05.ヒロイン…とは?
注意 嘔吐表現あります。
スカートのポケットを探ると、覚えのある金属の冷たい感触がした。
取り出すと、そこには予想通り金色の鍵が握られていた。
誓って言うが、制服を着た時はこんな物は入っていなかった。
思い出すのはこの世界で目が覚めた初日の夜。あの時も同じ様に突然現れた鍵で、この世界のルールを知った。
でも机の上にあった宝石箱はもう開けてしまったし、他に何か…………
「あ、引き出し」
そう言えば、机の一番上の引き出しは鍵が掛かって開かなかった。
俺は濡れた口元と手をフカフカの高級タオルで拭いてから、机に近付いた。
念のために引き出しを引いてみるけど、やっぱり鍵が掛かっていて開かない。
「これしか、思い付かないんだよな」
まぁ違っても爆発する訳ではあるまい。
俺は深く考えずに、鍵を引き出しの鍵穴に挿した。
軽く回すと、カチリと手ごたえがあった。
難なく開錠された引き出しを引っ張る。
「…………本?」
中には1冊の豪華な装丁な本があるだけだった。
「んん……?あ、違うか。これ」
持ち上げてじっくり見て気付いた。
これは本ではない。
妹が小学生の時、欲しい欲しいと駄々をこねていたので覚えている。
これは
「鍵付きの日記帳だ」
◇◇◇
「ごきげんよう、彩華様」
教室に入るなり挨拶をして歩み寄ってきてくれた瑠璃子ちゃんは、今日も真っ赤なリボンをしていた。
「ごぎげんよう、瑠璃子様」
「今日は遅かったですわね。何かありましたの?」
「ええ、朝少し体調が優れなかったんです。今は大丈夫です」
本当は日記帳の鍵をどうにか開けれないかやってて遅刻しそうになったのだが、今朝吐いたのも事実なのでそう言って体調悪げにしなを作ってみた。
「まぁ……顔色がまだ良くありませんわ。
ご気分が悪くなりましたら、我慢せずに仰って下さいね」
「ええ、ありがとうございます」
瑠璃子ちゃんは本当に彩華と仲が良いんだな~。
いい友達がいて良かったな、彩華。
授業を受けながら、考える。
この世界は女性向けの恋愛ゲームを模した世界であるらしい。
最初に読んだ説明書に載っていた人物たちに会えば、それは間違いないと思える。
実際に彩華もヒロインちゃんを虐めていたらしいし。
しかし、ではなぜ今、俺が彩華になっているんだ?
あまり専門書以外の本を読まないからピンとこないが、SFやなんかだと事故のショックに魂が入れ替わったりする話があるのを聞いた事がある。
もしかしたら彩華と俺は一緒に事故に遭って……いや、彩華は学校の階段で落ちたんだったか。
それなら同時刻……も違うよな。放課後と残業後だもんな。
そもそもこの世界は、俺がいた日本と同じ日本ではないっぽいんだよな。
日本や東京といった地名は一緒なんだが、スマホの地図アプリで見た地名が知らない名前ばかりだったのだ。おまけに大型チェーン店のはずの店の名前も微妙に違う。
これは素直に死後のボーナスステージとして、ゲームの世界に来たと思っていいと思う。
しかし、それがなぜ西園寺彩華なのか。
と言うか…………
「本物の西園寺彩華はどこにいったんだ?」
「……何か言ったか?」
思わず口に出た呟きが隣の席の男子にも聞こえてしまったらしい。
聞き返されて、いいえと笑顔で首を振ったら変な顔をされた。またこの顔だ。
隣の席の男子は確か東里……だったかな?
瑠璃子ちゃんに威圧された庶民の子だ。
そう言えばこいつも説明書に載っていたな。
そう、説明書だ。
まるで俺にこの世界の説明をする為に置かれた様だった説明書。
鍵付きの宝石箱の中に入っていた説明書。
そして今朝また同じ様に現れた鍵と、日記帳。
その日記帳にも鍵が掛かっていたが、その鍵はいくらポケットを探しても叩いても出てこない。
何か条件があるのだろうか?
誰が、何の為に課した?
「あぁ、ダメだ」
全然考えが進まない。
それというのも朝食を全部リバースしたせいだ。腹が減っては戦は出来ないし頭も働かない。
いや、でも不思議と腹は減ってないんだよな。
これは自覚はないが本当に体調が悪いのかもしれない。
でもどこも痛くも怠くもないんだよなぁ。
「……彩華様、どうかなさいました? お昼に参りましょう?」
違うクラスの千里ちゃんに声を掛けられて、既に昼休みに入っていた事を知る。考え込んでしまっていたらしい。
やっぱりこういうのは向いていない。
「はい」
空腹感を感じないだけで、本当は空いてるかもしれないしな。
「ゲェ……ッ、ゴホッ、ゴホッ!」
そして俺は、瑠璃子ちゃんと千里ちゃんの付添いを断って、現在トイレで再びリバースしています。
おかしい。
どこも悪くないはずなのに、ランチもチキンソテーのセットでとても美味しかったはずなのに、食べ終わってみたらどうしようもない吐き気に襲われて今に至る。
吐き慣れていない内臓が悲鳴を上げているのが分かる。
吐くってめっちゃ疲れるし痛い!
「ハァ……ハァ…………」
一通り出し尽くして胃液まで出してようやく落ち着いた俺は、洗面台で口をゆすいでトイレを出た。
昼休みはまだ残っているので、どこかで休んでから教室に戻ろう。
我ながらひどい顔色なので、また瑠璃子ちゃんに心配をかけてしまうかもしれない。
ここ子葉学園はお金持ち学校だけあって、どこもリゾート地かって位整っていてキレイな建物と景観が続いている。
自販機で水を買って、国立公園の様に手入れされた中庭に向かった。
「フ――――……」
日の光を浴びて気分転換をすれば良くなるだろう。そう思ってベンチに腰掛けたのだが。
「ほんと、鹿乃はよく食べるよな」
聞き覚えのある声がして止まる。
そっと後ろを振り返ると、背中合わせのベンチには、教室で隣の席の男子。
庶民の東里が笑っていた。
「そ、そんなに食べてないよ!」
「先輩は何でもおいしそうに食べるから、見ていて気持ちが良いですよ」
可愛らしい女の子の声の後に、これまた聞き覚えのある……我が弟の、しかし初めて聞く穏やかな声。
「玲音くんまで!からかわないでよ」
「からかってないですよ。ご飯を美味しく食べる先輩はカワイイです。
……体型ばかり気にして、ろくに食事も取らない女よりよっぽど」
あー、女の子って日夜ダイエットに励んでるけど、男的にはちょっとぽっちゃりしてる方がカワイイよな。何より美味しそうに食べる子ってポイント高いもんな。分かる分かる。
内心うんうんと頷いていたら、急に玲音と東里に挟まれる形で座っていた女の子と目が合った。
ピンクの髪に白い肌、大きな黒目がちの瞳と小ぶりな鼻、唇はぽってりとしていて実に男の庇護欲を誘う可愛らしさだ。
その口元にソースが付いてるのもポイント高し。
俺がまじまじとカワイイ女の子の顔を見ていたら、その子の顔色はどんどん青褪めていった。
「大体好き嫌いが多いのも嫌なんですよ。
人が食事しているのに、あれ嫌いコレ嫌、出された物をほとんど残す。
美容の為か何か知りませんですけど、あんなのと一緒に食事をしても気分が悪いだけで……」
「れ、玲音くん! 玲音くんストップ! ストップ!!」
「どうしましたせんぱ……い…………」
未だ文句を並べていた弟を、女の子が慌てて肩を叩いて制止する。女の子に止められた弟は、言葉を止め、女の子……と俺の方に目を向け固まった。
「ね……姉さん…………いつからそこに…………」
「ついさっき」
女の子と同じ様に顔色を青くする玲音に、俺は端的に答えた。
「……盗み聞きとは、良い趣味じゃねぇな」
一方の東里は不遜に俺を見下してきた。
「いや、別に聞くつもりじゃなかったんだけど……」
たまたま座ったベンチが、君らの後ろだっただけで。
そもそも聞かれたくない話なんてしてた?
玲音が女の子の事好みですアピールしてただけに聞こえたけど。
「あ、あの、さっきのは別に西園寺さんの話をしたんじゃなくて…」
首を傾げる俺に、ピンクの女の子は慌てて玲音をフォローしようとしたが、玲音がそれを制止した。
「いいんですよ、先輩。
姉さんが偏食家の小食なのは本当なんですから」
「え? そうなの?」
俺って偏食家の小食なの?
「何を今更……!あれでまともなつもりですか!?
肉は食べない、穀物も食べない、美容に良いからってサプリメントばっかり取ってろくに量を摂らない!まともな人間の食生活じゃありませんよ!」
確かに!
栄養補強の意味でサプリを摂るのは良いと思うが、それが主食ってのは良くないな!
しかも肉も米も食べないなんて、それじゃ力が湧かないだろうに。
「……まぁ、今朝はまともな食事を摂ってましたが……一食食べたからって改善されるとは思いませんからね!」
あ、あ~~~もしかしてそれでか!
彩華の体はそれに慣れちまってるから、俺がいきなり普通に食事して胃がびっくりしたのか!なるほど合点!GJだぜ弟!
「……あれ?西園寺さん、何か顔色悪くないですか……?」
合点ボタンを脳内で押してたら、ピンク髪のカワイイ女の子がふと心配そうに俺の顔を見た。
「この女が青白い顔色なのはいつもの事ですよ」
こら弟。
お姉さんに対して“この女”はないだろう。
「でも本当に……大丈夫ですか? 良かったら保健室に……」
「鹿乃、そんな奴に優しくする必要なんてないぞ」
東里まで寄ってたかって人を何だと……………鹿乃?
「あっ!」
「え?」
きょとんと黒目をますます丸くする女の子……鹿乃ちゃんに、俺は指しそうになった指を押し留めて口を閉じた。
ヒロインちゃん!
ヒロインちゃんじゃんこの子!!
なぜ今まで気付かなかったのか。
説明書に載ってたそのままの、ピンクのボブヘアに可愛らしい顔立ち。
彩華が虐めまくってたヒロインが心配そうに俺を見ている。
自分を苛めてる相手を本気する鹿乃ちゃん。
いかん、俺はまだ彼女への償いを何も準備できていない。
こう……徐々にお詫びをしていって、フラットな関係になれればと目論んでいたのだが、今はまだドマイナス状態だ。これで更にお世話なんてさせれる訳がない。
ひとまず退散だ。
「だ、大丈夫ですわ!
わたくしはもう行きます!失礼しますわ!」
そそくさと逃げながらも、この世界に来て、初めて「ですわ」口調に成功したかもしれないと思った。
戸波鹿乃
2年B組 158㎝
特待生として、中学の担任に勧められるままに何も知らずに入学してきた庶民。
勉強を頑張れば学年トップ、運動部で頑張れば全国大会出場、文化部を頑張れば文部大臣賞が取れちゃう潜在的スーパーガール。