04.弟…とは?
翌朝目が覚めると、筋肉痛であった。
あまり経験がないが、動くたびにお腹や太ももがギシギシと軋む様な鈍痛がしたので、これが筋肉痛なのだろう。
お嬢様の体は昨夜の腹筋100回と乗馬に耐えれなかった様だ。
まぁそれはそれとして、ジョギングは有酸素運動だから大丈夫!
そんな訳で俺は、薄暗いうちから着替えて髪をまとめた。
服装は昨日のキャミソールと短パンという訳にはいかないし、あれは汗をかいて洗濯に回した。そんな訳で、比較的汚れていないので置いておいたイモジャーの出番だ。
これで外に出るのはどうかなと一瞬思ったが、早朝だし何よりクローゼットの中にズボンが1枚も無かったので仕方ない。
今日スポーツショップに行って、2~3セット購入する必要があるな。
……そうなるとやはりお金が気になるので、ジャージの下に着るTシャツはこっそり激安ショップで買えないものか……。後で店の場所を探しておこう。
スマホの地図アプリで家の周辺を見て、大体の場所を覚えてポケットに入れた。
今日は軽く10km走ってみよう!
「え、お嬢様?あの……どちらへ?」
玄関の所で朝早くから勤務ご苦労様なガードマンに話しかけられたので、「近所を走ってきます」と答えて、ポカンとしているガードマンの前で軽く準備運動をする。
これがあると無いとで疲労が全然違うからな!
準備運動を終えて、走り出そうとした時、後ろでカチャンと門扉の開く音がして振り返った。
そこにいたのは、金髪の少し幼さが残るが利発そうな少年……。
俺と違い、上下黒のスタイリッシュなジャージに身を包んだ少年は、俺を見て目を開いた後に顔を顰めた。見覚えのある表情だ。
「…………何してるんですか、朝からこんな所で……そんな恰好で」
冷たい光を宿した瞳は、ここ2日程鏡でよく見る瞳によく似ていた。
そう、この冷たい視線で俺を睨む少年こそ、ようやく会えた西園寺彩華の弟、西園寺玲音に違いなかった。
身長は彩華よりも少し高い位だから170㎝は無いと思う。
成長途中なんだろう、彩華よりも穏やかな顔立ちでまだ幼さの残るいわゆる美少年ってやつだ。
「何してるのか聞いてるんですけど?」
憮然と問うその物言いに内心首を傾げながらも答えてやる。
「ちょっと運動をしようと思いまして、公園まで走って来ようかと」
「はあ!!?運動!?アンタが!?しかも公園って…ここから4キロはあるけど!?」
うん、だから公園まで行って、公園内を少し走って帰って来ようかと。
「はい」
「運動どころか汗かく事すら嫌いだったアンタが、何企んでるんですか?
また何か良からぬ事を考え…てゆーかその恰好何ですか!?」
昨日婚約者にも同じ事言われたな。
なので俺は、昨日と同じ答えを返した。
「ジャージです!」
「知ってるよ!
僕は何でアンタが学校指定のダサイジャージなんか着てるのか聞いてるの!!」
「これしか運動出来る服が無かったんので……あ、今日スポーツショップに行こうと思うんですけど、玲音どこか良い所知ってます?」
この弟は日常的に運動をしているみたいだし、どこか良い所知らないかなと思って聞いたのだけれど、返ってきたのは「はあ!?」という感嘆符だけだった。朝から元気が良いな。
「まぁいいや。玲音はどこまで走るんですか?途中まで一緒に行きません?」
一人で走るのも良いけど、誰かと一緒ってのも楽しいもんなと誘ったんだけど、また変な顔をされた。
「誰がアンタとなんか……」
「ぼ、坊ちゃま! 早朝にお嬢様をお一人で外に行かせる訳には……」
断ろうとした弟に、黙って成り行きを見ていたガードマンが入ってきた。
あ、そうか。俺今お嬢様だから、あんまり一人で出歩いちゃいけないのか。
しかしガードマンはココを離れれないし、早朝とあっては動ける人間も少ない。
これは失念していた。
「はぁ!?嫌だよ、何言って……」
「でも坊ちゃまも公園まで走られてますよね!?目的地は一緒なのですから、どうか……!」
「……くっ!勝手にすれば!?
遅かったら普通に置いていきますからね!」
涙目のガードマンに縋られ、弟は嫌々ながらも俺と一緒に走る事を了承してくれた。
いやぁ、ガードマンには悪い事をした。
本来なら俺が頼むべきなのにな。
でもちょうど同じ時間に弟も同じ場所に走りに行く予定だったなんて、すごいラッキーだ!
明日からも頼もう。
「うん、よろしく玲音!」
また変な顔をされた。
無事10kmジョギングを終え、俺は自室の風呂に入って身体を入念にマッサージをした。
ストレッチもしたし、筋肉痛はなるべく避ける様にしなければ。次の運動が出来なくなるからな。
彩華は筋肉が少ないから、本当は筋トレしたら翌日は休んだ方が良いんだろうが、イジメ防止に部活しなきゃいけないし、そもそもの運動量が少なすぎる。
それに俺がジッとしとくのが無理だ。
お嬢様的振る舞いでも、運動では好きに動けるはず。
制服を着て髪をセットし、食堂に下りたらシャワーで済ませたらしい玲音はもうほぼ食べ終わっていた。
「……アンタそれ、全部食べるんですか?」
向かいの席に着いた俺の前に並べられた料理を見て、そう聞いて来たので首を傾げる。
俺の目の前に広がるのは、ご飯・あさりの味噌汁・焼き鮭・出し巻き玉子・ほうれん草のおひたし、と多少手が込んで豪華であるものの普通の朝食だ。
て言うかこの家洋風だから、朝食もパンしか出ないのかと思ってたら和食も普通に出た。これは嬉しい誤算。
あ、そういや初日の夜食も雑炊だったな。
「うん? ……あ、何か欲しい物あります?」
美味しそうなおかずを譲るのは惜しいが、弟相手なら仕方ない。断腸の思いで聞いてやったのに、玲音はまた変な顔をした。
「…いりません」
「そう?」
それなら良いんだけど、と俺は早速焼き鮭から手を付けた。
うま~!こんな肉厚な鮭初めて食うわ!
ボーナスステージ最高~~!
さて、朝から弟交流出来たし、運動をして美味しく朝食を頂いていざ学校にと思い、一度部屋に鞄を取りに戻ったのだが、そこで異変が起きた。
「…………ん?……んん??」
何だか胸がムカムカする。
油っこい物を食べた覚えも無いし、もちろん酒も飲んでない。
だがこのムカムカは明らかに、俺の体内からせり上がってくる。
俺は慌てて部屋のトイレへと駆け込んだ。
食道を逆流してきた物を下腹に力を入れて吐き出す。
酸っぱい味が口内に広がり、生理的な涙がボロボロと出てくる。
生前の俺が健康体だった事もあり、こういった行為には慣れておらず胃を絞られる様な痛みに身悶えつつも全てを吐き出した。
ゼェゼェと肩で息した後に、よろめきながらもバスルームに行き口をゆすいだ。
顔を上げると、鏡の中には青い顔で涙に濡れた胡乱な目をした少女が映っていた。
「彩華……」
制服のポケットが、チャリ、と音を立てた。
西園寺玲音
1年A組 167cm A型
彩華の弟。
生徒会か剣道部に入ると2年時に登場。
彼もオールマイティにパロメーターを上げないとクリアできない。