過去を読む
作者は母親がどうも苦手です。
母がこんなにはやく死ぬとは思わなかった。誰もが驚いた。一番驚いたのは父だった。父は母が自分よりも遅く死ぬと思っていたのだ。父は自分が死んだときのことを考え、いろいろと準備していた。お金のことを一番悩んでいた。どういう感じで、私と母に分けようかと目が白くなるくらい考えていた。父はお金の恐ろしさを良く知っていた。友人はお金のせいで死んだ。優しかった父の姉はつばを垂らしながら、祖父の金をよこせと言ってきたという話は今聞いても恐ろしい。母が死んでから父はお金を数えるのをやめた。
母はよく私にこう言っていた。
「お前と私に違いがあるか、いやない。なぜなら腕は一本や二本あるし、目もゼロ個、一個や二個ある、鼻もあったりなかったりするが特に違いはないんだ。」
小さいころ言われたときはよくわからなかったが、今ならわかる気がする。
父は気が小さかったが燃えるような魂を持っていた。母はそこを好いていたのかもしれない。私は学校の授業で自殺する人の話を聞いた。先生には授業の感想を書かされた。父は言った。
「自殺のことなんか自殺する者だけが考えればいい、自殺者の気持ちなんてわからなくったっていいんだ。」
なぜかもっともだと思った。
いつだって真っすぐを向いていた。
そんな父は八十になろうとした春、散歩に行くと言って帰ってこなかった。
母は死ぬ直前に病院へ入った。夕方ごろ、毎日のように病院へ向かった。帰りの車の中は冷え切っており、沈む太陽はもう暖めもしてくれなかった。家族三人で遊園地へ遊びに行くことがあった。入り口で母が写真を撮ってくれとカメラを渡してきた。私の元から離れていったのだ。母はメガネを取り、髪を手でとかし、空を仰ぎ、こちらを向いた。その思い出がサイドミラーに流れていたようだった。
母はすんなりと死にたがっていた。治療などごめんだといった。無理に生きたってしようがない。鼻にチューブを刺される。飯を鼻で食うなどごめんだとも言った。一番悲しいのは、生きるだけ生きて、頭がおかしくなり、お前のことが分からなくなるのが嫌だといった。私はずっと病室でささくれをいじっていた。私から話しかけるのは嫌で話しかけてほしかった。力強く握った手は、もうこれしかできないことを物語っていた。力強い無力。踊る衣装。目には見えない信号機。散らない桜。
しんみりした部屋だ。俺は出た。毎度毎度このような家族に出会う。温められたものはいつか冷める。そしてみんな、覚める。友人と飯を食っているときには忘れているはずだ。時折、思い出す、その視線の先はどこでもよかった。病室の扉を閉めながら、ぎいぎいと鳴く、ネジの緩みを呪い、食堂へと急ぐその足音に生命を感じた。休憩の打刻をせずに出る。職場はなんとも幸せか! うどんをすすり、白米を喰らった。水は何とも冷たいな! 椅子をどんとしまい、口をぬぐった。なんと汚いか! 職場に帰ってきたら上司に今から休憩に行ってきますと伝え、打刻を打った。人生そんなもんさ。
小説はリズムだ。