悪役令嬢は不治の病を患っている【乙女ゲーム欠乏症編】
悪役令嬢は不治の病を患っているの第二段です。
第一段を読んでいただけると、わかりやすいかと思います。
追記:連載版を初めました。最新話を投稿しています。
皆様ごきげんよう。公爵令嬢シェリル・オルブライトでございます。
王宮でのお茶会で悪目立ちをしてしまい、何故か第一王子の婚約者から、第二王子アルベール・トリスタン・エヴァリスト様の婚約者へとシフトした悪役令嬢です。
シェリルは乙女ゲーム『インヴァース 二つの世界で愛を囁く』で悪役令嬢として華麗に舞い、二人の王子様から殺される運命にありました。
おばあちゃんになるまで生きるを目標として、第一王子との婚約回避はできたが、前世での推し第二王子アル様に絆され、まんまと別ルートの第二王子の婚約者になってしまった私を笑ってやってください。
この世界は私を悪役令嬢役からなかなか解放してくれないようなのです。
婚約内定後どうなったかというと、わたしとアル様は良好な婚約関係を築いている。
週に一回王宮に招かれお茶をし、会えないときはアル様がまめにお手紙をくれ、それに返事を返す日々を送っている。
ゲームでは攻略対象者から親密度が上がっても手紙をもらえる、というかそんな機能はなかったので、嬉しすぎて金庫に保管し何度も読み返している。書き慣れていない文章が微笑ましい。
前世を足しても世の恋人や婚約者達が、どのような逢瀬をしてるのか皆目検討もつかないが、ゲームのような不穏な空気もなく至って平和だ。
しかし私に割く時間が勉強や公務にさしつかえて、婚約者を殺したくなられては困るので、無理しなくていいと毎回気遣っているが眉をしかめられ却下されていた。
その度に付き添いのエメに男心がわかってないとため息をつかれ呆れられている。解せない……
「暇だわ……」
ソファにだらりと寝そべり本をペラペラめくっていると最近、私に厳しいエメが午後のお茶の準備を始める。
「お嬢様は公爵令嬢、しかもアルベール殿下の婚約者として暇なはずはないのですが……、そんなだらしない格好をして!起きてくださいませ!」
「うー、家の中くらいのんびりさせてよー。ストレスでまた体調が悪くなるかも」
「ストレスなんて何もかかってないじゃないですか。お嬢様は少しのんびりしすぎです。さあ!」
エメに無理矢理ソファから起こされ、髪とドレスを整えられる。目の前には豪華な茶器や見た目も美しいケーキが並べられている。
あー、お煎餅と緑茶とスエットが欲しい……
私は前世の記憶が戻ってから、有り余る貴族令嬢としての時間をもて余していた。前ならこの時間を趣味に費やしていたが、インターネットも漫画もゲームもないこの世界、いや探せば恋愛ものの本はあるだろうが自由に外出できない公爵令嬢となってしまったので探す術がない。オルブライト家にも書庫はあるが、お母様が子供に害あるものは置かない方針なので小難しい書物しかない。
私はHP補給のための萌えが圧倒的に足らず、瀕死寸前だった。
「ユリウス様を見習ってくださいませ。次期公爵として、毎日勉学に励んでいらっしゃいますよ」
「弟は異常……」
「お嬢様…… 将来、王族の一員となられるのですから自覚を持ってお過ごし下さいませ」
「なれればね」
「お嬢様!」
「わかった、わかったわ、明日から頑張るから」
エメがぶつぶつお小言を言いながら、ティーカップに琥珀色の紅茶を注いでいく。
励むねえ。
前世では趣味があったから、理不尽なことがあっても仕事が頑張れた。
せめて乙女ゲームがあれば……
あれ? あれ! ある!!
「それだー!!」
午後の昼下がり、萌え補給の名案を思いつき茶器の置いてある机を叩き立ち上がると、盛大に私のドレスとエメのメイド服に紅茶が飛び散ったのだった。
乙女ゲームのファンディスクというのをご存じだろうか?
元となる本編の後日談的な役割を担う内容なのだが、本編では描かれなかったエンディング後の攻略対象者達との親密度の高いやりとりを見れるゲームなのである。攻略とかはなく後日談やミニゲームでスチルや番外編もゲットできたり、攻略対象者の目線で語られる物語もあったり、その作品のファンにとっては興奮ものなのである。
『インヴァース 二つの世界で愛を囁く』も人気作品だったため、もれなくファンディスクが発売されている。
このゲームのファンディスクは目当ての攻略対象者によっては、朝チュンスチルから始まるのである。美麗なスチルと共に始まる甘い後日談に何度も身悶えさせてもらった。ファンディスクを堪能した日は仕事が絶好調だったのを思いだし、手っ取り早く萌えを補給する方法を思いついたのである。
早速、計画を立て実行に移すことにした。
次の日の朝、オルブライト公爵邸に幼い男の子の悲鳴が響き渡った。
朝食の席で目の前に座るユリウス・オルブライトは私と同じプラチナブロンドの癖毛を震わせ、グリーンの目を吊り上げて睨んでいる。
「何よ?」
「今朝、僕の部屋で何をしてたの?」
「あら、朝が弱い弟を起こしにいっただけよ」
「朝が弱いのは姉さんだよね? 薄暗い部屋で、声もかけないでベッドの横に立ってて。しかも想像と違った、子供じゃもえない、とかなんとか訳のわからないこと言っていなくなって!どれだけ、驚いたと思ってるんだよ!?」
「ユリウス、あなた色気が足りないわ。しかもパジャマのボタンを全部きっちり閉めて、ズボンに上着の裾を入れて寝るなんて、なってないわよ」
「なんのことだよ!!」
「将来のアドバイスよ」
「バカにしてるよね!?」
きーきー騒いでる弟を無視してクロワッサンを一口食べる。今朝は消化不良だった……
そうなのだ我が弟ユリウス・オルブライトは攻略対象者の一人なのだ。ゲームでは弟キャラのツンデレで親友ルートに登場する。
ファンディスクではツンがなくなりデレのみで、弟キャラの甘い容貌と朝チュンスチルが相まって壮絶な色気を放っていたのを思いだしHP補充のため突撃してみたのだが、いかんせん今は子供、しかも弟に萌えるわけがなかった。
ユリウスのスチルでは程よい筋肉がついていたが、目の前で威嚇する子猫は運動とは無縁のひ弱でもやしっこ。まあ、文官を目指してる役柄だから筋肉なんていらないだろうけど、このままじゃ世の乙女達を萌えさせられない。このもやしっこにヒロインを守れるのか心配になってしまった。
「今、失礼なこと考えたよね」
「もやしは栄養があるのにね……」
ユリウスが顔を真っ赤にして怒って、朝食の途中で席を立ってしまった。
「反抗期かしら?」
「今のはお嬢様が悪いです」
給仕するエメに呆れ顔で注意された。
だってすぐ、むきになるツンデレ弟が可愛くて意地悪が止められないんだもん。
が、そんなことではHPは補給できない。次の作戦へ移ることにした。
「……お嬢様、今度はなんですか?何をするんですか?」
私は姿見を前に、ある衣装に身を包みくるくると回っていた。
「見てわからない騎士服よ。お父様に作ってもらったの!」
真っ赤な騎士服を身に纏い、髪はポニーテールにして、エメの目の前でポーズを決めるとくるくる回りすぎて眩暈を起こし倒れそうになるのを他のメイド達がキャッチしてくれた。
「やりなれないことをすると倒れますよ。で、そのド派手な騎士服を着てどちらへ、戦争へ行ったら一発で敵に狙われますよ」
「それはお楽しみよ!行くわよエメ!」
「お、お嬢様!はしたないですよ!」
私が走り出すと、慌ててエメが追いかけてくる。
玄関まで走っていくと、動きやすい服装にブーツを履いたユリウスが悲壮な面持ちで項垂れて立っていた。
「ユリウスお待たせー!」
手を振ってユリウスに声をかけると、ぎょっと目を見開き固まっている。
「約束なんてしてないけど。って、姉さん、その服装は?」
「似合う?」
ユリウスの前でもくるっと回ると、ふらついて倒れそうになるのを間一髪で駆けつけたエメが支えてくれた。
「叔父様はまだかしら?」
「あ、姉さん、まさか……」
「そのまさかよ。私も騎士団の訓練に参加させてもらうわよ!」
私がどや顔で言い放つと隣でエメが頭を抱え、ユリウスは信じられないものを見る目で言葉をのみ込んで私を凝視していた。
ユリウスは今年からお父様の弟ブラッドフォード・オルブライト侯爵率いる第一騎士団の訓練に参加させてもらっている。お父様がもやしっこユリウスを心配して叔父様に鍛えてくれるように頼んだのだ。叔父様は快く引き受けてくれて、せっかくならと月に一回だけ次代の公爵の勉強になるからと、騎士団の訓練に参加させてもらっているのだ。
乙女ゲームの定番、騎士様だ。単純に本物の騎士達を見てみたいっていうのもあるが、いるんですよ攻略対象が。師弟ルートで出てくる、あの方が。
「姉さんが参加するなら、僕はいらないよね」
ユリウスがこそこそ逃げ出そうとしたので、取っ捕まえる。
「なに言ってるの!これは、あなたがファンディスクのスチルで見せる筋肉のためなのよ!逃げるなんて許さない!これは攻略対象の義務なのよ!」
「意味のわからないこと言わないでよっ!僕に筋肉はいらないからっ!」
姉弟で揉み合っているとクスクスと涼やかな笑い声が聞こえる。
振り返るとブラッドフォード叔父様が、壁にもたれかかり笑っている。
「叔父様!」
少し着崩した白い騎士服が素敵だ。ユリウスの首根っこを掴み、叔父様のところへ引きずっていく。
「これは、これは、可愛い騎士様だね」
叔父様が私の右手を取り手の甲にキスをしてくれる。私は気障なことをいやらしくなく、さらっとやってのける、しかも大人の色気ムンムンな叔父様が大好きだった。
見習いなさいユリウス。
「叔父様、今日は私も参加させて欲しいの」
胸の前で手を組み、上目遣いでお願いする。お父様はこれでイチコロでなんでもお願い事を聞いてくれるのだ。
「ブラッドフォード様。お嬢様をお止めくださいませ。訓練など参加したら体の弱いお嬢様が倒れてしまうのが目に見えてます」
「……僕が倒れるのはいいのか」
ユリウスの呟きは華麗にスルーされ、エメは叔父様に騎士団の訓練に参加させないように願い出る。
「見学くらいなら大丈夫だろう。次代の王妃になるかもしれないからなシェリルは。何事も経験が必要だ。エメ、シェリルは私が責任をもって面倒見るよ」
「叔父様、大好き!!」
叔父様は私とユリウスの肩に手を置き、ウィンクしてくる。
エメは、これ以上言うのは失礼にあたると思ったのか、すごすごと引き下がる。
「いいですか、お嬢様?見学だけですからね。大人しくしていてくださいね。知らない人についていったり、拾い食いとかしないでくださいね。約束ですよ」
エメに肩を掴まれ念を押される。
エメに私って、どんな令嬢に見えているんだろう?
王宮の騎士団は第五騎士団まであり、王宮の敷地内にそれぞれの騎士団の鍛練場がある。そのなかでも第一騎士団は王族の近衛騎士で貴族の子息で固めらている。
訓練が始まる前に、第一騎士団の皆様に挨拶させていただき、椅子に座り見学させてもらうこととなった。みなさん育ちが良いため、可愛らしい、騎士服が素敵だと褒めてくれて、ほくほく顔で鍛練場の隅で見学させてもらっていた。
ユリウスはというと、叔父様から鍛練場10周を言い渡され、ただ今死にそうな顔をしながら、歩いてるような速度で走っている。
弟だから許せるが、攻略対象のこんな姿見たくなかった。こんなんじゃ、いつ筋肉がつくのかわからない。このもやしっこ、どうしてやろうか……
みんなが訓練に熱くなり私を気にしなくなったところで、目的の場所へ移動しようと叔父様にばれないように、そろそろと鍛練場から後ずさっていく。鍛練場の外へと出たところで、急に肩を掴まれる。
「どこに行くの?姉さん」
「キャーっ、ごめんなさい!叔父様って、なんだユリウスじゃない」
振り返ると、汗まみれで肩で息をしているユリウスがいた。
あんた、まだ1周しかしてないよね。
「ず、ずるいよ。逃げるなんて、僕も行く」
「逃げるなんて心外ね。そもそも私は逃げる必要ないわよ。ちょっと、のっぴきならない用事があるの、お姉ちゃんは」
「僕も行く!連れていかないなら…… おじさっ!!もがもが」
叔父様を大声で呼ぼうとしたため、口を塞ぎ引っ張っていく。
「わかった、わかったから。大きな声を出さないでよ」
「で、どこに行くのさ」
目的は攻略対象に決まっている。ふふ、萌えの補給だ。
「まあ、ユリウスの勉強にもなるわね。男ってもんを教えてやるからついてきな!」
意気揚々と姉弟二人で目的地へと向かった。
「姉さん、本当にここで合ってるの?」
「確かにここよ」
「なんか、すごい怖い声が聞こえるけど」
私達が向かったのは王宮の端の端、第五騎士団の鍛練場だ。第一騎士団と比べると、かなり廃れた場所で驚くが、ゲームでは攻略対象と会話するため王宮、騎士団、街などをかなりうろちょろしたため場所は間違ってない。第五騎士団に彼がいるはずだ。
ただ鍛練場の中からは、ここは王宮の敷地なのかと疑うほど激しい怒声や笑い声、獣が暴れまわるような音が外へと響いていた。
「姉さん、やめようよ。やっぱり戻ろうよ」
「戻らないわよ!彼に会わなきゃ死んでも死にきれないわ!」
「彼って誰だよ!」
ユリウスが私の裾を引っ張りながら、足を踏ん張って止めようとしてくる。
私がユリウスを引きずりながら前へ進み、入り口から顔をだし鍛練場を覗いた瞬間、目の前に黒い騎士服のごつい二人の男が手に真剣を持ち取っ組み合いながら転がってくる。
「ぎゃーー!!!」
ユリウスの悲鳴が木霊するが、男達の怒声でかき消される。
「このやろう!今日こそぶっ殺してやる!」
「はっ、やれるもんならやってみやがれ!豚野郎!」
取っ組み合っていたかと思ったら、急に離れ中央へと剣を交えながら戻っていく。蹴りも入るし、石も投げている。騎士道精神なんて、これっぽっちもない戦い方。
これよ、これ!
屈強な騎士二人を見て、拳を握り感動する。近衛騎士達のお綺麗な剣とは全然違う。荒れくれものの問題児が集まる第五騎士団!!手を使おうが足を使おうが、目を潰そうが勝てば正義の騎士団、震えるわ。二人のケンカを同じようなむさ苦しい男達が取り囲み、野次を飛ばしている。
「ね、姉さん…… 殺されちゃうよ。帰ろう」
ユリウスは涙目でふるふると震えている。これが次期公爵だなんて頭が痛くなる。
「ユリウス、何を言ってるの!この方達は有事の際は私達を最前線で守ってくれる人達なのよ!何を怯える必要があるの!お前、少しは見習ってこい!!」
ユリウスのもやしっこぶりに堪忍袋の尾が切れた私はユリウスを前に突き飛ばす。
さすが公爵家最弱もやしっこ、私が軽く押しただけでも訓練場の中央へと吹っ飛ばされていった。
荒ぶっていた場が貴族令息が転がってきたことで、しんっと静まる。ケンカをしていた二人の騎士も時が止まったように固まっている。
やべ、こっそりお目当ての彼の剣さばきを見て帰る予定だったのに怒りに任せて、やっちまった。
ヒロインを守るために、剣を振るうスチル姿の再現が見たいがために来ただけなのに……
ここはユリウスに責任を取らせて退散しよう。今、叔父様を呼んでくるから、ユリウス骨は拾ってやるぞ。
こっそり、退散しようとするとユリウスの泣き声が響いた。
「うわーーん、怖いよー!お姉ちゃんー!!」
「お、おい、チビどうしたんだ?急に泣き出して」
「お、俺たちは何もしてないぞ!」
「お、おい。泣き止め、なっ?」
屈強な騎士達が子供が泣き出したことで、おろおろと取り乱し始める。
ユリウスがお姉ちゃんと叫んだことで、第五騎士団の面々の視線が入り口に突っ立っている私に集中する。
チッと舌打ちしたいところを抑えて、中央へと進み出る。
ユリウスを背に隠し華麗にカーテシーを決め、第五騎士団に挨拶をする。
「お初にお目にかかります。私は、オルブライト公爵家令嬢、シェリル・オルブライトでございます。日夜、この国の平和を守る第五騎士団にご挨拶をと思い、今日は馳せ参じました」
公爵家と聞いて、第五騎士団がざわざわと騒ぎ出す。確かに、ここに公爵令嬢が現れるなんて初めてのことだよね。しかもチビッ子二人。
「オルブライトって、第一騎士団団長のとこじゃねえか?」
「あ、ああ……」
さすが叔父様。近衛と言っても、国王陛下の御前試合でこの荒れくれ者達を抑え優勝するほどの実力だ。名前が知れ渡っている。
しかし乙女ゲームでは、お決まりの粋がって絡んでくる輩がいるものだ。ヒロインも第五騎士団に絡まれていた。
「あっ?公爵家だかなんだか知らんが、俺達を馬鹿にしにきたのか?挨拶ってなんだ?本当に第一騎士団はいけすかねえ」
弱い犬ほどよく吠える……
私の生意気な挨拶が気に触ったのか、第一騎士団という言葉が癪に触ったのか、ケンカしていた騎士の一人が、気にくわなそうな顔をしながら私達に近づいてくる。腰を屈めて威嚇するように覗きこんでくる。年は17歳くらいだろうか……
私達を泣かせて憂さ晴らしをしたいのが見え見えだ。もうユリウスは泣いてるけどね。
同僚の一人が肩を掴み、やめろと抑えるが振り払い睨んでくる。
ふっ、このくらいの年の子って、騎士って言われて剣を持ったら粋がりたいものよね。アラサー悪役令嬢には、甘ったれのお子様にしか見えないけれど。きっと公爵家に絡むということが、どういうことのなのかわからないらしい。しかも王子殿下の婚約者に何かしたら反逆罪で殺されても文句は言えない。
しかし今回は欲に任せて、突然現れた私が悪い。穏便に済ませよう。
前世で何人ものクレーマーと対応してきた私のスキルをここで見せよう。その度に、お腹を壊してたのは内緒だ。何度、病院で胃薬と下痢止めをもらったことか。それに比べたら、このくらい取るに足らない。
「本当に申し訳ございません」
顔を伏せ悲痛な面持ちで謝罪する。私が公爵家を笠に着て、横柄な態度を取ると思っていた騎士は少し怯んでいる。
「皆様が真剣に訓練なされているのに、割って入り邪魔したことを謝罪致します。第一騎士団団長ブラッドフォード・オルブライト侯爵から、皆様の活躍を聞き及んでおり是非とも会ってみたいと、ユリウス共に好奇心で来てしまいました。私達、国民のために最前線で活躍し戦ってくれている皆様にどうしてもお会いしたかったのです!」
胸の上で両手を握り上目遣いで、うるうると見つめると、睨んでいた騎士の目が下がり照れくさそうに鼻を擦っている。まあシェリルは、お子様だが容姿だけは良いからな。利用できるものは最大限活用させてもらう。
ふっ、ちょろいぜと思っているとユリウスが後ろで、僕はそんなこと言ってないとぼやいてる。うっさい、黙ってろ!
「な、なんだよ。なあ、最初からそう言えばいいのに」
「あ、ああ」
第一騎士団団長が認めてるのか? とみんなざわついている。
叔父様ごめんなさいと心の中で謝っておく。
しかしこれでは終われない。そちらにもきちんと謝罪してもらおう。これじゃあ、自分の気が済まないのだ。
「ただ叔父様から聞いていたのと少し違い残念でした。顔は強面ですが正義感が強く、優しい心根をお持ちだと思っていましたのに、その……」
私が悲しそうに目を伏せ足元の小石を蹴ると、絡んできた騎士が慌てる。
「あ、ああ、俺が悪かった。お前達を誤解して第一騎士団が気に食わねえからって絡んじまって悪かった!」
おしっ!
「悪かった。ではなく謝ってくださいませ、誇り高き騎士様なら。ユリウスも泣かせたのですから」
一部の騎士がチビッ子を泣かせたのは俺達か?俺達も謝るのか?と口々に呟いている。
ユリウスが後ろで泣かせたのは姉さんだよとぼやいてる声は無視した。
さあと両手を広げて、矛盾に気づかれる前に顎で先を促すと第五騎士団が全員ですみませんでした!!と謝罪してくる。
脳筋で助かった。
「おほほ、よろしくってよ。私達はこれで同士です。これからも、ちょくちょく見学に伺わせていただきますね。ほら、ユリウスも立ちなさい。」
第五騎士団、一人一人と握手していく。ユリウスは騎士の一人に立たせてもらい涙を拭いてもらっていた。
お目当ての攻略対象が今日はいないらしく残念だったが、これで第五騎士団への出入りがスムーズになった。
気も済んだしそろそろ帰るかと思っていると、鍛練場に、腰にくる低めのイケボが響く。
「何してるの?」
入り口から、見目麗しい長身の二人組が現れる。
来た!来ましたよ!第五騎士団副団長クライヴ・アクライド様、お目当ての攻略対象です。
確か今は22歳。乙女ゲーム開始時には団長になり大人枠で出演予定だ。長い銀髪を後ろで束ね、目の色は紫、垂れ目で柔和な印象を持たれるが目の奥が笑っていない。ともう一人の眼鏡の厳しそうな人は副団長補佐かな。
強面騎士達が一斉に姿勢を正し、一人が事情を説明する。
こ、こら、馬鹿正直に叔父様の名前を出すんじゃない。クライヴ様は君達と違って嘘は通じないんだから!背中から冷や汗が垂れてくるが平静を装う。
「へぇ、ブラッドフォード団長がねえ?」
経緯を聞き終えたクライヴ様が面白そうに顎に手を当てながら、さっきの騎士とは違い行儀よく腰を屈めて私の顔を覗きこんでくる。
「嘘だよね、お嬢さん……」
他の人に聞かれないようにボソッと耳打ちされ、慌てて耳を手で押さえクライヴ様を見ると口元は微笑んでいるが、やっぱり目は笑ってなかった。
「ブラッドフォード団長に頼まれて来たの?目的があるんでしょう?」
ば、ばれている。いや、叔父様は関係ないんだよ。むしろ、とばっちり。私の私利私欲のために来ただけなんだって。
萌えを補給しに、あなたに会いに来ましたなんて言えない。剣でサクッと殺られるに違いない。
補給どころかどんどんHPが減らされている気がするし……
あっ、胃もキリキリと痛んでくる。
真実を言うまで帰さないと目で語っている。
な、何か言わなければ!
クライヴ・アクライド様は人を信用しない孤高の人だ。
垂れ目の甘い顔つきと柔和な人柄で、そつなく誰とでも打ち解けているが、そのように見せているだけで実は誰も信用していない。その根底には辛い過去があるそうなのだが……
確か、えーと、唯一この騎士団の中で補給兵として戦争に行ったときに手痛い裏切りがあったとかなかったとか?
そこから、この人は変わってしまったらしい。
…………ぶっちゃけると私はクライヴルートを隠れキャラがやりたいがために早送りしてしまったのだ。
だってさ、共通ルート+個別ルートが6回あるんだよ? その時、30歳近いクライヴ様には興味がなくて攻略サイトを見ながらスキップしちゃったんだよ。この人の心の闇は、なんとなくしかわからないんだよ!
だがしかし、ここを打開するために、そっとクライヴ様の頬に手を当てる。
そろそろ、叔父様が探してる気がする。第五騎士団にいるのがばれたら、絶対に怒られる!
叔父様は怒ると怖いんだよ!ユリウスがどんくさいせいで、悪戯がばれて雷を何度落とされたことか。
「そんなに怯えなくても私は騙したりしません。……大変、お辛い経験をしたのですね」
悪役令嬢レベル1は窮地に追い込まれ、はったりをかますことにした……
ヒロインの最終章のセリフを覚えてるだけパクってみることにした。自分で喋ってても、何がお辛いのか全然意味がわからないよ。
クライヴ様は驚愕に目を見開き、私から素早く顔を離し距離を取る。眼鏡の副団長補佐があまり見ないクライヴ様の反応に驚いている。
戦闘不能になったところで、逃げるなら今だ!
「ほほほ、で、では、皆様ごきげんよう。また来ますわね。……ほら、ユリウス行くわよ」
こりゃ、もう来れないなと思いながらユリウスの手を取り慌てて駆け出そうとしたところで、鍛練場に異常な金属と風のうねる音が響き、音の方向に顔を向けると真剣が、自分に向かって降ってくるのが見えた。
「「うおっっ!」」
「「あぶねえ!!」」
「えっ?」
誰かが危ないと叫んでいるが、降ってくる刃にに呆然と見上げていることしかできず一歩も足が動かなかった。
動けるはずがなかった。騎士達のように訓練されているわけでもなく、ユリウスと対して変わらない運動神経のシェリルが動けるはずがないのだ。
ユリウスを守るため、ぎゅっと抱き込み目を閉じる。
次にくる衝撃を覚悟したがガキンっと二つの剣戟の音が鳴り、恐る恐る目を開けるとクライヴ様が私達を背に庇い、己の剣を素早く抜き、飛んでくる刃を弾き飛ばしていたのだった。
弾かれた刃が地面に刺さる音がする。安堵から糸が切れたように、ユリウスと一緒に尻もちをついてしまう。ユリウスも呆然とクライヴ様の背中を見上げている。
眼鏡の副団長補佐が、怪しい人影を見つけて捕まえろと騎士達に指示を出している。
クライヴ様が剣を鞘に納めると振り返り、私達を見下ろしてくる。
「大丈夫?」
「は、はい……」
クライヴ様に声をかけられると我に帰り、知らずに止めていた息を一気に吐き出す。ふるふるとユリウスを抱き締める手が震え出す。
クライヴ様が意地悪そうにニヤリと笑みを深める。
「第二王子の婚約者っていうのは、大変だね……」
「えっ?」
クライヴ様の言葉に顔を上げると急に目眩が起こり、ふっと意識が遠退いた。目の前の世界が暗転したのだった。
「怪我はないですね。5時間ほど意識を失っていましたが、失神というより寝不足です。寝言を言いながら気持ち良さそうに眠ってましたから」
「はっ?」
「姉さん、緊張感なさすぎ」
「アル様、申し訳ございません」
宮廷医は、今回もあっさり診断名を告げると叔父様を呼びに部屋を出ていってしまう。
デジャブ。ああ、行かないで…
私が倒れたあと第五騎士団の強面騎士達は大騒ぎだったそうだ。第二王子の婚約者ということで、急いで第二王子の宮の客室に私を運び宮廷医に診てもらうこととなり、私は今ベッドに寝かされている。恥ずかしさのあまり布団で顔半分を隠している。
朝早くから弟の部屋へ行ったり騎士団へ突撃したり、はしゃぎすぎて相当疲れていたようで、意識を失ってそのまま寝こけていたようだ。
ーーコンコン
ノックの音が鳴ると、叔父様とクライヴ様の二人が部屋に入ってくる。
叔父様がベッドに座る私を見つけると、すぐに抱きしめてくれる。
「無事で良かった。お転婆もほどほどにしてくれよ」
「ごめんなさい……」
私を抱きしめる腕の強さと鼓動の早さで、どれだけ心配をかけたかわかる。
叔父様の腕から顔を出し、腕を組み壁に背を預けるクライヴ様に顔を向ける。
「クライヴ様もご迷惑をおかけました。本当にありがとうございました。騎士団の皆様にもお礼を言っておいてください。」
「伝えておくよ。うちの団員達が顔を真っ青にさせてたから、また元気な姿でも見せてあげて」
「また行ってもいいのですか?」
「ただし護衛つきで頼むよ」
「悪かったな。クライヴ」
「いえ、ではこれで」
クライヴ様が手をひらひらさせながら、部屋を出てこうとすると小さな影が道を塞ぐ。ユリウスが手を広げて立ち塞がっている。
「ん?」
「ユリウス、何をしてるのよ?」
ユリウスがキッとクライヴ様を見上げ何を言うかと思ったら……
「僕はユリウス・オルブライトと言います。弟子にしてください!」
「はあーー!?ユリウス何言ってるの!」
クライヴ様は苦笑いしながら、のけ反っている。
「僕は本気です!あなたのような騎士になりたい!助けていただいて、そう思ったのです!」
お、おい!弟よ。お前は師弟ルートじゃなくて親友ルートだから、勝手にシナリオ変えるなよ。
どうやら弟は、クライヴ様が降ってくる刃を弾き飛ばしたのを目を閉じずに見ていたらしく、いたく感動したそうだ。
「無理だね」
クライヴ様はユリウスを持ち上げると、ポイっと叔父様に投げて、さっさっと部屋を出ていってしまう。
そうだろう、そうだろう。クライヴ様は、これから弟分になる孤児と出会うんだから。
でもユリウスはそんなことでめげなかった。
「待って!」
もやしっこユリウスが叔父様の腕をすり抜け、クライヴ様の後を追って部屋から駆け出していく。
「こんなときだけ素早いのかよ。おい、勘弁してくれよ。あー、もう、シェリル少し待っててくれ。アルベール殿下もすみません失礼します」
叔父様はユリウスを捕獲するべく後を追っていく。
怒濤の展開に私もユリウスを追いかけようとしたが、アル様に手を握られ止められる。
振り返ると、少しムッとした顔をしてた。
怒ってる?
「シェリルは倒れたばかりだからだめ」
「はい……」
素直にベッドに戻ると、私の左手をアル様が両手で包み込み額に押しあてている。
「すごく心配した。また、シェリルが倒れたって…… しかも襲われたって聞いて血の気が引いた。それに、なんで僕のところに来ないで騎士団の鍛練場にいるの?」
「そ、それは…… ごめんなさい」
「理由が知りたいだけ、謝ってほしいわけじゃない」
日々の活力のために萌えを補給しに行きました。
ーーなんて言えない。
目を泳がせて、はっきりと答えを言わない私に、アル様はため息をついて浮気を咎めるように乱暴に手を離す。
「僕といるのは、つまらない?」
「そんなことは、ありません!!」
私の推しは、いつだってアルベール殿下です!
「手紙も嬉しいし、アル様とお会いするのはとても楽しいです。ただ……」
「ただ?」
「少し恥ずかしいだけ…… だって理由もないのに会うなんて、どうしたらいいのか……」
だってさ前世の記憶があったって経験がないから、どうやって会いにいったら正解かわからないんだもん。用事がないのに迷惑かもって悩んで、最後は考えることを放棄してたし。
乙女ゲームじゃ、会いに行ったら突然会話のオールウェルカムだし参考にもならない。
どんどん小さくなる声に、ようやくアル様の口元に微かな笑みが浮かぶ。
一瞬で機嫌が良くなったアル様に、ますます男心がわからなくなる。何が良かったのか、帰ったらエメに聞かなくちゃ。
ああ、この笑顔に弱いなあ。普段表情の動かないアル様が私だけに見せてくれる表情の変化に、どんどん魅了されていってしまう。
やばいなあと思う。この人を本気で好きになったら傷つくことになるかもしれないのに。
恥ずかしくて熱くなった頬に手をあて俯いていると、アル様が私の髪を手に絡め、髪に口づけをしてくる。
「な!?」
一瞬で火がついたように、全身が熱くなる。
アル様は私が真っ赤になっていることに、とても満足そうだった。
「同じ気持ちならいいんだ。君の周りは男が多すぎる。これからは本気でいくから覚悟しといて……」
えっ! 男? 怒ってるのはまさか嫉妬? 本気って何されるの?
何か言わなきゃいけないのに、口がはくはく動くだけで言葉が出てこない。
アル様は髪に口づけをしながら上目遣いで片方の口角をあげて、いたずらを見つけた子供のように笑う。いや、子供なんだけどね。
すごい邪悪。子供のくせに、たちが悪い!
私のHPポイントはアル様にかかると、補充されるどころかガリガリ削られていく。いつも瀕死状態だ。
これから何度も振り回されるんだろうなと思いながら、それが嫌じゃない自分もいた。
今日も悪役令嬢は不治の病を患っている。