06 魔力と成長痛
フォードは『しばらく休む』との宣言通り、一日中、私の側にいた。
料理をしている間はキッチンで本を読んだりつまみ食いをしたり。手が空くと魔力の使い方を教えてくれる。
最初のうちは手を繋いで魔力を巡らせるだけ。『ぽかぽかする』程度しか感じ取れなかったが、続けているうちになんとなく『流れ』がわかるようになった。
「強力な魔法は高度な術式が必要だけど、風呂や台所で使う程度ならただ魔力を流し込むだけでいい」
魔力の使い方を教わっている間はずっと手を繋いでいる。
「アリーが覚えるなら防御系だな」
「ですね。魔物相手でも生き物を殺すのは抵抗があります」
食用の鳥や家畜も殺したことがない。肉になっていれば大丈夫だが、殺すのはどうしても無理だった。
「まずは生活魔法だな。攻撃に転用できなくても、水と風は使えたほうが便利だ」
魔法を使う。
それにはワクワクしたが…、魔力を感じられるようになるとかなりの激痛に襲われるようになってしまった。
成長痛に似ている…ってか、成長痛って気がする。骨がきしむというか、引っ張られるというか、とにかく手足が痛い。おとなしく寝ようと思っても目が覚めてのたうちまわりたくなる。
「眠れないほど痛いのか?」
「すみません…。私、ソファに移動します……」
これではフォードも眠れない。布団から出ようとしたが引き留められた。
「あんまり得意じゃないけど」
足を撫でられた。優しく労わるようにゆっくりと。
「成長痛に治癒魔法はあんまり意味がねぇけど、麻痺系で感度を鈍らせれば少しはましになる。魔力が循環し始めたことで体も変わろうとしているんだよ。魔力に耐えられる体になろうってな」
魔力の発現が遅いとたまにあるそうだ。
「貴族は五歳くらいから魔法教育が始まる。庶民は…本人次第ってやつで、才能があるヤツだけが選ばれる」
「田舎の村ではほとんど魔法なんて使っていなかったと思います」
「教育は無料じゃない。魔法学の家庭教師は特に高い。貴族でも魔力量が少なければ魔法教育はしない」
無駄な投資をするよりは他の才能を探したほうが良い。
魔法教育で一番、簡単なのはフォードが私にやっている方法。魔力を流しこんで感覚で覚えさせる。しかしこの方法は…、よほど親しくないとできない。
「家族か伴侶かそれと同等の関係だな。同じ魔力をまとうことになるから、見る人が見れば『特別』って丸わかりだ」
話をしているうちに痛みが引いてきた。
「フォード…、眠れそうです」
「そりゃ、良かった」
目を閉じると本当にすぐに眠ってしまった。
私の成長痛は五日間ほど続いた。痛みには波があったが、フォードが側にいたのでなんとか凌げた。
やっと痛みが薄れてきたな…と洗面所で顔を洗っている時に気がついた。
髪が腰の辺りまで伸びている。顔立ちもちょっと大人っぽくなった気がした。
異世界の魔法すごい、本当に成長した。
しかもこんな短期間で。
フォードと並んで立つと背も10センチくらい高くなっている。
「髪も背も伸びて顔立ちも大人っぽくなるなんて…、魔法はすごいです」
「いや、顔はそんなに大人っぽくはなってないぞ。背も低いままだ」
フォードに比べれば低いが、でも嬉しい。
この世界の家具は大きいのだ。ゆえにキッチンも微妙に使い辛かったが、これで少しはましになるはず。
「痛みが治まったなら買物に行くか?そろそろ食糧、買い足したいだろ」
フォードの言葉に頷いて出掛ける準備をした。
フォードと一緒に暮らすようになって二週間が過ぎている。来る前の暮らしとは一変していた。
フォードの家には定期的にメイドさんがやってきて、お掃除と洗濯をしてくれる。フォードの実家から派遣されているとのことで、屋敷に自由に出入りできる鍵も持っていた。
黒のメイド服に白いエプロン。そして黒猫耳のすらりとした知的美人のソフィアだ。年は28歳。
「そのうち実家にも連れて行くから、オヤジ達にヨロシク言っといて」
ソフィアはフォードと私を交互に見て、ホッと息をついた。
「フォード様が子供相手に無体を働く外道でなくて安心しました」
「………番相手に乱暴なことをするわけないだろ。それにアリーは16歳だ」
日本のように法律の定めはなく、出産できる年齢になったらすぐにでも結婚できる。そして未婚の女性は非常に少ない。
「ご結婚はいつとお考えですか?伯爵家としての準備がございますからそこは早めに教えていただきませんと困ります」
「アリーは野生がほとんどないから番がわかんないんだよ。だからアリーの心の準備が整うまではしない」
ソフィアが思い切り驚いた。
「つ、番なのですよね?」
「そうだ。でもアリーにはわからないようで……」
少しためらった後、ちょっとドヤ顔で言った。
「オレと恋愛したいって言うからな」
いや、言ってないし。フォードと恋愛したいと言ったわけではない。結婚するのなら好きになった相手が良いと言っただけだ。
「まぁ…、そうでしたか」
少し考えたような素振りの後、深く頷いた。
「それもよろしいかと思います。この国の男性は番を発見するやいなやすぐに自分の巣に囲い込もうといたしますから。私も仕事があるというのに三ヶ月も外に出られずクビにならないかと心配でした」
ソフィアの旦那さんは熊獣人で冬眠するかのごとく家にこもったまま離さなかったとか。幸い旦那さんは平民だったため仕事に戻ることができた。貴族相手なら一生、監禁もあり得る。
「旦那様の事は好きですし結婚するのも当然と思っておりましたが、とにかく大きい上にタフで参りました」
「ソウデスカ…」
ソフィアがにっこりと笑って私に言う。
「もしもフォード様の理性が吹っ飛んで大変なことになっても、ご心配は不要です。あとの事は私にお任せください。掃除、洗濯、料理のメイド基本スキルに加えて治癒魔法も会得しております」
頼もしい言葉に私はもう一度、『ソウデスカ…』と答えた。
ソフィアは料理もそれなりに上手らしいがフォードが偏食気味な上に家にいないことも多いため、掃除と洗濯以外で屋敷に来ることはなかった。
ただ私が居候するようになると、女性用の石鹸や可愛らしい刺繍が入ったタオル等、小物を用意してくれるようになった。
いつの間にか客室のひとつが私の個室として整えられているし。ベッドはないがソファとテーブル、書斎にあるような大きな机。そしてクローゼットに水回り。
フォードは嫌がったが『番だとわからないアリー様には一人になれる空間が必要ですし、女性には男性にはわからないアレコレがございます』とソフィアが説得してくれた。
その…、月のものとかね。恐ろしいことにフォードには匂いでわかってしまうようで、慌てていたらもっと恐ろしいことを言われた。
『獣人なら誰でもわかる』
だから月のものが始まると香水を使うのか。ばぁばに言われて『こっちではそういった文化風習なんだ』とか『トイレの芳香剤の代わり?』と思っていたがそんな生々しい理由だったとは。
こんな立派な屋敷にいつまでも居座るのも気が引けるが、フォードが『逃げても追いかけるし、逃げたら逃げられないように鎖をつける』と言うので従っている。
そこまで出て行きたいという理由もない。
贅沢に慣れると、貧乏に戻った時がつらいのだが…。