っている際中に、両手に何かを持つことが出来ない。

 両手の指で物を一つ操れ、その数の合計は十。

 物を操っている最中は手は塞がっており、何かを持つことが出来ない。


 だから前の戦闘の最後、剣を抜くタイミングも遅れていたんだ。


 【念力】で動かす物を壊しても壊しても、また別の物を飛ばしてくるフリーエン。

 私も近付ききれずに、戦況は膠着していた。


 ――ポワンに修行中に教わったことがある。

 均衡してる状況では、相手の虚をつくことが重要だと。


 意表のついた方が優位なのに、私には遠距離攻撃が可能な魔法なんてものはない。

 だからこそ私は、【瞬歩】で距離を詰めるということを意識していたが、フリーエンは近づけまいと消耗線を仕掛け、隙を伺ってくる。


「うっぜぇなぁ!!」


 いつまで経っても決定的な隙を見せない私に、フリーエンは【念力】で何かを飛ばしてきた。

 その何かを殴り飛ばそうとしたとき――私の手が止まる。



 何かとは、フリーエンが殺したアフェクシーの女性の死体だったから。



 動揺した私は、物と同じように殴り飛ばすことが出来ず、死体を受け止める形で一緒に倒れ込んだ。


「あんたってヤツは……人の心がないの!?」


「だからガキだってんだよ、てめぇは!!」 


 フリーエンの虚をつこうとしていた私は、逆に虚をつかれる形となる。

 【念力】で私が壊した物の切先や、燭台等の殺傷能力が高い物を、私に向けて一気に飛ばし始めた。

 私を串刺しにする気だろう。


 万事休す――そう思ったその時――。


「「!?」」


 私の前にはルグレがいた。

 ルグレは私に飛んできた物を全て逸らし、無傷で立っている。

 殴打で弾いたんじゃない、触れただけで逸らしたんだ。


「……何をした、てめぇ!!」


 両手に闘気でなく、マナを纏うルグレ。

 触れただけでフリーエンの【念力】で飛ばして来たものを逸らしたのは、何らかの魔法を使ったということなんだろう。


「ルグレ……」


 ルグレと四年も一緒にいたのに、私はルグレの魔法を見たことない。

 本人も自分の魔法が大嫌いみたいだから、見せてって言っても見せてくれたことがないんだ。


 なのに魔法を使ったということは、それだけフリーエンのことが許せなくて……殺したいってこと……?


「大丈夫、もう冷静だよ。ここからは俺がやるよ、ヒメナ」


 心配そうに見つめる背中を見つめる私に、いつものように微笑んだルグレ。


「てめぇは出しゃばってくんじゃねぇっつってんだろ!!」


 そんなルグレに、フリーエンは【念力】を使って様々な物を飛ばす。

 ルグレは飛んできた物に対して、打撃で落とす気配も躱す素振りも見せず、マナを手に集めてただ触れた。


 ルグレが触れた物は踵を返すように反転し、フリーエンへと直撃する。


「がぁっ……!?」


 自分の【念力】で飛ばした物はずのものが当たったフリーエンは、当たった衝撃で吹き飛ばされて、地面へと倒れた。

 そんなフリーエンにルグレは悠々と歩きながら近付いていく。


「……ぐ……てめぇ……何をした!?」


 フリーエンは近くにあったオルガンを【念力】でルグレに飛ばす。

 ルグレが先程と同じように触れるとオルガンは勢いを止め、その場で落ちた。


「くそが……!! 何だって俺の【念力】の制御が効かねぇんだ!?」


 あれが……ルグレの魔法?

 一体何をしてるの?


 何が起きているか分からず私が困惑していると、同様のフリーエンの目の前に辿り着いたルグレが、その問いに答えるかのように、ルグレが操っている物を宙へと浮かして踊らせた。


「俺の魔法は【支配】。俺が触れた対象は俺の支配下に置かれる」


 つまり……フリーエンの魔法で飛んできた物を支配して、逆に操ってるってこと?

 ルグレの魔法……凄い。


「あなたの罪は重い……アフェクシーを滅ぼし、沢山の人を殺した。弁解の余地はない」


「なら殺せよ!! どうせ俺にはもう生き場はねぇんだ!!」


 間合いを完全に詰めたルグレに、うつ伏せに倒れたままフリーエンは叫んだ。


「ガキの頃から……いつもこうだ!! 平民の中でも貧乏で、色んなヤツに見下されて!! 王国兵士として雇われてやっと生活に困らなくなるのかと思えば、紫狼騎士団の使い捨ての道具として特攻させられてよぉ!? 頭がイカれそうな妙な歌を聴かされながら闘うのが嫌で、聞こえない範囲まで行ったら挙句の果てにゃ、脱走兵として指名手配犯だ!!」


「脱走兵……!? あなたは戦争が嫌で王国から逃げ出したんですか?」


「誰が好き好んで死にに行くんだよ!? 俺は王国のどっかの街で常駐兵士として普通に生きてけりゃそれで良かったんだ!! なのに……帝国が攻めてきたせいで……俺は……っ!!」


 不幸自慢ともとれる身の上話。

 ルグレは真剣に聞いていたけど、私にとってはどうでも良かった。


 フリーエンのアジトで闘う前ならまた違ったのかもしれないけれど、今のこいつはただの大量殺人犯だ。


「……俺を見下したそのメスガキをコケにしたら、少しはこのクソッタレな世界に抗えた気もしたかもしれねぇってのによ……それすらも叶いやしねぇとはな……くくっ」


 私を倒せば、世界に抗えた気がしたって……私のせいで思い通りにいかないから気に食わないってだけじゃない……!!

 そんな理由でアフェクシーの皆を殺して……こんなことをしたっていうの!?


「……あなたは争いが嫌で、戦争から逃げたんですよね? これから……変わることは出来ないんですか? 罪を償うために生きる事だって――」


 何言ってんの、ルグレ!?

 そいつはアフェクシーの人達を皆殺したんだよ!?

 ルグレだってさっきあんなに怒ってたじゃない!?


 ルグレの馬鹿げたような案を聞いて、フリーエンは狂ったように大笑いしだす。


 ひとしきり笑った後、重い腰を上げるように立ち上がり、ルグレとフリーエンは互いに見つめ合う。

 まるで、何かを伝えあっているようにも見えた。


「悪いな、坊主……俺はもう、変わっちまった後なんだよ!!」


 ルグレの想いは届かず、両手を上げたフリーエンは手の平からマナを飛ばした。

 フリーエンがマナを飛ばした先は――教会を支える二つの巨大な支柱。


「ぬおおあぁぁ!!」


 頭の血管から血が噴き出すほど、自身のマナに力を込めて、【念力】を行使するフリーエン。

 フリーエンの魔法によって、支柱は少しだけずれる。


 二つの支柱がずれたことによって、教会全体にヒビが入り、崩壊し始めた。

 

「ははははっ!! どいつもこいつも俺みたいに不幸に死んじまえっ!! 全部ぶっ壊れりゃいいんだ!!」


 大量のマナを消費したフリーエンは、笑いながら倒れ込む。

 

「あいつ……自分ごと教会全部をぶっ潰す気ーか!?」


「ヴェデレさん早く逃げて!!」


 崩壊し始める教会から逃げるヴェデレさん。

 私も教会から逃げるために、フリーエンに飛ばされた死体を抱えた。


 崩れ去ろうとしている教会から出た私は、抱えた死体を地面にゆっくりと置き、中々出て来ないルグレが気になり教会内を見ると、全裸のジャンティに上着をかけて抱えて、脱出を図っていた。


「ルグレ、早く!!」


 ルグレがジャンティを抱えて教会から出た正にその時、教会は崩れ去る。

 取り残されたフリーエンの狂喜的な笑いと共に――。

何となく面白そうなど、少しでも思ってくださった方は、画面下の『☆☆☆☆☆』からポイントを入れていただけると幸いです。

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皆様が応援してくれることが執筆の原動力と自信にも繋がりますので、何卒よろしくお願いします。

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