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二十六話 初恋

 ルグレにお姫様抱っこをされた私は、村の診療所へと連れて行かれた。


「あー……こりゃ病気じゃねーな。診ねぇでも見りゃわからーな」


 私を抱いたままのルグレは診察室に入るや否や、丸眼鏡をかけた無精ひげを生やしている黒髪短髪のおじさんにそう告げられる。

 そりゃそうだ。私の顔、多分血色良いもん。


「そんな……!! ヴェデレ先生の魔法は【診断】で、身体の病気が見えるんですよね!? なら、ちゃんと診て下さいよ!!」


 ヴェデレさんは、以前ルグレが誤って毒キノコを食べた際に診てもらったお医者さん。

 医者としては凄腕で、こんな田舎の村にいるのは勿体ないって、ポワンも言ってたんだって。


「んなら、青春を謳歌する若者に病名を告げてやらーな。こりゃな、巷じゃ恋のやま――」


「わー!! わー!!」


 ヴェデレさんはにやにやしながら、病気でない病名をルグレに告げようとするのを、私は大声を出して必死に遮る。

 何言おうとしてんだ、このおっさん。


「コイ……!? ヒメナ変な物でも食べたのかい!?」


「食べてないよっ!!」


「はっは!! こりゃ嬢ちゃん苦労すんねぇ!!」


「ちょっとあんたは黙っててよ!! ぶっ飛ばすよ!?」


 ルグレの天然に突っ込む私を、状況を全て見透かしているヴェデレさんがからかってくる。

 とりあえず、殴ってやろうかな。


「勘弁してくれよ、嬢ちゃん。俺はずっと戦場にいたが、魔法も戦闘向きじゃねぇしクソ程よえぇ。嬢ちゃんはポワンさんの弟子だろう? 俺なんざ瞬殺されらーな」


「ほぇ? 弱いのに、何で戦場にいたの?」


「戦場じゃ怪我人や死人がめちゃくちゃ出っからだ。それに俺の魔法は検死に向いててな、敵に厄介な魔法の使い手が現れるたびに死体を解剖してたんだーわ」


 敵を殺すために、味方の死因を診る。

 戦場って……そういうとこなんだ……。


「……何だか……悲しいね……」


「あー、その通りだ。誰かを助けるために医者になったつーのによ、戦場じゃバカみたいに治せない怪我人がいやがるし、ツレの死体をバラすなんざやってらんねーつーの。クソ下らなくなって、思わず逃げ出しちまったーよ」


 ふんっと鼻を鳴らしながら、戦争の悪態をつくヴェデレさん。

 軍事国家の帝国には、あまり似つかわしくない人だ。


「この村はクソ田舎でいいぜぇ~。今ん所は戦争とは無縁だかんな。普通に生きて、普通に死ぬっつー当たり前の平和がここにゃある。俺みたいな戦場から逃げた腰抜けでもやってけるからーな。俺以外医者もいねーからしっかりしねーといけねーけどな! はっは!!」


 戦場から逃げた腰抜け……ヴェデレさんはそう言って自分を下げてるけど、私はそうは思わない。

 きっとヴェデレさんは、人の死を間近にして平気でいられなかったんだ。


「……ヴェデレさんって……優しいんだね」


 私がそう呟くと、ヴェデレさんはさっきまでの陽気さは何処へやら、呆気に取られて固まっていたけど、正気を取り戻すかのように手の平で軽くおでこを二回叩いた。


「そう言える嬢ちゃんは俺よりはるかに立派よ。また恋の病が再発したらいつでも来な。しゃーねーから、話くらいなら聞いてやらーな」


「だから、ヴェデレ先生!! コイって一体――」


「ルグレは黙ってて!!」


「はっは!! こりゃ大変だーな、お嬢ちゃんよーっ!!」


「ほえぇぇ!! お願いだから、二人共黙って!!」


 医者のヴェデレさんは豪快で面白い人だった。

 全部見透かして弄って来るのは、鬱陶しいけど。



*****



 ヴェデレさんの診療所を出て、私達はポワンに頼まれたフライパンを買い、今からアップルパイを買いに行く所だ。


「本当にどこか痛かったりとかはないんだよね?」


 ヴェデレさんとの会話で何も分かってなかったのか、未だに心配して来るルグレ。


「ヴェデレさんが大丈夫って言ってたでしょ、もぉ〜。しつこいってば」


「なら良いんだけどさ……」


 しつこいって言ったらへこんじゃっちゃった。

 私のことを考えてくれてるのに言い過ぎちゃったかな?


 そうこうしてる内に、アップルパイを売っている宿屋にたどり着いた。


 宿屋でアップルパイを売っているのは、アフェクシーみたいな田舎で宿屋だけしてたら、誰も泊まらないから経営が出来ないみたい。

 気付けばアップルパイ目当てに、遠方から宿屋に泊まる人が出てくる程人気の商品になったんだって。


「いらっしゃいませーっ!」


 アップルパイを売っているのは、そばかす顔の可愛い女の子。

 茶髪のおさげを揺らしながら、私とルグレを出迎えてくれた。

 ルグレと同じくらいの歳かな?


「ジャンティ、久しぶり」


「ルグレじゃん!! 元気だった!?」


「元気だよ、ジャンティも変わりなさそうだね」


「で、その子は?」


 ジャンティと呼ばれた女の子は、初顔の私を興味深そうに見て来る。


「私はヒメナ、ルグレの妹弟子だよ。よろしくね」


「へー、私ジャンティ! よろしくね、ヒメナ!」


 ジャンティは右手で握手を求めて来たけど、私は左手を差し出した。


「あ……」


「ごめんね、私……右手無くって……」


「……ううん、こっちこそごめんなさい」


 ジャンティは私の右手が無いことに気付き、申し訳ないような顔で右手を引っ込めて、左手で私の左手を掴む。


「手の平固っ!! ヒメナは強そうに見えないけど……ルグレみたいに強いの?」


「凄く強いよ。油断したらすぐ追い抜かされちゃうくらいに」


「へーっ! そりゃ凄いや!!」


 二人はたわいの無い談笑を始めた。

 何か……お似合いだなぁ……。


 私は右手も無いし、強いって女の子としては褒められたものじゃない。

 きっとジャンティみたいな可愛らしい子が、将来ルグレのお嫁さんになるんだろうなぁ……。


「あ、そろそろ陽が暮れそうだ。俺達そろそろ帰らないと」


「また早めに来てよね、サービスするから!」


「うん、それじゃ」

「ジャンティ、ありがとう」


 ルグレがアップルパイを買い終えて山へと帰るために歩き始めたので、私が着いて行こうとすると、ジャンティに服の裾を掴まれる。


「さっきのお詫びじゃないけど、これ。私にはもう必要ないからあげるよ」


 ……何これ?

 綺麗な石のネックレス?


「この村に伝わる恋愛成就の御守りだよ。心配しなくても、ルグレは私に興味ないから」


「ほぇ?」


「右手とか無くても気にしないでも大丈夫だよ、ルグレはそんなこと気にしないって!」


「な、何の話!?」


 ジャンティもヴェデレさんみたいなこと言ってさ!

 何なの、この村!?


「ヒメナーっ!! 帰るよーっ!!」


「……はーいっ!」


 私、そんな分かりやすいのかなぁ……?


 でも、この初恋はそっと心に閉じ込めておくんだ。

 私は後三年たったらアリアの元に戻るんだから。

何となく面白そうなど、少しでも思ってくださった方は、画面下の『☆☆☆☆☆』からポイントを入れていただけると幸いです。

感想を頂けたりSNSなどで広めて頂けると、作者は更に喜びます。


皆様が応援してくれることが執筆の原動力と自信にも繋がりますので、何卒よろしくお願いします。

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