07.差し入れ…とは?
彩華ハ可愛イワネ。
彩華ハ本当ニオ人形サンノ様ナ子。
オ前ハソコニイルダケデ花ノ様ダ。
カワイイ彩華。
綺麗ナ綺麗ナ彩華。
三度目ともなればもう見慣れた天井に、俺は自分が眠りから覚めた事を悟った。
声だけしか覚えていないが、夢を見ていた気がする。
「俺……何で泣いてるんだろう」
濡れた頬に手を当て、俺はぼんやりと起き上がった。
日記の鍵は、まだ出てきていない。
昨日の夜、多感な時期にコイバナを振って怒らせてしまった弟は、今朝はジョギングには出てきてくれなった。
仕方なく、昨日買った新品のジャージを着て、本当に家の近所だけを何周か周って朝風呂に入った。
筋肉痛も大分良くなったので今日は馬術部に行こうと思う。
そう言えば鹿乃ちゃんも馬術部だと、婚約者の皇紀が言っていたな。
すでに鹿乃ちゃんをいじめてしまっている現状。
イジメに目が向かない様に運動部で発散させようと思って馬術部に行ったのだが、鹿乃ちゃんからしてみると、イジメっ子達が部活にまでやってきたという事にならないか?
「う~~ん」
それは俺の望む展開ではない。
無いのだが、俺は閃いてしまった。
「一緒に部活動すれば仲良くなれて一石二鳥なんじゃない?」
◇◇◇
「東里さん、ごきげんよう」
「…………おう」
隣の席の東里に挨拶をしたら、今日は小さく返してくれた。
若干教室がざわついたが、気にせず席に着いた。
「お前………あの後大丈夫だったのかよ」
「ああ、うん。車で来てましたし、まっすぐ帰って休みました」
「ふぅん……」
目の前で倒れたせいもあって、心配してくれる様だ。いい奴だ。
「まぁ!昨日どうかされたんですか、彩華様!」
ちょうど登校してきたところだったらしい瑠璃子ちゃんが、話が聞こえたのか驚いて駆け寄ってきた。今日も赤いリボンが決まっている。
「ちょっと出かけた先で気分が悪くなっただけです」
「まあ……大丈夫ですの?
……でも何で東里さんが?」
「たまたま同じ店にいただけだよ」
「まあ、彩華様が東里さんと同じ店に?」
意外そうに言われたけど、会ったのは本屋だからな。
そんな、お嬢様がいちゃいけない店なんて…………スポーツショップのワゴンセールはセーフ?
「それより瑠璃子様、今日はジャージは持ってきてくれましたか?」
「え、ええ……」
話題逸らしの為にも、そう問いかけると、瑠璃子ちゃんは若干嫌そうにしながらも頷いてくれた。うんうん、癖づいていないと運動って億劫だよな。
でも大丈夫!
始めてしまえばアドレナリンも分泌されて楽しくスッキリするから!
そして放課後、渋る2人を連れて再び馬術部にやってきた俺。今回はイモジャではなく、元から持っていたらしいブランド物のジャージだ。
「本当に来たのか……」
迎えてくれたのは我が婚約者の一条皇紀。
白のシャツとズボンに紺のジャケットを羽織って、しっかりとした乗馬服に皮のロングブーツだ。普段からその恰好するのか。
乗馬広場の入り口に立つ皇紀から離れた場所で、他の部員たちが鈴なりになってこちらを見ている中に、鹿乃ちゃんの姿も見えた。
「はい、今日は3人とも参加したいので、よろしくお願いします!」
「断る」
にべもなく断られた。
あれ?
「でも一昨日は……」
「一昨日はお前が強引にやっていっただけだろう。
やる気もない部外者にうろつかれると、他の部員に迷惑だ。……特にお前たちみたいに素行の悪い連中はな」
冷たい目でそう言い捨てる皇紀に千里ちゃんは怯えた様にきょろきょろと視線を彷徨わせ、瑠璃子ちゃんはいきり立った。
「いくら一条様でも、名家の子女であるわたくし達に、失礼ではありません事!?」
「お前たちが良家の子女らしい振る舞いをしていたら、の話だろう」
これはやっぱりイジメの事を言ってるよな。
俺はもちろんもうイジメなんてする気もさせる気もないが、されていた方はそうもいかない。
でも詫びをするにも本人に接触しなきゃ出来ない。
悩みどころだ。
「そもそも馬術部の馬にはそれぞれパートナーが決まっている。軽い気持ちで見学に来られても迷惑だ」
あっそうか!
生き物相手だからそういう事もあるのか!!
「確かに!それは失礼しましたわ」
「え」
これはうっかりだ。
じゃあせっかくだから……
「ここの敷地内でランニングしていって良いです?」
「は?」
瑠璃子ちゃんも千里ちゃんも、わざわざ俺に付き合ってジャージに着替えてまで来てくれている。
俺としては鹿乃ちゃんもいるこの馬術部の近くにいたい。
そして何より、運動をして気分スッキリしたい。
となったら、これしかないだろう?
「場所を貸してもらうお礼に、馬のお世話も手伝います。
今日来られていない部員の方とかもいるでしょう?」
そんな訳で、俺たち3人は馬術部の敷地内でランニングとストレッチをした。
「何でこんな事に……」
ぼやく瑠璃子ちゃんと、運動はあまり得意ではないらしいけど一生懸命手足を動かす千里ちゃん。
「体を動かすと気分も晴れますでしょう?
最近わたくし、朝も走ったりしてるんですよ」
「さ、さすが彩華様ですわ……っ。その、美しいプロポーションには……ぜぇ、そんな、努力が……はぁ……」
うん、千里ちゃんはちょっと休憩しようか。
持参していたレモンティーの入った水筒を渡して、日陰で休むように促す。
馬の世話は基本的には専門の職員がいるのだが、やる事は山積みなので手伝いを申し入れると快諾してくれた。
馬の寝床に敷く寝ワラを運んでいると、一昨日来た時は馬から距離を取っていた瑠璃子ちゃんが休んでいる馬を優し気な顔で眺めていた。お。
「瑠璃子様は動物がお好きですか?」
一昨日の様子では、あんまり好きではないのかと思っていたが。
「……ええ、家にも大型犬がおりますわ」
「へぇ、良いですね」
生前ずっとマンション住まいだったので動物を飼う事とは無縁だった。しかも大型犬なんて絶対無理だ。良いなぁ。
「今度見せてくださる?」
「……そうですね。機会がありましたら」
瑠璃子ちゃん家にお宅訪問か~。きっと西園寺家に負けず劣らず豪邸なんだろうな。
何だかんだで瑠璃子ちゃんも千里ちゃんも最後には馬を撫でていたし、やっぱり運動と動物セラピーは偉大だな。
あ、そうそう忘れるところだった。
千里ちゃんに渡した水筒を入れていたバッグから、もう1つ水筒と、蓋付きのバスケットを取り出す。
「良かったらこれ、皆さんでどうぞ」
バスケットの中は、今朝コック長の尾崎さんに無理を言って一緒に作ったカップケーキだ。
育ち盛りの高校生ともなれば、部活後は腹ペコだろう。
そこで差し入れだ!
本当はおにぎりとか、サンドイッチとかを考えたのだが、お嬢様らしくないし、男子はともかく女子は夕食前にお腹いっぱいになる危険性があるとコックの須崎さんに言われて替えた。
そこそこ日持ちするし1つ1つをラッピングすれば、持ち帰っておやつにしてもいいだろうという意見を採用した。須崎さん女子力高いな。
出来ればこの場で食べてくれれば、「一緒に食事をした」と親近感が沸く事も期待できる。
同じ釜の飯……ではないけど、同じオーブンで焼いたケーキを食った仲だ。
しかし、バスケットを開いて見せる俺に、馬術部の部員たちはお互いの顔を見て取ってはくれない。
鹿乃ちゃんもだ。
そして徐々にその視線は部長である皇紀に集まり、部員たちの視線に後押しされた様に皇紀が歩み出た。
「これは、お前が作ったのか?」
ラッピングされた袋を1つ取って問われ、俺は素直に頷いた。
「はい、うちのコックにも手伝ってもらいましたが、大体はわたくしが…」
「じゃあ、いらない」
ボタッと、土の上にカップケーキが落とされた。その上に皇紀の皮のロングブーツが下ろされた。
「お前が作った物なんか、何が入れられているか分かったものじゃない。
そんな危険な物、部員たちにも食べさせるな」
それだけ言うと、皇紀は踵を返し馬術部の部室に向かって歩き出した。
すぐにそれを馬術部の部員たちが、そそくさと追いかける。
「あ……」
戸惑いを顔に浮かべた鹿乃ちゃんと一瞬目が合ったが、彼女も遅れて皇紀を追って走って行ってしまった。
「あ……彩華様…………」
「なんて失礼な人達なんでしょう! 気にする事ありませんわ、彩華様!」
2人の気遣う声に頷きながら、俺は思った。
(作戦失敗か~!)
いきなり手作りというのは重かったかもしれない。
既製品の方が安全性が高いのは確かだ。いくらコック長に手伝ってもらったとはいえ、素人の作る菓子だからな。
ここで俺が自分で食べて安全性をアピールする手もあったんだが、俺まだ拒食症のリハビリ始めたばっかりだから、多分カップケーキなんて食べたら吐く。そうなると逆効果でしかない。
何はともあれ、ラッピングしといて良かった!
食べ物を粗末する羽目にならなくて良かった!本当に良かった!!
「残念、余ってしまいました。
お二人は良かったら……」
振り返って明るく差し出してみたが、二人ともに首を横に振られてしまった。
「わ、私はそういうのは大丈夫です……!」
「わたくしも、今は必要としていませんわ」
二人ともダイエット中みたいだった。
仕方がないので、家に持ち帰って落ちて潰されたやつはコック長にお願いしてアレンジしてもらい、平べったいカップケーキの上にフルーツの乗ったパンケーキ風のデザートにして、玲音に食わせた。
残りはメイドさん達に配って意外と喜ばれた。
本日の勉強を終え、腹筋背筋腕立て伏せスクワットをしてお風呂に入ってから寝る。
さて、次の作戦はどうしよう。
オチ要員になりつつある弟と、筋トレメニューが増えているお嬢様。




