4話目
「ったく、なんで俺までお前らの探検に付き合わないといけないんだ」
「え、えと……。あ、おやつ後のいい運動になりますよ」
「バニーちゃんの言うとおり。ほら、旅は道連れ地獄までって言うでしょ」
「いや、怖いわ!」
兎月に続き辛を引き連れて玲子達は次の七不思議の場所へ行く。
「次の目的地はプールよ。『夜遅くのプールで誰かの泳ぐ水音がする』と言う七不思議で、その泳いでるのは河童やら人魚さらにはケルピーとか噂されてるの」
「河童と人魚はわかりますけどケルピーってなんですか?」
「ケルピーは魚の尾を持つ馬の幻獣だ」
兎月の質問に夜道が答える。
「よく似たのでピッポカンポスがいるがアレは海でケルピーは川だな。ちなみにケルピーは人の内臓を食う」
「……アンタ詳し過ぎじゃない? こういうの好きなの?」
「そうか? 別に好きって訳でもないが。ただ手当たり次第いろんな本を読んでたら覚えた知識だ」
「ふぅん、そうなの」
玲子は夜道の意外な知識の披露で少し驚くがこれが普通の事みたいに言うので流す事にした。
「ところで後輩。今回は何か言いたい事はあるか?」
「あ、そういえば前回は言っちゃったもんね」
「ふ、ふぇ!」
夜道は兎月を見ながら問いかけると玲子もニヤニヤしながらそれに便乗する。
「え、えっと、あの、その……。コ、コンカイノゲンインハ、ナ、ナンデショウネー」
「……」
「……」
兎月がいろいろと考えた末に出てきた言葉はそんな普通の事だった。しかもすごい棒読み。
「後輩、お前にはガッカリだ」
「え!?」
「そうね。バニーちゃんならやってくれると思ってたのに」
「ええ!?」
「後輩お前は天丼と言う言葉を知らないのか?」
「て、天丼? ……美味しいです!」
「お笑いの業界で同じネタを繰り返す事を天丼と言う。芸人なら鉄板だろ」
「う、うさぎ芸人じゃないですぅ」
「違うのか?」
「違うの?」
「ち、違います!」
兎月は全力で否定する。
例え兎月がその天丼をした所で夜道と玲子はまた言ったなどと違うイチャモンをつけたに違いない。これはどっちに転んでもイジられる結果だったのだ。
「はあ、このまま3人で楽しく行ってくれ。俺はもういらないだろ」
ため息をつき辛は律儀にも玲子に言う。夜道なら何も言わずに寝に行くのに。
「ごめんなさい甘辛君。君を忘れてた訳じゃないの。ちゃんと君にも構ってあげるから……」
「いらん! それに可哀想な奴を見るような目をするな!」
玲子の駄々をこねる子供をなだめるような態度が余計に辛は鬱陶しかった。
「それじゃあプールにレッツゴー!」
「なんで俺がこんな事を……ブツブツ」
伏木高校のプールは屋外にあるため夏が過ぎて少し肌寒い時期に使う者など滅多にいない。それに深夜なら尚更だ。
4人は更衣室を素通りしてそのままプールへ行く。
「チッ、こんな事になるなら水着でも持って来ればよかったぜ。そしたらプール貸し切りだったのに」
「え? 泳ぐ気だったの?」
「学校には寝に来てるだけだがたまには誰もいない夜の学校のプールで泳ぐのもいいと思わないか?」
「全然」
「え、え~と」
「……わからなくもないな」
同じ男だからか辛だけは同意するが女性2人は難色を示す。
こういう時男女の感性の違いが出るみたいだが玲子は幽霊でなかったら絶対同意したに違いない。
「まぁいいか。ん?」
「なに? トイレ? 面倒だからってプールの中ですませないでよ」
「するか! ……水の音しないか?」
夜道の言葉で全員が耳をすませるとかすかだが水飛沫の音がしてくる。
「現れたわね」
「ここまで来たんだ逆に出ないと困る」
「ケルピーさんではないように。ケルピーさん以外でお願いします」
「このまま堂々と行くのかよ……」
普通なら息を殺しゆっくり近付く所だが玲子と夜道は真っ直ぐに歩いて行く。
兎月は兎月で夜道から人の内臓を食うという情報でケルピーに苦手意識が芽生えたようだ。
そのまま進みかすかだった水音がより鮮明に聞こえて来た。
「……」
「……」
「……え、えと、人が」
「……泳いでるな」
プールに着くとそこには普通に人が泳いでいるだけだった。河童など不思議生物はもちろんいない。
「いや、まだ人とは決めつけないで! もしかしたら人に化けてる妖怪かも!」
「さて、今回もあの人に話を聞いてみるか。興味は全然ないが」
「おい。聞けよコラ」
諦めの悪い玲子を無視して夜道はプールに近づく。
「おーい。そこのアンタ、何でこんな時間に泳いでんだー」
ザブサブザブ
「「「「…………」」」」
ザブサブザブ
「おーい! そこの! オマエ! 何で! こんな時間に! 泳いでんだ!」
ザブサブザブ
「聞こえてないんですかね?」
「いや、息をするとき耳も水中から出るから聞こえるだろ」
「なら無視されてるのね。くぷぷ。ねー、今どんな気分? 必死になって声をかけてるのに無視されるってどんな気分?」
「……」
玲子の煽りを受けて夜道は青筋を浮かべながらプールから出て行った。
「……あれ、帰ったんじゃね?」
「え!? なんで! ちょっと待ちなさいよ! ごめんって」
「あはは……」
2人のやり取りに苦笑いするしかできない兎月だった。
玲子が夜道の後を追おうとしたら夜道が戻って来た。それだけなら良かったのだが戻って来た夜道の手にはある物を持っていた。
「アンタ何それ?」
「見てわからないのか? すのこだ」
夜道が手にしているのはプールの塩素を落とすためのシャワー室に敷かれていたすのこだった。
「あの、廻見先輩それをどうするんですか?」
「こうするんだよ! うおーーりゃあーー!」
ザッパーーーン
夜道はあろうことか手にしていたすのこを泳いでいた人目掛けて放り投げたのだ。
「あーらら」
「ま、廻見先輩!?」
「…………」
その行動に呆れ、驚き、思考停止のリアクションをとる3人。夜道はとても満足そうだった。
「コラ! 危ないじゃない! 誰、いきなり物を投げた奴!」
「俺だ。それとちゃんと後方に投げたから安心しろ」
「いや! 結構ギリギリだったよ!」
プールで泳いでいた人は女性だった。夜道としては後方に投げたつもりだったが本音を言えば当たっても構わないとも思っていた。
「聞きたい事がある。プールから出て来てくれ」
「とりあえず君には謝ってほしいんだけど」
「そうか。まずは話を聞こう。プールから出て来てくれ」
「謝る気ないな君!」
泳いでいた女性は文句を言いつつもプールから出る。
「それで? 話って何?」
「かくかくしかじかまるまるうまうまと言う事だ」
「あれかな? 私は喧嘩を売られているのかな?」
青筋を浮かべながら女性は指をコキコキ鳴らす。流石に遊び過ぎたかと夜道は思う。だが反省はしない。
「アンタがこんな夜遅くにプールで泳いでいるから変な噂がたってるんだよ。人外認定を受ける前に何故こんな事をしたのか供述しろ」
「…………いろいろ言いたい事はあるけど。私が泳いでた理由は大会が近いからその練習だよ」
「た、大会への練習ですか?」
「水泳部なんてあったか?」
「さあ? 俺は部活に興味ない」
「そもそも私は参加できないし」
「……私練習に戻っていいかな」
3人の反応に自分が真面目に対応してるのが少々バカらしくなってきた水泳部員。
「高校最後の大会なの。でもタイムがなかなか伸びなくてね。放課後の練習時間だけじゃ足りないから夜もやってたって訳」
部活の時間だけではなく夜にも自主練をしていたらしい。
寒い時期にプールに入るのはいろいろ準備がいる。何故わざわざ学校のプールなのか?
「しょうがないじゃない。この辺りでちゃんと泳げる所ってここしかないんだから」
「確かに川でも泳げる所もあるけど流れがあって水難事故なんて洒落にならないからな」
「そ。だからここで練習してた訳。文句ある?」
ここで文句を言ったらそれは自分に帰って来るので誰も何も言わなかった。
「で? その練習の成果はでたのか?」
「っ。君には遠慮がないのかな? ……タイムはあまりよくない。中学3年に入ってぐらいから段々と落ちていたんだ」
「……そ、そうか」
「それって」
「廻見、やめろ」
「…………」
「…………」
女生徒2人はひどく落ち込んでいたが他人から見ればその理由は明らかだった。
夜道がその事を言おうとするが辛に遮られ、玲子と兎月は目を背ける。
「こういうのはハッキリ言っといた方がいい。アンタのタイムがのびない理由はその胸部にある。要はおっぱいがデカイからだ」
「お、おっぱいって……。っ!!!」
女生徒は手で胸を隠すがあまり意味をなしていない。顔を赤らめ恥じらう仕草や身体のラインが見える競泳水着はより魅惑的に見えるだろう。それが自身に意図がなくとも。
「本来スポーツ選手はかなりの運動量で脂肪が着きにくいはずなんだが。まあ、目の保養になるから別にいいけどな」
「オイ、後半部分を私達を見ながらもう1回言ってみ」
「…………別にいいけどな」
「そこじゃないわよ! わざとか! わざとでしょ! 目の保養のくだりよ!」
「…………目の保養になるからな」
「どこ見て言ってんの? え? アンタ壁が目の保養になるの?」
めんどくさく絡む玲子に対し適当に返す夜道。
「……あ。間違えたこっちだったか」
「オイ。今何と壁を間違えた? 呪うぞコラ」
「ごめん、やっぱ草原だったわwwwww」
「何笑ってんのよ。あれか! 平らな大地に草が生えるから草原ってか! オマエ、ゼッタイブッコロス」
玲子の目が本気でヤバイ事になってるので今はこの辺で止めておく夜道。
「話が逸れたがこれで七不思議の原因がたわわ先輩だとわかった。これで残り2つか」
「た、たわわ! やめろ私には水部泳という名前がある!」
お互い自己紹介をしていなかったので夜道が適当なアダ名をつけて呼んだが不服のようだった。
だが運悪く玲子だけは気に入ってしまった。
「いいわね、たわわちゃん。これからたわわちゃんと呼ぼう」
「やめろ!」
「なら私の考えたわがままボディちゃんの方がいい?」
「どっちもお断り!」
「諦めろ。俺なんか甘辛だぞ」
「わ、私はバニーです……」
「………………」
玲子の決めたアダ名に嫌がる泳に辛と兎月の自分等のアダ名を教えられ絶望した。
3人共録なアダ名ではない。
「それじゃあたわわちゃんも含めて残りの七不思議の原因を探しに行くわよ。あ、後たわわちゃんは着替えてね。さすがにその格好で校内を歩くのはいただけない」
「当たり前よ。それともうたわわ先輩は確定なのね……」
泳は自身につけられたアダ名を最初に言った夜道を恨めしい目で見るが夜道は視線に気づくがあえて知らないふりをする。
「あ! そうだ! 君にはまだ謝ってもらってない! 謝りなさい! 今! ここで!」
「ん? 何の事だ?」
「私に向かってすのこを投げたでしょ!」
泳は今頃になって夜道が謝罪していない事を思いだし謝罪を要求する。
「あー、そんな事もしたっけな」
「プールから出たしここにいた訳も話したんだ。次は君の番だよ」
「そうだな。すまなかった」
「「「「………………」」」」
素直に謝った夜道に全員が呆気にとられた。もちろん謝罪を要求した本人もそこに含まれる。
「なんだよその反応は。謝れって言うから謝ったんだぞ」
「いや、その、また何かと言ってはぐらかすかと思っていた」
「悪いと思ったらそりゃあ謝るぞ」
「廻見君……」
第一印象が悪かっただけにこの行動で泳は夜道の印象を傍若無人から不器用な子に変える事にした。
「ただ悪いと思っても反省はしないけどな」
「いや、そこは反省しろ」
「はぁ、もういい」
辛のツッコミを聞きながら泳は夜道の印象を元に戻す事にした。
「おぉーーっと。なら私にも謝ってもらおうか!」
「霊子今度はおまえか?」
「当然よ」
話が一区切り着いたと思ったらまためんどくさい奴が話に加わってきた。
「アンタ、私の胸を見て草原とかタイラーとか言ったでしょ! 謝りなさい!」
「前者は言ったが後者は言ってないぞ」
「そんなのどうでもいいから謝りなさい!」
「どうでもいいのか。謝ってもいいが条件がある」
「条件? なによ」
「せめて後輩より大きくなってから言え」
「ふ、ふぇ!」
「ほおぉぉ~~」
「ひぃ!」
いきなり振られた兎月にゆっくり首を動かす玲子はさながらホラー映画に出てくる幽霊そのものであった。
「バニーちゃん、ちょっと来なさい」
「は、はいぃぃ」
有無を言わさぬ玲子に怯えながら兎月は付いて行った。
「……廻見、オマエはもう少し優しさを覚えろ」
「なんでだよ?」
「誰か見ても浮遊先輩が負けてるのは一目瞭然だろうが。なのにあんな事言いやがって」
玲子が兎月より小さいのは見てハッキリわかる。それなのに夜道はあんな条件を出したのだ。
「大丈夫だ。戻ってきた霊子次第で謝ってやらん事もない」
「どこが大丈夫なんだ。ただ単に面白がってるだけだろ」
「否定はしない」
夜道はニヤリと笑いながら答える。だが謝罪する気があるのは本当だ。玲子の場合素直に謝罪したらつけあがるのでそれならもう少し遊ぶ事にしたのだ。
「お待たせ。さあこれを見て頭を垂れなさい」
「…………」
戻ってきた玲子は胸に詰め物をしておりなんと言うかひどく歪な形状をしていた。
それを見た者の反応は様々だ。玲子と一緒の兎月はずっとうつむいたまま、泳は視線をそらし、辛は目頭を押さえ何かを我慢するようだった。そんな中夜道だけが玲子を直視していた。
「またぶっ飛んだ事をやってんな。やるならやるでちゃんと形を整えろよ。形だって魅力の1つだぞ」
「う、うるさいわね! そんな事言ってどうせ男どもは大きい胸の方がいいんでしょ!」
「そんな事はないぞ。男にもいろんな趣味嗜好がある。例えばまな板が好き、無乳が好き、まっ平らが好き、ペッタンコが好き、微乳が好き、絶壁が好き、貧乳が好き、無い乳が好き……」
「よし! その喧嘩買った!」
「なんでそうなる?」
「いや、さっきのは挑発にしか聞こえなかったぞ……」
夜道としては慰めたつもりだったのだろうが完璧に逆効果だ。
「アンタは絶対許さない。呪うもしくはもぐ」
「もぐって何をだ?」
「それはもちろんオチンよ!」
「おい! 女の子!」
玲子の堂々と言った言葉に辛がつい横槍を入れてしまう。
「何よ?」
「女子がそういう事を言うなよ」
「これでも濁したつもりよ。高校生にもなってこんな言葉で恥じらってたらまだまだお子ちゃまよ」
「……そうか。ならここにいる女子でお子ちゃまじゃないのはオマエだけだな」
「え?」
夜道の言葉で玲子が周りを見るとそこには両手で顔を隠す兎月と顔を赤らめそっぽを向いている泳がいた。
「………………き、きゃーー。私ったらなんて単語を恥ずかしーー」
「すげぇ棒読みだな」
「というか2人共純情過ぎじゃない! もう高校生なのよ! 早ければもう経験しててもいい年齢よ!」
「ほう、なら霊子はさぞすごい経験を積んだんだろう」
「いいえ! 処女よ!」
歪な胸を張りながら玲子はキッパリと言った。
「さて、耳年増はほっといて行くか」
「ちょっと今のひどくない!」
「やはり私も行かないといけないのか?」
泳としてはもう帰りたい気分になっていたのだが。
「…………」
「…………」
「なんで無言で肩に手を置くのかな」
卯月と辛は諦めろと言いたげな目していた。
「はあーー、これであと2つだ。ちゃっちゃと終わらすぞ」
「うさぎはもう眠いです」
「飼育目を瞑りながら歩くな。危ないぞ」
「私は着替えるから少し待っててくれ」
夜道を先頭に3人が歩いて行く。そして玲子は少し離れて歩きだす。
「あと2つ。これで私の計画も……」