第3話 どうしようもなく
なんで相葉がここに……?
瑞希はしばらくぽかんとして目の前に立つ男を見ていたが、やがてさっきのことを思い出してはっとなる。
もうこんな奴と関わり合いたくない。今だってどうせまた自分をバカにしに来たんだ…
瑞希は無視して立ち去ろうとした。
しかし、180度向きを変えた瑞希は相葉によって腕をつかまれて邪魔されてしまう。
「…離してください」
きっと睨むと、相葉は無表情で何かを押し付けてきた。
それは瑞希のバッグだった。どうやらこれを持って帰れということらしい。
持ってきてくれたことはありがたいが、そのことに対して礼を言うのはしゃくだった。瑞希も無表情でそれをひったくって帰ろうとした……が、
また相葉の腕につかまった。
「なんなんですか!?」
この期に及んで、今度は何をしたいんだろう。合コンでの一件ではまだ足りないのか、相葉は何か言いたそうにしている。
聞きたくなかった。
「私が何したって言うんですか……」
それが瑞希の精一杯だった。
「みんなの前であれだけ言って…なんで……なんで」
最後のほうは支離滅裂だ。言いながら情けなくも涙が出てきた。
こんな人の前でなんか泣きたくない。泣きたくないのに……
どうせまた泣くなんてうざいとでも思われてるのだろう。
涙で滲んだ瞳に映るのは、困ったように顔をしかめる相葉の姿。
「ごめん…どうすればいいのかわからなくて」
相葉の声はひどく小さくてよく聞こえなかった。
と、そのときだ。瑞希は誰かによって体を引っ張られる。
「―――っ!?」
驚いて振り返ると、そこにいたのは……
「田口君…?」
合コンで会った柔道部の男の子、田口が息を荒くしてそこに立っていた。それも険しい表情で相葉を睨んでいる。
「何してんだよ」
たぶんまた瑞希をバカにしていたと勘違いしているのだろう。
「別に…何も?」
けろりとした様子で相葉は手をズボンのポケットに突っ込む。瑞希はそのときあるものを見た。
「行こ、瑞希さん。家まで送るよ」
「あ……」
腕を引っ張られて、瑞希は強制的にその場を離れることになった。
だけど、あのときに見たものが瑞希は気になっていた。
田口が来る直前に差し出されたのもの。それはバンソーコーだった。
田口に話しかけられた瞬間、ズボンの中に隠してしまったが、瑞希は確かに見たのだ。
まさか……だよね。
怪我をした自分のために差し出したのかと思ったが、そんな人ではないと瑞希はすぐに否定した。
▽
「ごめんね?相葉も普段はあんなこと言う奴じゃないんだけど…学校でむしゃくしゃしたことでもあったのかも」
田口が必死にフォローしているのがわかる。あんな奴のフォローなんてしなくてもいいのにと思いながら瑞希は相槌を打つ。
いつのまにか涙はとまっていることに気づいた。また考えると泣きそうだったのであえて考えないようにする。
バッグが戻ったので、瑞希は駅からバスで帰ることにした。
その間、田口がずっと傍にいてくれた。ありがたかったけど、正直どう会話していいのかわからなかった。
しばらくしてバスが来ると、瑞希はほっとして立ち上がる。
「ありがとう…じゃあ」
「うん、また」
田口がにっこりと笑顔で送り出してくれる。
いい人だな、田口君は。
率直な感想を抱いてバスに乗り込む。
座席に着いてから、下を見下ろす。
まだいるであろう田口の姿を捜したのだが、すぐには見つからなかった。
「あ……」
ようやく見つけた田口はもうバス停から離れた所を歩いていた。
その後姿を見て、瑞希はどうしようもなく寂しくなってしまった。