02.学園…とは?
纏わりつく嫌な空気の中進んでいくと、背後からようやく声を掛けられた。
「ごきげんよう、彩華様」
振り返るとそこには、赤いリボン。
いや、2人の少女がいた。
茶色い髪をハーフアップにしてキラキラ光る装飾が付いた赤いリボンを付けた、まつ毛の長い少女。最初に声を掛けてきたのはこの子だ。
その横で、同じ様に「ごきげんよう、彩華様」と言った少女は水色の髪を巻いた少女。
何となく気付いてはいたが、ゲームの世界だから髪色は日本人でも千差万別の様だ。
まぁ彩華も思い切り金髪だからな。ヒロインの子もピンクだったし。
「ごきげんよう」
名前が分からないので、ひとまず挨拶だけ返しておく。この空気の中で話しかけてくるのだから、恐らく彼女らは彩華の友達なのだろう。
「教室までご一緒いたしましょう」
赤リボンの子のそのセリフに、一応生徒手帳に乗っていた校内図は確認したが、実際目にした学校があまりに広く遅刻しないか心配だった俺は一も二も無く飛びついた。
しかし彼女たちと連れ立って歩く事で、更に周りのヒソヒソが大きくなった。
それに赤リボンの子は綺麗に整えられた眉を顰めて鼻を鳴らした。
「下賤な生徒達が好きな事を……。彩華様の威光に影を落とす事すら出来ない、負け犬の遠吠えですわ」
俺がヒソヒソ話をされて怒ってくれているのか。
下賤って、すごい言葉使うけど良い子だな、この子。
「気にしていませんわ」
俺が心配かけまいと、ニコリとその子に笑いかけると、一瞬の間の後、少女もニコリと笑った。
「そうですわよね!さすがですわ、彩華様。
彩華様があんなくだらない噂に動揺などなさるはずがないとわたくしも思っておりました。
だから言いましたでしょう?千里様」
千里様と呼ばれた水色の子は、少し戸惑うそぶりを見せたが、それを振り払う様に綺麗に笑って頷いた。
「ええ、さすが瑠璃子様ですわ。彩華様の事をよく分かっておいでです」
リボンの子が瑠璃子で、水色の子が千里ね。よし、覚えた。
そんでもって瑠璃子ちゃんが彩華の親友的立ち位置と。
瑠璃子ちゃんは俺と同じA組で、千里ちゃんはC組らしく、教室の前で別れた。
瑠璃子ちゃんと共に教室に入ると、今まで漏れ聞こえてきた騒がしさがピタリ、と止んで俺に視線が集まった。
「ごきげんよう」
数秒後に、俺の挨拶に目を逸らしながら小さく返事をする者数名以外は、何事も無かった様に喧騒を戻した。
ふむ?これはもしや、無視をされているのか?
そういえばあの取説みたいなのに、彩華がヒロインちゃんをイジめるとか書いてたな。
「下等な生徒の事なんて気にする事ありませんわ、彩華様」
瑠璃子ちゃんはそう言って俺を慰めてくれ、さっき一応挨拶を返してくれた女子生徒数名も周囲を気にしつつであるが、俺に話しかけてきた。
しかし、それよりも俺は気になる事があった。
さっきから、腹の調子が悪いのだ。
「すみません、ちょっと……」
「彩華様どこへ?ご一緒に……」
「いえ、大丈夫ですすぐ戻ります!!」
いやいや、腹痛いのに一緒にトイレとか恥ずかしすぎるから!
女子って本当に連れション好きだな!
瑠璃子ちゃんの好意を断り、俺はトイレへと急いだのだった。
何か変な物食べたか……?いや、むしろ高級な物食べたから、貧乏人だった俺の体に合わなかったのか。
あれ? でも今の体って、お金持ちのお嬢様だよな???
トイレで出す物出してスッキリして体調回復したが、ホームルームには少し遅れてしまった。
ホームルーム後、瑠璃子ちゃんよりも早く隣の席の男子に話しかけられた。
「ホームルームに遅れた時間、何してたんだよ」
少し明るめの茶髪を短く刈りそろえた、見るからにスポーツ少年で体格も良い。
元の俺なら気が合いそうだなと思うが、相手の視線には敵意がこもっていた。
「少し体調が優れなかったので……」
トイレ行ってたってお嬢様が、男相手にハッキリ言うかな?どうだろ。
「とか言って、また鹿乃に何かしようとしてたんじゃないのか?」
ん?かの???
…………あー、ヒロインちゃんね!
「東里さん、体調がすぐれない彩華様に何ですか。言葉が過ぎますわ」
そこに登場瑠璃子ちゃん!
毎度毎度助けてくれて、この子本当に彩華と仲が良いんだな~。
椅子に座ったままの為、長身なのに瑠璃子ちゃんに見下される羽目になっている東里。彩華ほどじゃないけど、瑠璃子ちゃんもキツめの美人だから、そうやって上から睨まれるとちょっと怖いよな。頑張れ東里。
「お前らが鹿乃にやってる事、もうバレてんだよ」
「…………何の話かしら?嫌だわ、庶民はそうやって根拠も無く人を疑って……。
行きましょう、彩華様」
東里は庶民なのか、と思ってたら瑠璃子ちゃんに腕を引っ張って連れ出された。
「彩華様、何かなされるのでしたら私にお声をお掛け下さい」
「え、うん」
うーんと、これはアレか。イジメの指示待ちって事か……?
周りの空気といい、さっきの東里といい、瑠璃子ちゃんの態度といい……これやってんなイジメ。
さて困ったぞ。
ヒロインちゃんをイジめない様にしようと思ってたが、既にイジメはやっちゃってる様子。
しかも彩華主体ではあるが、他にもイジめる人がいるみたいだ。
どうにかそれを止めさす方向で、更に既にイジメちゃってるヒロインちゃんに詫びねばならまい。
そうなると、どういうイジメをやったのかを知る必要があるな。
「瑠璃子様、そう言えば今までは何をやりましたかね?」
「え?」
何言ってんだコイツみたいに眉を顰めた瑠璃子ちゃんに慌てる。
確かに、急にそんな事言われたら困るよな!?
「あ、いえ、次の手を考える参考にと思いまして…」
「ああ、そういう事ですの」
そう言うと瑠璃子ちゃんは、入学から今までヒロインちゃんに行ったイジメの数々を笑顔で教えてくれた。
例えば、皆の前で大きな声で庶民だとバカにしたり。
例えば、靴を隠したり。
例えば、カバンの中身を裏庭の池に投げ入れたり。
例えば、ぶりっ子、ビッチと書いた紙を靴箱に貼ったり。
エトセトラエトセトラ
いっろいろやってんな―――――!!
ヒロインちゃんが悪口や陰口では気にした風ではないから、実力行使に出る事が多くなったそうだ。
いやいやいや、傷付いてないふりしてるだけで、絶対傷付いてるって!
てゆーか元貧乏人の魂が、持ち物へのアレコレは止めてくれと叫んでいる。
しかもヒロインちゃん庶民なんだろ?こんな金持ち学校の備品買い直すの大変にも程があるだろう!?
「さぁ、次は何をしてやりましょう?」
意地悪そうに笑う瑠璃子ちゃんに、俺は頭を抱えた。
ヒロインちゃんへのお詫びは簡単には終わりそうもないが、先にこっちを何とかしないと、被害は増える一方だ。
そもそもの話、イジメなんて暇だからやるんだよ。
俺も学生時代、貧乏人だと揶揄される事が多かったが、そう言う輩にはサッカーボールでも投げとけばいつの間にか一緒に遊ぶ仲になっていた。
そう、体を動かせば、鬱々とした気分なんて吹き飛ぶのだ!!
◇◇◇◇◇
昼休み、合流した千里ちゃん共にやたら豪華な学食に行った。
学食というか、高級レストランかっていう内装だったし、表示されている金額も俺が知ってる学食と一桁違った。
でもさすが高級なだけあって美味しそう!
なのに、どういう訳だかあんまりお腹が空いてない俺は、瑠璃子ちゃんに勧められるままに、大した量も無い野菜中心メニューとなった。まぁ美味しかったけど。
そこで聞きたかった事を口に出す。
「二人は、部活動の方はどうなんですか?」
健全なる心の為には、やっぱり汗水たらすのが一番だよな!
二人は何の部活入ってんだろうという俺の質問に、二人はキョトンと目を丸くした。
何で?
「嫌ですわ、彩華様。部活動なんて、奨学金目当ての庶民がする事ですわ」
「そ、そうですわ彩華様」
ええ~~~~~~~~。
「でも、えっと、お茶とか手芸とか……」
お嬢様がやりそうな事を思い浮かべてみたが、それも瑠璃子ちゃんに一笑される。
「お茶もお花もきちんとした先生から教わっていますもの。わざわざ学校で低いレベルでする事ではありませんわ」
あ~なるほど、真の金持ちは塾に行かずに家庭教師を雇うアレか。
しかしそうなると、二人とも部活動はやっていないって事か。
それは好都合。
「私少し部活動に興味がありまして、放課後見学に行こうと思うのですが、ご一緒しませんか?」
瑠璃子ちゃんと千里ちゃんは、目玉が零れ落ちるのかという程目を見開いた。
東里瑞樹
2年A組 178cm O型
サッカースポーツ特待生。家は大衆食堂をやっている。
庶民枠さわやかスポーツ少年だが、金持ち嫌い。
初期からヒロインとの好感度が高いが、なかなか友達から恋愛に発展しない隠れ難易度高キャラ。