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08 実はすごい子

 翌日、ライマは食堂の依頼を終わらせ、馴染み客の何人かを哀しませた。ライマのことを『オレの女神』と呼ぶ人も多かったものね。

 冒険者は依頼を多く受けることでランクがあがるため、依頼を受けつつ戦闘訓練も受ける。

 個人レッスンはリムゼンが引き受けてくれた。

「いや、筋がいいと思うよ。ライマの脚力はあなどれないよね」

 お気に入りの焼きおにぎりを食べながらリムゼンが言うと、ライマが悔しそうに顔を歪めた。

「一発も当たらなければ意味がないわ」

「そこはほら、オレもAランクだし。訓練を始めたばかりの女の子に蹴られるとか…」

 言いかけて、へらっと笑う。

「ちょっとくらい蹴られてもオッケーだけどさぁ」

 性癖的に。

「アリーちゃんは戦闘訓練、しないの?」

「向いてないので…」

 性格が向いていない。運動能力も日本で平均値。ということは獣人が多いこの国では最底辺。

「アリーには魔法の才能がある。魔力も多いから、そのうち攻撃魔法も使えるようになるさ」

「へぇ。何系が得意なの?フォードは雷だよな。オレは火属性。森の中やダンジョンの中で雷とか火って割とダメでさ」

 周辺の木々に火がつくと二次災害となるため、二人とも水魔法も習得している。

「私も魔法の適性を調べてもらったの。多くはないけど生活魔法と簡単なものなら使えるみたい」

 ライマは風との相性が一番良さそうで、うまく使えば俊敏性が増す。

「アリーは今のところ得手、不得手がない。たぶん…、全属性、均一に使えるんじゃないかな」

「スゴイじゃん。魔力が多くて全属性なら魔法騎士団に入れるよな」

 入れるのかもしれないが遠慮したい。凄い人達に囲まれただけで緊張して変な汗が出そう…。

「いや、実際、アリーって何気にすごい子だよね。田舎育ちって言うけど立ち居振る舞いが落ち着いていて上品だし、言葉遣いもしっかりしている。お嬢様なのかと思えば料理もできて」

「そうなの。アリーはすごいのよ。村に現れた時はろくに言葉も喋れなかったのにあっという間に読み書きを覚えたんだから。計算だってできるの。アリーが作ってくれるパンはどれも田舎では珍しいものだったわ。また食べられて嬉しい」

 褒められてもピンとこない。

 日本では小学校で基本的なことを教わる。算数では掛け算まで習った覚えがある。日本語はひらがな、カタカナ、漢字の混合で、それに比べれば一種類で字数の少ないこちらの言語は覚えやすかった。

 日本での私の成績は中の下あたり。塾には行ってないし、親も勉強をみてくれなかったので成績が悪かった。

 頭が良くないと自覚していたので真面目に勉強をした。こちらの世界にはテレビがないから、畑仕事を手伝う以外にやることがない。

「フォードって何を食べても文句、言うから面倒でさ」

「食べ物に文句が言えるのは貴族だけよね」

「うるせぇな、今は言ってねぇだろ」

「良い傾向だよ。フォードはわがままなんだよ。オレ様野郎でさ」

「わかる。なんか、えらそうだもん、雰囲気が。滲み出てるよね。今後は気を付けたほうがいいよ?アリーが好きなのは優しくて控えめな毒にも薬にもならない普通の男だもん」

 確かにそういった目立たない人がいいな。と思っていた。

 目立ちたくないしトラブルにも巻き込まれたくない。

 平穏に暮らしたい。ただそれだけだ。

 フォードが憮然とした表情でソーセージパンにかぶりつく。リムゼンはおにぎりが好きだが、フォードは調理パンのほうが好きで、特にソーセージパンを気に入っていた。

「あの…、フォードは優しいと思いますよ」

 フォードがすごい勢いで私を見た。美しい黄金色の瞳がキラキラと輝いている。

「恋愛成立かっ?」

「いえ、そこまでは…。ただ優しいところもあるなと思います。私だけでなくライマにも援助してくれたのは本当に嬉しいです」

 この世界は階級社会。底辺が豊かな暮らしを得るためには相応の努力と運を引き寄せる力が必要だ。

 自分の力だけでのしあがる。

 そんなきれいごとが言えるのは、誰から見ても才能あふれる優秀な人間だけで、努力だけではどうにもならないものがある。

 今の環境にあまえてはいけない。フォードに飽きられたら元の暮らしが待っている。

 だがライマが戦闘技術を覚え、私が魔法を使いこなせるようになったら上のランクを目指せる。魔物を倒したいとは思わないが、果実や薬草採取の仕事は街中での雑用より依頼料が高い。

 ここに居続けることが正しいことかはわからないが、フォードが『居ろ』と言う間は逃げられない。

 私に出来ることは生活費の代わりに家事をすることと、追い出された後のために技術を身につけること。

 フォードはそんな私の気持ちを知ってか知らずか、照れたように言う。

「二人で田舎から出てきたのなら、お互い心配だろう。オレだって…、リムゼンに何かあれば一応は、仕方なく、本音は別としても、心配くらいする」

 リムゼンは『ありがたいお言葉に涙が出る』と苦笑し、ライマは『ほんと偉そう』と笑った。


 それからしばらくの間、私は魔法を覚えることに時間を費やした。幸い詠唱や魔法陣はあまり必要とされていない。

 たとえば転移の魔法や街全体を守るための結界魔法には魔法陣が必要だが、生活魔法はひたすら繰り返して感覚で覚える。

 大きな魔力を必要としないものは大抵『イメージ』で発動するが、この感覚を掴むまでが難しい。

 それでもなんとか一人でもお風呂に入れるようになり、簡単な浄化魔法も使えるようになった。汚れを消し去る魔法で、人体にかけても問題なし。冒険者パーティ内にこの魔法を使える者が一人いるだけで快適さが変わってくる。

 もちろん自室の掃除にも有効だし、料理する時にまな板と包丁にもかけている。

「アリーは覚えが早いな」

「……早い、ですか?」

「大人になってからだと覚えるのに一年以上、かかるヤツもいるぞ。魔法をイメージできないらしい」

 イメージできなければ発動しない。ちなみにイメージを形にするために詠唱を必要とする人もいるとか。

 魔法のイメージは…、日本ではもちろん魔法なんて使う人、いなかったけどテレビで見たアニメやCMにはあった。まったく同じではないが、別ものでもない。

 映像でぼんやりと残っていた記憶でも役に立ったってことかな。

「魔法も覚えたし、そろそろオレの家に行こうな」

 フォードの家…、ファーナム伯爵家は軍人の家系で伯爵本人は現場を引退しているが、軍の上層部に残り部下の教育をしている。そして長男のバートン、次男のオーリアン共に近衛騎士だとか。お姉さんは嫁いでいるが、なかなかの猛者だったとリムゼンが教えてくれた。

 虎家族、ものすごく強そう…。

「だ、大丈夫でしょうか?」

「何が?」

「番かどうかもわからない、平民で貧相な私が貴族の中に入ったら、その…、とても浮くと思います」

「アリーはオレの番だ。それはオレにさえわかっていればいいことで、家族が反対するのならそんな家にはもう帰らない」

 私は首を横に振った。

「家族とは仲良くしてください」

「アリーがいればいい」

「駄目です、家族は…、家族を大切にしてください。家族をないがしろにする人は嫌いです」

 震える声で告げるとフォードはすこし首を傾げたが、出来る限り仲良くすると約束してくれた。

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