2話目
「初めまして。私は浮遊玲子。この伏木高校の地縛霊よ」
「……地縛霊?」
「そう。七不思議の一つ『数十年前に自殺した女生徒が夜な夜な姿を現す』その正体が私! さあ怖がれ! 怖がって子羊のように震え上がるといいわ!」
はーはっはっはっ。と高笑いをするが夜道は以前と首をかしげている。
「七不思議ってなんだ? この学校にそんな物あったか?」
「はっはっ…………は?」
そう。この伏木高校七不思議は一部の生徒しか浸透しておらず7つ全部の話を知っている生徒は稀である。
当然、夜道も知るはずもなく。
「ちょっ、本当、本当だから! 七不思議実在するから! 嘘なんか言ってないから! そんな『うわー、イタイ奴だわー』みたいな目をするの止めて! 明日クラスの女子に聞いてみ! あるから! お願い信じて!」
さっきの態度から一変、涙目になりながら懇願する玲子。
「あー、うん、わかった。大丈夫。信じてる。信じてる。じゃ、俺もう寝るから」
おやすみ。と回れ右をしてこの場から逃げようとするがそれは叶わぬ願いだった。
「ヘイ、待ちなよ。ボーイ」
「…………」
変な呼び名で引き留められるが我関せずを貫き歩みを止めない夜道。
「おい、待てやゴラァ! 暇なの。退屈なの。待ってお願い」
「知るか! 俺は寝る!」
夜道を止めるために腕を掴むが玲子はそのまま引きずられる。
「は、な、せ~~」
「い、や、だ~~……あっ」
「うわっ!」
引っ張っていた重さが急に消え前につんのめる夜道。
玲子が手を離した訳ではない。そのまますり抜けたのだ。
「ごめん、大丈夫だった? 私数秒しか物に触れないんだ」
「…………だったら、どうやってその場で立てれるんだよ」
夜道の指摘ももっともだ。物に触れないのなら地面や床に乗る事も出来ないはずである。
「これは立ってる訳じゃなくて浮いてるの。こんな感じ」
玲子は言うや否やそのままの姿勢で浮かび上がった。
つまり、床スレスレで浮いていただけなのだ。何故そんな事をしているのか玲子曰く『ずっと浮いてたらなんか気持ち悪い』らしい。
「ならそのまま飛んでここから出ればいいじゃん。それなら退屈しなくなるだろ」
「はっ! そうか。ちょっと行ってくる」
「……ふう。寝るか」
「って、そんな簡単にいくかボケっ!!」
颯爽と飛び出した玲子が何故か夜道の下から現れる。
「地縛霊の意味知ってるか? ん? ここから出たら地縛霊としてのアイデンティティーがなくなるでしょ! つか、出れるなら最初っからしとるわ! 何十年ここにいると思ってんだ! 察しろ!」
「諦めたらそこで試合終了だぞ」
「やかましい! 名セリフを言われたからって出来んもんは出来ん!」
この世には出来る事と出来ない事がある。精神論で片付けられないことは多々あるがこれもそれに含まれるらしい。
「チッ」
「ん? なぜ今舌打ちした? お前あれだろ? 私が居なくなった隙に逃げるつもりだったろ? 寝るつもりだったろ?」
「……ソンナコトナイデスヨ」
「おまっ、嘘下手かよ!」
夜道は目を泳がせなぜかカタコトだ。わざとらしい仕草である。
夜道としてはこんな芸当されたら幽霊と認めざるおえないが自分の睡眠時間が削られるのが一番の問題なのだ。
「霊子、俺は寝るために来たんだ。ちゃんと寝させろ。帰れ」
「っ! しょ、初対面の女子に名前しかも呼び捨てで呼ぶ普通! うわっうわ~~」
数十年前から幽霊をしていたとしても中身は少女のままだったらしい。耳まで真っ赤にして狼狽している。
怒ったり恥ずかしがったり忙しい女だなと夜道は思う。
「………ん? お前の名前なんだったっけ?」
「ぴくり………私名乗ったよね? オマエは数分前の事も思い出せないのか? なら今の名前はなんだったの?」
「興味ない事は覚えない主義だ。さっきのは幽霊の霊子だ」
夜道という少年はデリカシーの欠片すら持ち合わせていないのだ。
普通なら言いづらい事でもキッパリと言ってのける。
「テメェ、コラ! 私の乙女のトキメキを返せやぁ!」
「んなモン知らんな」
「こんのぉ、ボケェーーー!!」
「っ!?」
玲子が叫ぶと同時に夜道は謎の浮遊感に襲われ近くの教室へ吹き飛ばされた。
何が起きているのかわからないが1つわかるのはこの現象の原因は玲子であることだ。
「何すんだこのヤロウ!」
「うるさい! 乙女心のわからん奴にはお仕置きが必要ね」
玲子の周りには教室内の机や椅子なども浮いている。
腐っても地縛霊。玲子はポルターガイストの力が使えるらしい。
「ちょ、ちょっと待て。読み方が合ってるからいいじゃないか?」
「いいわけあるか! 私は玲子! 霊子じゃない! 柿と牡蠣、英単語ならlightとrightぐらい違うわよ!」
「後者はわかるが前者はイントネーションが違うだろ……」
言葉とは難しいもので同じ言葉でも全く違う物を指したりする単語がある。
今回それが当て嵌まってしまった。
「問答無用! くらっ…………きゅう」
ヤバイと思った夜道だが、いきなり玲子が倒れ伏した。それと同時に浮いていた机や椅子も落ちていく。
ポルターガイストの力は持続時間が短いようだ。
「あーあ、教室がめちゃくちゃだ。おまえがやったんだからおまえが片付けろよな。ふぁ~~っ。俺は寝る」
大きな欠伸をした夜道は俺は関係ないと言いたげに教室から出て行った。
「お、おのれ……」
どこかのラスボスみたいに玲子は悔しがった。
◇
夜道は自分の席で突っ伏して静かに寝息を立てている。
ただ彼の安眠を妨害せんとする輩がこっそりと近づいていく。
何を思ったかその輩は黒板に置いてあるチョークを1つ掴み夜道に投げつける。
「なにを居眠りしているのかね? チミィ~?」
「……なんのまねだ? テメェ」
「なんのって居眠りをしてる生徒を起こす先生のマネ」
「そういうことじゃねぇ!」
青筋を立てる夜道にあっけらかんと答える玲子。
「なんのつもりだと聞いてんだ!」
「私に、もっと、かまえ」
一言ずつ区切って言葉を強調する玲子だが夜道にとってはただウザさが強まっただけだった。
「断る」
「なんだよ。かまえよ。泣くぞ。私泣いちゃうぞ。つーか呪う」
「…………」
ポルターガイストを起こせるなら相手を呪う事も出来るかもしれないが、さっきの事を思うにそこまで強い呪いじゃないと推測する夜道。
「3日に1回悪夢を見るし、1週間に1回はタンスの角に右足の小指をぶつけるわ」
「地味に嫌だわ! ……はぁ、かまえと言うが具体的になにしろってんだ」
「本当! ぃやっほ~~!!」
無視するよりさっきのコイツの要望に応えた方が早く静かになると思い、夜道は諦めて玲子の言うことを聞くのだった。
「この学校にはね、七不思議があるって言ったわよね。その七不思議にはある原因があって今年から噂になったの。それらを……」
「待て。七不思議って今年から噂になったのか!?」
さすがに聞き流せないので夜道は言葉を遮り問いただす。
「知らなかったの?」
「七不思議の存在自体知らなかったのにそんなん知るわけないだろ」
「……というわけでそれらの原因を突き止めに行くわよ!」
「オイ、コラ」
こうして夜道は貴重な睡眠時間を確保するため嫌々ながらにこの七不思議巡りに付き合うのだった。
「で、どこに行くんだ? 噂があるなら虱潰しに行くわけじゃないんだろ?」
「ええ、貴方の噂以外はちゃんと場所が特定されてるから問題ないわ。逆に貴方を見つけるのが一番厄介だったってわけ」
「俺の噂ね……。どんな噂なんだ?」
「『夜の校舎に響く足音。その足音の正体を見てしまったら奈落の底へ連れ去られてしまう』よ。校舎ってだけで細かい場所は話されてないの」
自分で聞いといて少し後悔する夜道。
自分は単なる見回りのつもりだったのに自身の知らない間に変な、しかも後半は勝手に付けられた話だ。
本人からしてみれば面白くないだろう。
「校舎内っつても俺が見て回るのは普通教室棟の一部だけだ。そんなに広くはしてないぞ」
「そうなの?」
伏木高校には一般的な教室がある普通教室棟と美術室や科学室など一部の授業で使う特別教室棟がある。
夜道にとってはここには眠りに来ているだけで警備が目的ではない。
いろいろ見て回っていたら睡眠時間がなくなる。なので夜道の行動範囲は極一部なのだ。
そのため今まで玲子の存在に気が付かなかったのだ。
「まずは飼育小屋に行くわ。七不思議の内容は『飼育小屋のウサギが急成長し、人を食べてしまう』ね」
「いつからウサギは肉食になったんだ?」
「さあ? 私には関係ないからさっさと行くわよ」
幽霊の玲子には肉食だろうが草食だろうが食べられる心配はない。だが夜道は襲われないためにいつでも逃げれるように心構えをしておく。
「ここが飼育小屋か。思ったより小さいな」
「そりゃあそうよ。ここにはウサギしか飼ってないんだから。そこまで大きくする理由がないわ」
学校の中庭にこぢんまりとした小屋があり、そこにウサギが飼育されているらしい。
「で、巨大ウサギはどの位の大きさなんだ? ……さすがに人間大はないだろうな?」
「そんなの私が知るわけないじゃない。私が知ってるのはあくまで噂。大丈夫、アンタが食べられても骨は拾ってあげるから」
「ふざけんな。食われる前に脱兎の如く逃げ出すわ! そして寝る」
「え? 逃げるの? 逃げ出しちゃうの? 相手ウサギだよ? なのに逃げるの? 弱っ!」
夜道が逃げるとわかると必要以上に煽る玲子。ただ夜道には逆効果だった。
「そうだよ! 命大事にという作戦名もあるし、俺は少しでも身の危険を感じたら即教室に帰って寝る!」
「コイツ開き直りやがった……。探求心や好奇心がないのかオマエは?」
「それで死んだら元も子もない。命あっての物種だ。行きたいなら1人で行け」
そう言い夜道は踵を返す。
「待って、待って。あやまるから待って。ごめんなさい行かないで〜」
咄嗟に夜道の腕を掴み帰るのを阻止する玲子。
「でもでも、こんな美少女と夜の学校で2人っきりなのよ。役得と思わない?」
「……………チッ」
「おい? なんだ今の舌打ちは?」
言動、性格に問題があるが玲子は見た目だけなら美少女と言ってもいいだろう。ただ肯定すると調子に乗るはずなので夜道は肯定も否定もしなかった。
「お~い~、一緒に行こ~よ~。一緒に行かなきゃ私泣くぞ。泣いちゃうぞ」
「オマエ、マジでぶん殴る」
「ガチのトーンで言うのやめて、怖い」
「……………はぁ、行くぞ」
夜道はため息をつき飼育小屋の大事に前まで近付く。目が馴れているとはいえさすがに小屋の中は真っ暗でよく見えない。
夜道はポケットからスマホを出しライトで照らす。
「……っ」
「おぉ!」
そこには白や黒、灰色の毛で覆われた大きい毛玉だった。
色合いからしてウサギのようだが大きさが人以上ある。これぐらいの大きさなら人間も食べれるだろう。
それを見た両者は夜道は驚き、玲子は期待に声をあげる。
そしてもう1人の反応も驚きだった。
「わ、わぷっ。い、いきなりなんですか!? まぶしいです!?」
ライトによって照らされた毛玉の中から一人の少女が出て来て周りにウサギ達が散らばる。
どうやらこの少女を中心にウサギを集めただけの毛玉だったようだ。
「なんだ。ただの人か」
巨大ウサギの正体がわかった玲子のテンションはだだ下がりである。
「まぁ、人食いウサギがいて堪るか。それで、オマエはなんでこんな所でウサギまみれになってたんだ?」
「え? えっと。う、うさぎは寂しいと死んでしまうんです」
夜道の質問に少女はいまいち状況がわからないが素直に答えた。
「……ウサギが寂しいと死ぬのは迷信だぞ。ちゃんと留守番もできる」
「で、でもでも、うさぎは誰も居なかったら寂しくて体が震えるんです。だから親が夜居ない時はウサギさんに一緒いて貰うんです」
「「…………ん?」」
少女との問答でなにやら噛み合ってないようで夜道と玲子が困惑する。
「え、えっと。うさぎの名前は飼育兎月といいます。1年です。子供の頃うさぎちゃんと呼ばれてたので……」
少女もとい兎月は自身の事をアダ名で呼ぶらしい。身長も低く小動物みたいな印象からかうさぎと呼ばれていた。
「なるほど。つまりオマエが寂しいからウサギと一緒にいたと……」
「はい」
「おっと、自己紹介がまだだったな。俺は廻見夜道だ。こっちは霊子」
「…………自己紹介された気がしないのは何故かしら?」
「…………気のせいだろ」
夜道の紹介が腑に落ちない玲子。しいて言えば女の勘である。
「それと俺は2年だが別に敬語はいらないぞ」
「よ、よろしくお願いします。で、でもこの口調が素なので」
「そうなの? こんな奴タメ口でもいいぐらいなのに」
「…………オマエ何様だ?」
「玲子様だ! 敬え! つか、かしずけ」
「……………………」
玲子が夜道に人差し指を下に向ける。よくここまで図々しく言えたものだと夜道は無視を決め込むのだった。
「お、お二人は付き合ってるんですか?」
「やだ。そう見える?」
「ハッ」
「やだ~。何か面白い事でもあったかな~?」
2人のやりとりを見て卯月は何を思ったのかそんな事を言い出した。笑顔で返す玲子に対し一蹴する夜道。
それでも笑顔を崩さない玲子だが、声は棒読みで威圧感すらある。そんな2人の反応の違いにオロオロする兎月。
「なんにしてもこれで俺のお役目後免だな。あとは任せたぞ後輩」
「え、え?」
「ちょっとどこに行くのよ」
「オマエにかまうのはそこの後輩で十分だろ。俺は寝る」
夜道の目的は寝る事だ。その障害である玲子を他人に押し付ける事ができるなら夜道は喜んでそうする。
「七不思議の原因を見つける約束でしょ!」
「悪いが約束をした覚えはない。それにオマエも時間潰しの相手は俺じゃなくてもいいだろ」
「……それはそうだけど。でもせっかくここまで来たのに」
「オマエと探してまだ1つ目だ。まだ4つもある。やってられるか」
夜道はそう切り捨てさっさと教室へ帰ろうとするが意外な所から声が上がった。
「け、喧嘩はダメです! 廻見先輩も彼女さんをほっといて行くのはどうかと思います!」
「いや、喧嘩じゃないしそもそもコイツは彼女でもないが……」
兎月の言葉に夜道が反論するがそれでも兎月は頬を膨らませたままだ。彼女は怒っているようだが他人からしたら微笑ましいだけである。
「…………はあ、わかった。行くよ行ってやるよ。ただし後輩オマエも来いよ」
「はい。約束ですよ」
こうして七不思議探索に兎月が加わり夜道は今日は徹夜になるかもと覚悟をするのだった。