3話目
飼育小屋で兎月が同行することになり現在3人は特別教室練の調理室に向かっている。
「次の七不思議は『夜の調理室で魔女が甘い匂いのする毒薬を作っている』よ。誰も使用許可書を出してなかったのに早朝甘い匂いがしていたらしいの」
「甘い匂いなのに毒薬なのか?」
「それはほら。味は見掛けによらないとかいい匂い=美味しいじゃないとか。そんな感じよ。というか面白ければそれでよし!」
夜道の問いかけに適当な答えをする玲子。七不思議とは誰かのイタズラが怖く見えたり、後にそれっぽく伝えられるなどそういった不確かなモノをである。
「きっとうさぎ達みたいに誰かが調理室に侵入してお菓子を作ってるんですよ」
「……………」
「……………」
兎月の言葉に2人は驚愕する。
「コイツ言っちまいやがった……」
「天然とは思ってたけどここまでとは……」
「え、えぇ! な、なんなんですか!? うさぎ変な事いいました!?」
夜道と玲子の反応に自分が失言したのかと思いあわてる兎月。
「……後輩、世の中わかっていても言わない方がいい時もある」
「そう、すぐにわかる犯人を30分に延ばしに延ばして推理する探偵もいるのよ」
「な、なんでそんな事をするんですか?」
「尺のためよ!!」
夜道もなんとなくこの七不思議を理解していた。だからわざわざ足を運ぶ気にはなれなかったのだ。
でも約束をしてしまったため何も言わずに七不思議を巡るつもりだったが兎月の一言でやる気はだだ下がり……。いや、元からやる気など皆無だったが。
「行くのか? 調理室?」
「あ、あたりまえよ! ちゃんと全部巡るんだから!」
「はあ……」
「今夜は寝かせないぞ♪」
「………………」
玲子の茶目っ気たっぷりのセリフに夜道は殺意しか湧かなかった。
「ちょっ、目が怖い……。でもあれだぞ。2人の美少女で両手に花だよ。悪い気はしないでしょ」
「う、うさぎもですか!? うさぎなんてチンチクリンで美少女なんて……」
兎月はそう言うが他人から見たら小柄で愛嬌もよく、綺麗より可愛いの形容詞があっているだろう。
「だが、その1人は性格がクソだぞ」
夜道は玲子を見ながら言うがなぜか玲子が兎月の方を向く。
「バニーちゃん……性格悪いの?」
「え? う、うさぎですか!? うさぎ性格悪かったですか……」
「いやオマエだ、オマエ。ん? バニーちゃん?」
「そ。うさぎだからバニーちゃん」
「うさぎならラビットだろ。なぜバニー?」
「え? バニーガールって知らない? ほら文化祭のライブでボーカルの人がバニーガール姿で熱唱してたアニメがあったじゃない」
「いや、知らねーよそんなの……」
「マジで! これがジェネレーションギャップか……」
そうではなくただ単に夜道がアニメの類いをあまり見ないからだ。夜道はいろんなジャンルの本を読んでいる。マンガも読むには読むがあまり多い方ではない。
「くっそぉ……。調理室は目の前なんだから早く行くわよ!」
「へいへい。お? 明かりが……」
「電気。付いてますね……」
調理室には明かりが付いており、この時点で幽霊、妖怪とは無縁であるのは明らかだが玲子は認めたくないようだ。
「明かりの消し忘れかもしれないじゃない。ぐだぐだ言ってないでさっさと行くわよ。レッツゴー!!」
玲子が2人の手を引いて調理室の前まで行き、扉の窓越しに中の様子を見てみる。
「「「……………」」」
3人共1回扉から離れ再度中を確認する。
「なあ、アイツは何をしてるんだ?」
「たぶんお菓子を作ってるんじゃないでしょうか? あそこにあるのシフォンケーキを焼く型だと思います」
「すごい真剣で作ってるわね」
「いや、あれ睨んでね?」
調理室では1人の男子生徒がボールの中身の卵白をハンドミキサーで泡立てている。その目は真剣に作っている故か元からなのか目付きがすごい悪かった。
「てか、アイツはなんで学校で料理なんかしてんだ?」
「それはあれよ。……なんやかんやあってここで作っているのよ」
「……なんやかんやってなんだよ?」
「なんやかんやは…………なんやかんやよ! 本人いるんだから本人に聞け! あとついでに出来上がったシフォンケーキをくれるようお願いしといて」
玲子の頼みなんか聞く気はないがそれでも七不思議の原因が彼なら話を聞かないといけない展開だが……。十中八九アイツが原因だから話をしたくない夜道だった。
「やっぱり止めませんか廻見先輩。料理の邪魔になりそうですし、あの人怖そう……」
「後輩、オマエ結構言いにくい事もはっきり言うよな」
「す、すみません。うさぎ思った事をそのまま言ってしまうので。気を付けてはいるんですけど……」
言いにくい事を言うのは夜道もそうだが夜道の場合はその言葉で相手がどう思うかを気にしないからである。
兎月は相手の事を気にするが無自覚で言ってしまう。だから余計に相手にその言葉が刺さるのだが。
「……やっぱり行くか。さっさとこんな事を終わらして俺は寝る」
「そうそう。早く終わらせないとあなたの睡眠時間がどんどん削れちゃうもんね」
「誰のせいだ。誰の」
面倒だが睡眠時間のために早くこんな茶番を終わらせたい夜道は勢いよく調理室の扉を開ける。
「貴様は完全に包囲されている! 死にたくなかったら大人しくシフォンケーキを差し出せ!」
「ひぐっ! な、なんだ?」
誰もいないと思っていた校舎に人がいたのとまだ出来てもいないケーキを請求され訳がわからない男子生徒。
「包囲って私達3人しかいないけど……」
「さ、差し出されなかったらこ、殺すんですか?」
「…………」
ノリで言っただけなのだが兎月は真に受けいた。それとそういう事は相手に知られないよう陰から小声で言うべきだ。傍から見ても夜道が馬鹿にしか見えない。
「……なんなんだ、お前ら?」
「私達の事はどうでもいい! それよりケーキはくれるの! 差し出すの! どっち!」
「う、浮遊先輩それどっちも同じ……」
「とりあえず作業を続けながら話を聞いてくれ」
玲子の優先順位が七不思議からシフォンケーキになっているが夜道が話を進める。
「かくかくしかじかあって今にいたる」
「かくかくしかじかじゃわかんねーよ!」
「チッ、察しが悪い。ならイチから説明してやる」
「アァ! なんで俺が悪いようになってんだよ!」
「あわあわあわ……」
最初は訳のわからない状況だったが次第に調子を取り戻したのか男子生徒は夜道の適当過ぎる説明に食って掛かる。
そんな場面で兎月はあたふたするだけしかできず玲子にいたっては卵黄にグラニュー糖や牛乳などを混ぜた卵黄生地を味見という名の盗み食いをしようとしていた。
「なんでオマエは学校でこんな事をしてるんだ?」
「そ、それは……」
「そのせいでオマエ、七不思議の魔女にされてるぞ」
「はあ!」
それはそうだろう。自分はただお菓子を作っているだけで魔女呼ばわりなのだから。
……訂正。深夜の学校で料理してる時点で魔女じゃなくても変人認定されても仕方ない。
「理由を言え。さもなくばアンタが夜の学校に不法侵入して料理していると全生徒にバラすぞ」
「ふざけんな! それに不法侵入はお前等も同罪だからな! お前等は何しにこんな所に来てんだ」
「俺は寝に来た」
「私は元々ここに住んでる様なものだし」
「わ、私は寂しかったのでウサギさんと戯れに……」
「…………」
男子生徒はこんな奴等と同類なのか。とうなだれたが、どう見ても同類である。
「……俺は甘口辛だ。ここで菓子を作ってる理由は……」
「「「…………」」」
「家で作ってたら甘党の親父に全部食われるからだ」
「「…………」」
玲子、兎月が心の中でくだらないと思いながら残りの1名が。
「クソくだらねぇ」
そのまま口に出した。
「アァ! テメェ、俺が食いたいから自分で作ってんのに横からかっさわれるんだぞ!」
「なら殴り飛ばしてでも止めろよ」
「……相手は現役プロレスラーだぞ。そんな相手に勝てるとでも?」
「…………」
「ちなみに現在16連勝中だ」
普通に考えて勝てるはずない。辛はあまり多くない小遣いで材料を買ってお菓子を作るが全て父親に食べられてしまう。なら誰もいない所で作ればいいと思い深夜の学校で作っているらしい。
などと話をしているうちにシフォンケーキは焼き上がった。
「出来た? 出来たなら早く食べましょ! あ、私には半分程ちょうだい」
「そんなに食わすか! それとまだ駄目だ」
「えー。なんでー?」
話をしてる間にちゃっかり自分の皿とフォークを用意していた玲子を止める辛。
「まだ暖かいうちから型から外すとしぼんじまうんだよ。だから完全に冷めるまで待ちな」
「……詳しいな。ケーキ……好きなのか?」
「……」
レシピも見ないで作り、作業も手馴れていた事から辛がケーキを頻繁に作ってる事が伺える。
「菓子が好きなのか?」
「…………」
「甘い物が……」
「好きだよ! 悪いか!!」
夜道のしつこい追求にキレながら答える辛。
別に悪い訳ではないが辛の容姿は不良みたいなのでギャップがある。本人はただ恥ずかしいだけなのだが。
「それでしたら駅前にワッフルの美味しいお店があるんですけど、今度のお休みに一緒に行きませんか?」
「……それって最近できたワッフル専門店の店か?」
「はい! 今そのお店でマロンフェアをやって……」
「行く!!」
兎月が言い終わる前に即効で返事をする辛。
それは当然。なぜならそのお店の利用客のほとんどが女性だからである。そんな所へ男1人で行く勇気は辛にはなかった。
「……これはあれですか? バニーちゃんはそういう意味で肉食だったの?」
「いや、あれはアイツを男と見てないみた」
夜道の見解は当たっており兎月は辛をスイーツ仲間と思い誘ったのだ。
そして充分に冷めたシフォンケーキを食べつつスイーツ関係の話題で盛り上がっている。
そこまで興味のない夜道と人の話を盗み聞きした程度の知識しかない玲子は必然的に蚊帳の外である。
「……暇だな」
「……暇ね」
「……今さらながらどうして霊子は自殺なんかしたんだ?」
「ほんと今さらだなーおい! つか、今食事中! 時と場所を考えろ!」
「興味なかったしな。それにオマエ食ってないじゃん」
「……幽霊が食べれる訳ないじゃない」
「…………ならなんで食いたいと言った?」
「……………………」
「食べれない事忘れてたろ?」
「私が自殺した理由は……」
「おい」
暇だからふった話題だったが思わぬ所で自分が無駄な事をした事実が発覚した。
今まで遠慮がちだった兎月が積極的に話をしているので徒労ではないはずだ。と自分に言い聞かせる夜道であった。
「この高校、学年が上がるにつれ教室の階も上がるでしょ」
「そうだな」
「それで3年生になったら3階まで登らないといけないでしょ」
「そうだな」
「登るのは無理でも降りるのならショートカットできそうでしょ」
「そうだ…………ん?」
「そこで私は思い付いたの窓の側にある木を使って楽に降りれないかって」
「…………」
夜道は嫌な予感しかしなかったがとりあえず黙って聞くことにした。
「でも失敗ね。やってみたら上手く木に掴まれなかったの。でもアレよ、身体で頭が重いというのは本当よ。落ちるとき頭から落ちるちゃったもの。アレは死ぬかと思ったわ」
「…………」
いや、お前死んでるからな。というツッコミさえする気が起きない夜道だった。
「お前の生前は破天荒過ぎるわ……。思っても実行はしないだろ普通」
「いやー、それほどでも」
「褒めてねーからな! ついでに言うと一般女性の腕力でそんな事したら十中八九失敗するのは目に見えてんぞ」
玲子の死因を聴いただけで夜道はもうコイツの過去には関わらない方がいいとすら思う程疲れていた。
「さて、そろそろ休憩は終わりにして次の七不思議の真相を探しにいくわよ! あと甘辛くんも同行ね」
「………………それは俺の事か?」
玲子に指差された辛は先ほどの変なアダ名が自分の事では無いようにと祈りながら聞き返すが。
「指で差してるんだから当たり前じゃない」
無慈悲にぶった斬る玲子だった。
「どうしてそんなアダ名になったんだ? てか、人に指を差すな」
「マンガで白黒みたいなアダ名のキャラがいたからなんとなく。ほら、辛って辛いとも読むじゃない。だからぴったり!」
夜道の質問に満足げに話す玲子。彼女的にはいい命名だったらしいが当の本人は凄まじく嫌な顔だ。
「ぴったりじゃねぇ! そんなソースみたいなアダ名で呼ばれてたまるか!」
「なら旨辛チキンの方がいい?」
「なんでそうなる!」
「甘辛と旨辛って同じ感じがするから!」
「チキンか。なかなか面白いアダ名をつけるな」
辛と玲子が言い合ってるなか夜道は自分には関係ないので傍観していた。
もちろん玲子は鶏肉のチキンのつもりで言っていたのだが。
「とにかく甘辛くんを連れてレッツゴー!」
「…………」
「諦めろ。アイツに目をつけられたのとこんな時間にココにいた自分を恨め」
肩を落とす辛に慰めなのかよくわからないフォローをする夜道。
単に自分に言い聞かせるために言ったのかもしれないがその原因はさっさと調理室を出ていた。