百七話 ポワンの切り札
ポワンとの戦闘は地形を変貌させるほどだった。
アフェクシーの村の建物は私達の闘いの余波で全て崩壊し、慰霊碑も崩れ去っていた。
近くの地形も平らに変わりつつある。
「かっかっかっ!! 闘いが面白いと思ったのは久々なのじゃ!! 血湧き肉躍るわ!!」
必死な私と違い、ポワンは実に楽しそうだ。
楽しそうに闘ってるとはいえ、愚直な攻撃ではなく、所々にフェイントや闘技を織り交ぜてくる。
私は微かに残る理性で、ポワンの体内のマナの動きを読み、行動を先読みする。
それで何とか対等に闘えてる状態だ。
一歩間違えれば全ての攻撃が致命傷になりかねない。
細い糸の上を渡るかの様な戦闘。
一瞬の迷いが生死を分ける。
それほどまでに純粋な闘気による殴り合いは互角で熾烈だった。
「ほっ!」
ポワンが放ったのは、【旋風脚】。
私とは練度が違い、まるで大気を切り裂く様な蹴り。
一撃目を何とかかわすも、返しの二撃目の蹴りに直撃する。
吹き飛んだ私を追撃するようにポワンは【瞬歩】で近づいて来た。
マナの動きで読んでいた私は、ポワンの右の拳を首をひねって紙一重で躱す。
「ああぁぁ!!」
即座に体制を整え、【螺旋手】を放った。
螺旋手は急所を避けられるも、ポワンの左手に当たって左手を千切り飛ばす。
でも、ポワンの魔法によって左手は直様元通りに戻った。
「かっかっ! やりおるの!」
腰に手を当てて笑うポワンに対して、私は口内に溜まった血を吐く。
ポワンはいくら傷付けようが、体の時を戻して再生する。
私は怪我の再生なんてできない。
痛みはなくてもその差は大きい。
だけど、ポワンは体の時を戻すことで確実にマナを消費していた。
能力が強力な分消費も大きいみたいだ。
それにモルテさんのように【不死】じゃないなら、一撃で殺せば勝機はあるはず。
どうやってポワン相手に……一撃で……?
再生させるのもやっとなのに……。
異形のエミリー先生を相手にした時みたいに、理性を捨てて戦った方が良いの……?
でも、一度手放したら【終焉の歌】が止むまで、戻らない気がする……。
『……ヒメナ、聞こえる?』
『アリア!?』
頭の中にアリアの心の声が響き渡って来る。
【終焉の歌】の影響なのかな?
『【終焉の歌】を歌っている間、ヒメナとは心の中で話せるみたい』
『それは良いことだけど……どうしたの?』
今は戦闘中だ。
心の中とはいえ、話してる余裕はないんだけど……。
『ヒメナ、掴んだ理性を手放してはダメ』
アリアに私の考えはお見通しだったみたい。
『理性を捨てて闘えば、計算的に闘えないわ』
『でも……何も思いつかないし、このままじゃ勝てないよ』
『私に考えがあるの』
アリアの考えを私は聞いた――。
確かにそれなら……ポワンに通用するかもしれない……!!
アリア、ありがとう!!
「ポワ……ン……!! 私の……全力……受けてみろ!!」
私はアリアの案に乗った。
それしか時間を戻すポワンには勝ち目は見当たらない。
「これ……で……一撃で……だおす!!」
私は右手の義手を開き、ポワンに向けて構えて闘気を集中させる。
私の闘気の余波で砂埃が舞い――。
「ほぉ」
全力の【闘気砲】をポワンに向けて放った。
「ほっ!!」
ポワンは私が放った【闘気砲】に対して、躱しなどはしないで、全力で闘気を纏って受け止める。
アリアの予想通り、ポワンは挑発に乗って真っ向勝負を受け入れた。
単純な闘気のぶつかり合い。
マナ量、闘気の強さの勝負。
「がああぁぁ!!」
「ぬおおぉぉ!!」
私達は丹田のマナをどんどん闘気と変えて、力比べをする。
大気を震わせる程の力比べを始め、想いをぶつけ合う。
ポワンは自分の武人の誇りのためだけに闘っている。
私は皆の仇と戦争を起こさせたいために闘っている。
互いに互いの信念のために、闘気の力強さを増していく。
「何かに頼らなければいけない力なんぞ、大した事ないわ!」
「な……にがああぁぁ!!」
それはこっちのセリフだ。
ブレアを殺した私が、孤独な力になんて負けられない。
最後に勝負を分けるのは技術じゃなくて、想いの強さだ!!
ポワンとは背負っているモノが違う!!
私達は全力で闘気をぶつけ合う。
体内のマナをどんどんと消費して。
「がああぁぁ!!」
「ぬ……!?」
【闘気砲】がいつまで経っても弱まらないことがポワンにとっては予想外だったのか、徐々に私の【闘気砲】がポワンを押していく。
「ぐ……ぬ!!」
ポワンは受けきれないと悟ったのか、闘気砲を受け流した。
真っ向勝負を受けたにも関わらず。
そのことはポワンの精神に少なからずダメージを与えたのだろう。
一瞬挙動が止まる。
その一瞬を私は見逃さなかった。
【闘気砲】を打ち続けていたのを止め、【瞬歩】でポワンとの距離を詰め――。
【螺旋手】
ポワンの心臓に向けて【螺旋手】を放つ。
私の左手はポワンの心臓を貫き、胸を貫通した。
「ごふっ……」
実はさっきの力比べ――私が圧倒的に有利だった。
ポワンのマナ量は尋常じゃないくらいあるといっても有限で、いくらポワンでも全力で闘気を纏い続ければ、いずれ尽きる。
対して、大気からマナを取り入れられる私のマナ量は無限。
【闘気砲】で闘気を放ち続けても、マナが尽きることはない。
つまり、先の勝負はメリットはあってもデメリットは無い。
あの力比べは、近接戦で私が怪我することなくポワンのマナを消費させるためのアリアの策だ。
自信家のポワンなら力比べに乗ってくるとアリアは読んだんだ。
「小娘……が!! 小賢しいことを……!!」
そして心臓を貫いたまま維持すれば、体の時間を戻されようが直ぐに心臓を貫く。
幾度も時間を戻すことになり、ポワンは大幅にマナを減らすことになる。
これは私が思いついて、咄嗟にやったことだ。
「ぬっ……ん!!」
ポワンは胸を貫かれたまま自分の体の時間を戻しながらも、私に両手両足で襲いかかってきた。
「ぎぎっ……!!」
私は義手の右手と足で防御しながらも、ポワンから左手を抜かないように傷を負いながらも必死にこらえる。
ポワンも死に物狂いだから打撃がさっきよりも強力だけど……このまま心臓を貫いたまま離れなければ、私の勝ちだ!!
「やむを得ん……の!!」
引き剥がせないと考えたのか、ポワンは私を殴るのをやめて、血を吐きながら丹田のマナを練る。
すると、ポワンの体は光り輝き始めた。
ポワンが何をしようとしているのか――そう思案した時、尋常じゃない闘気を発したポワンの体から左手が抜け、私は吹き飛ばされる。
「が……!?」
体制を整えてポワンを見据えると、光を放ち終えたポワンの体は成長しており、幼かった体は私と同じくらいの背丈となっていた。
大きくなった……?
「まさか切り札を切ることになるとはの」
違う、魔法で成長させたんだ。
「全盛期の頃のワシは、あまりの力に我が身も長く耐えられんのじゃ。この姿になるのは三回目じゃ。光栄に思うが良い」
最もポワンが強かった頃に。
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