07 幼馴染のライマ
「一度、幼馴染のライマに会いたいのですが」
出掛けたついでに言うと、あっさりと頷いてくれた。
「なら手土産のひとつもあったほうが良いだろ。若い女が好きそうな菓子屋を知っている」
そう言って高級っぽい店構えのお菓子屋さんに連れていってくれた。
田舎で見た菓子類は干し芋やスイートポテトや頑張って素朴なクッキー、マフィンあたり。
この店ではコンビニで見たフィナンシェやパウンドケーキがあった。味と種類も豊富だ。わっ、フロランタンがある。これ、日本でもあまり買えなかった。
「王都で最先端の菓子屋だ。特別なレシピとアイデアで王室御用達」
「どれも美味しそうですね」
ライマには無難に色々な種類が入った箱詰めを買った。私の分も買ってくれるというので迷いに迷ってフロランタンを選んだ。
「滅多に食べられなかったので」
あの時は空腹を満たすことを優先していたので、お菓子を買うのは余裕があると思った時だけだった。
フォードは少し首を傾げた後、遠慮するなと箱入りのお菓子をもうひとつ買ってくれた。
時間はランチの忙しい時間を過ぎている。
フォードと一緒に食堂に行ったがライマはいなかった。
「ちょっと用があってギルドに行ってるよ。そろそろ戻ってくる時間だから店で待っていればいいよ」
店長の言葉にあまえて食堂で待っていると。
「アリー?アリーじゃないの」
食堂で働いているマギーに声をかけられた。マギーは接客要員で大きな胸を自慢とする茶猫獣人だった。ライマと張りあっているっぽかったが、ライマの方は相手にしていなかった。
ちなみに私は張りあうまでもない格下で、親しげに話しかけられたことは一度もない。
「久しぶり。元気にしてた?」
にこにこと笑う顔に頷いた。
「急に辞めたって聞いて驚いたわ。その…、番が見つかったんでしょ?」
チラチラとフォードを見ながら聞かれ、これにも頷いた。
「そのようです」
「すごぉ~い、玉の輿ね。ライマ、悔しがってたわよぉ」
悪意満載の笑顔だった。この…マギーという女性は鈍い私でもよくわかるほどあからさまな人間だ。
「だって野生も残っていない黒髪、小柄なアリーがこんな素敵な人に選ばれたのだもの。そりゃあ、悔しいわよねぇ。それにアリーがいなくなったから、雑用もすることになって。ライマ、掃除なんて汚い仕事、大嫌いなのにねぇ」
フォードがピクッと反応したが、何か言う気はないようで視線をそらした。
「あ、ねぇ、その紙袋、もしかして『ガレット』のお菓子じゃない?人気のお店よね。すごぉい。私も一度、食べてみたいと思っていたの」
すごい、すごいと繰り返しつつも『欲しい』とは言わない。こちらから『どうぞ』と言いだすのを待っている。
そういった女性だ。
お菓子はフォードに買ってもらったから、ライマ以外にあげようと思ったら自分の分を差し出すしかない。
それは嫌だ。どうしても嫌だ。
フォードをチラッと見ると、黙って立ちあがった。そして私をひょいと抱き上げる。
「フォード?」
「来たぞ」
何が?と聞き返す前に食堂の裏口が開いた音がして、すぐにライマが現れた。
「アリー!」
「ライマ!ごめんね、ちゃんと挨拶もせずに…」
側に来て、私の手を握った。
「ううん、いいの。だって番が見つかったんでしょ?それで大丈夫なの?ちょっと見ないうちに背も伸びているし」
チラッとフォードを見たので慌てて紹介をした。
「フォード、幼馴染のライマです。一番の仲良しで…、とても大切な人です」
フォードはここに来て初めて、にこっと笑った。いや、こんな笑顔、家でも滅多にしないのに。
「アリーが世話になった。感謝する」
マギーは空気だった。無視されて居心地が悪くなったのか『仕事があるから…』ともそもそ呟いて去っていった。
「マギーに何か言われた」
「ううん。たいしたことは……」
「言われた」
フォードが怒った顔で言う。
「あの女、オレの目の前でアリーの事を黒髪チビって言った」
「それは…、事実です」
「艶のある美しい黒髪に華奢で折れそうな体だっ」
番効果の威力は今日も恐ろしいほどだ。
ライマはふふ…と笑った。
「良かった…。アリーは野生が残っていないから、番が見つかったって聞いて心配していたの。ほら…、好きでもない男にいきなり監禁されて一ヶ月やられっぱなしとか、精神、病んでもおかしくないでしょ?」
うん、そうだね、私もその心配、ちょっとしていたよ。
「えっと…、監禁とまではいかないし、そういった行為も待ってくれたの」
「うん、見ればわかる。良かった…、本当に良かったね。アリーの事を理解しようとしてくれる番で」
「ライマ…」
「私は一ヶ月といわず一生、監禁でもどんと来い!だけどね」
「それは寂しいよ…。ライマに会えなくなるのは寂しいから、私と会うことは許してくれるように旦那様に頼んでね」
ライマが笑う。
「ほんと、私も急いで見つけないと」
食堂の椅子に座り近況報告をした。
とりあえず私は困っていない。フォードの事を好きになれるかどうかはわからないが、逃げたいほど嫌ではない。
「そういえば…」
ライマがフォードに頭を下げた。
「私にもお気遣いいただきありがとうございました。頂いたお金はギルドでの戦闘訓練に使っています」
初心者がいきなり魔物と戦うのはあまりにも無謀なため、ギルドでは講習会が開かれている。
私も登録してすぐに無料の『初心者講座』を受けた。薬草採取のための初級講座までは無料だが、戦闘訓練はすべて有料で決して安くはない。
「ライマは子供の頃から狩りが上手だったものね」
「弓と近接戦闘の訓練にしたの。私の武器は身軽さだから」
弓は子供の頃から使いなれている。そしてうさぎ獣人は脚力もある。女性の腕力で剣を握るよりは蹴りの威力を高めるほうが良さそうだ。
「すごい…。Dランクを目指すの?」
「できればその上のCまで頑張りたいかな。報酬が違うもの」
ライマは本当にすごい。私なんて魔物を見るだけでも嫌なのに。
「食堂での仕事もキライじゃないけど、せっかく王都まで来たのだから上を目指したい」
フォードが『それなら…』と。
「仕事の依頼をしたい。不安ならギルドを通してもいい」
「私に、ですか?」
「アリーの護衛を探していた」
フォードの仕事は冒険者で、貴族として家絡みの付き合いもある。
「急いでDランクになってほしい。それと貴族の夜会で同伴を頼みたい。オレがアリーの側に居るつもりだが『ご婦人達の付き合い』もあるからな。君が側にいればアリーが不安になることもないだろう」
ライマは少し考えた後。
「アリーと一緒に夜会に出るということは、ドレスも作ってくださると?」
「当然だ。少なくともドレスや宝石の質で二人に肩身の狭い思いをさせることはない……」
「引き受けます!」
ライマはかぶせ気味に頷いた後、私の手をぎゅっと握った。
「アリー、これはすごいチャンスよ」
「そう…なの?」
「だって、急いでDランクということは、食堂の依頼を終わらせてガンガン上の依頼を受けろってことで、そのために必要なものはすべてフォード様が用意してくれるのよ?」
「装備も用意しよう。ランクが低いうちは装備の差で生死が分かれる」
え、命がけなの?と、焦る私にライマが『大丈夫』と笑う。
「私、逃げ脚には自信があるし、野生の勘で危険なことは事前にわかるもの」
そういえば…、そうだった。ライマは優秀な狩人で怪我を負ったことは一度もない。
「それにね、貴族の夜会に出たら番は無理でも、良い条件の旦那様が見つかるかもしれないでしょ?」
ライマは誰が見ても美人で可愛いらしいので番関係なく非常にモテる。それは貴族相手でも有効だろう。
「いずれ護衛を…と考えていたところにライマと会えたのはオレにとっても幸運だったな」
「ですよね。この国は…、野生が薄れた人間を見下す風潮があるから」
それに慣れてしまったため、いつものこと…と聞き流すことができるが、わざわざ雇った護衛がそれでは困る。そもそも私に護衛が必要なのか?という疑問はあるが。
「明日、ライマの元にリムゼンという狼獣人をよこす。すべての経費はオレが持つから、ライマはとにかく急いでランクをあげてくれ。ランクが上がれば、強さか器用さか…、生き残るために必要なものが身に着く」
護衛として雇うが、求めているものは強さではない。
あくまでも『安全に逃げる』こと。
「わかりました。ご期待に添えるよう頑張ります!」
私の事情に巻き込むようで申し訳ない気もしたが、本当に嫌ならライマは断っている。
今後もライマと会えることが素直に嬉しかった。