05 コンビニご飯
家に帰って冷蔵庫とコンロに魔力を通してもらう。買ったものを手早く片付け、鍋やフライパンを準備する。
じっくり作っている時間はないため、スープとオムレツかな。
食材は日本とあまり変わりがない。ソーセージと野菜でスープを作り、ひき肉と玉ねぎを炒めてオムレツの具を準備する。
パンは薄切りにして、ハムとチーズを乗せてオーブンに放り込む。
コンロは三つあるしオーブンもある。同時進行できるのって素晴らしい。豚肉に似た固まり肉の表面を焼いて、薬味とともに茹でる。茹でてマスタードも美味しいが、角煮にしても良いかな。
日本と全く同じ調味料はないが似たものは売っていた。珍しいものだから高価で手が出せなかったのだ。材料費を気にせず料理できるのは嬉しい。
キッチンも広いため作業台とは別に食事できるテーブルがある。二人はそこに大人しく座っていた。
ワインを飲みながら。
アルコールだと思うが水のように飲んでいる。
つまむものが欲しいだろうと、オーブンで焼いたパンを先に出した。コショウをきかせているのでお酒にも合うはず。
「アリーちゃんは一緒に食べないの?」
「食べます。でも、先に食べていいですよ。すぐに終わりますから」
オムレツは短時間で作れる。ちなみにこの世界の卵は生で食べても大丈夫なものはとても高い。悩んでいたらフォードが新鮮な高級卵を買ってくれた。
ふわとろのオムレツを作って、スープと一緒に出す。
私も席についた。
「なに、この卵、ふわふわじゃん」
狼獣人のリムゼンは耳をぴこぴこさせながら大きな一口であっと言う間に半分ほど食べてしまった。
「うめぇ」
「簡単なものですが」
「いやいや、全然、簡単じゃねぇよ、ちゃんと野菜切ってるし。手際も良かったよね。料理人?」
「田舎では外食という選択肢がないので覚えました」
「そっかぁ。確かに田舎じゃメイドや料理人がいる家のほうが珍しいか」
リムゼンも貴族かな。フォードよりは軽い感じだけど、銀色の髪と灰青の瞳で整った品のある顔立ちだ。
「リムゼンさんもAランク冒険者ですか?」
「そう。最近はフォードと二人で依頼を受けることが多いかな。一人でもいいんだけど難易度が高い依頼が多いから念のため、ね」
雑用しかできない私には想像もつかないような魔物を倒しているのだろう。
「フォードはランク五位だと聞きました。リムゼンさんも一桁ですか?」
「オレは三位」
「凄いですね。フォードよりも上ですか」
カチャンッと食器が鳴る音がした。フォードがスプーンで鳴らしたようだ。
「別に、順位とかどーでもいいし」
「一桁はすごいことですよ」
「………オレが一位になったら、嬉しいか?」
「いえ、別に…。三位でも五位でも凄いです。私、Gランクで10万アンダーなので番号が出ている人は全員、雲の上の存在です」
むしろ一位とか無理。恐れ多くて無理。
リムゼンが笑いながら言う。
「フォードは国に縛られたくないから順位を加減しているんだよ。長く一位の座にいると強制的にSランクになるし、こいつ、お姫様のお気に入りだから」
「んなことより、おかわりねぇの?」
オムレツを食べてしまったのか。卵って…、一日、何個まで食べて良いのだろうか。二人のオムレツにはそれぞれ三個使っている。
仕方なく茹でている最中の肉をスライスして、マスタードと醤油を添えて出した。端を少し食べてみたが薬味がちゃんと仕事をしてくれたようで臭みはない。
ここにいる間にいろいろ試したいな。日本で食べていたものを再現したい。特にコンビニのおにぎりとパン。
「アリーちゃん、もしかして携帯食とかも作れる?」
「たぶん」
「お金払うから何種類か作ってみてよ。マジックバッグに入れるから、汁が出なくて歩きながらでも食べられるものがいいな」
引き受けても良いが、フォードの許可が必要な気がする。
「フォードも食べますか?」
「………食べる」
「じゃ、携帯食、作ってもいいですよね?」
あまり期待されても困るが、ちょうど作りたいと思っていたところだ。
午後は携帯食を作り、夕食はその試食会となった。
「なにこれ、なにこれ、めっちゃうまいんだけど。香ばしくて食べやすい」
リムゼンさんが絶賛しているのは焼きおにぎりだ。焼くと崩れにくくなるし水分も飛ぶ。外は香ばしく中はもっちり。期待以上にお米っぽい穀物だった。お米よりは糖度が低いけど食感が似ている。
あとは小麦をこねて調理パンっぽいものを何種類か。パンの生地作りはばぁばに教わった。田舎の町にもパン屋はあるが種類はとても少なく調理パンはない。そのためパン生地が作れるようになってからは自分で時々、作っていた。
具は定番のソーセージや甘辛く味付けしたお肉、卵とハム…などなど。生地に果実や木の実を混ぜたほんのり甘いパンも。
コンビニに育ててもらったようなものなので、今でも棚一杯に並んだおにぎりとパンが懐かしい。材料費を考えなくて良ければいくらでも作れる。
「アリーちゃん、お店、開けるよ」
「さすがにそこまでは…」
「やったね。次の依頼からアリーちゃんに携帯食、作ってもらおうぜ。これならフォードも食えるだろ」
黙々と食べながら頷く。
「甘いものも大丈夫ですか?焼き菓子なら携帯食になりますよね」
「なるね。お菓子も作れるの?」
「本格的ではありませんが、フォードが良い材料を買ってくれたので」
卵に小麦、バター、それに砂糖がある。質の良いものはやはりお高く庶民には買えないがフォードは値段など見ずに買う。
適当な調理方法でも素材が良ければそれなりに仕上がってくれる。
真っ白な砂糖なんて、こっちの世界に来てから初めて目にした。
「はぁ、食ったな~。毎日、食いに来ていい?」
「来るな、帰れ、アリーはオレのだ」
カラカラと笑って『冗談だ』と言う。
「番の邪魔はしねぇよ。んで、いつ頃から仕事、再開するんだ?」
「さぁ…、アリーと相談して決めるが、指名依頼はしばらく受けない。親にも紹介したい」
「再開する時は連絡くれ。連絡なくてもアリーちゃんに会いに来るけど」
「来、る、な」
リムゼンが帰ると言うので焼きおにぎりを包んで渡した。
「必要な時はフォードに言ってください。材料の都合もあるのでできれば二日前くらいに」
「了解。じゃ、またね~」
見送るとフォードがのしっと背後からのしかかってきた。頭の上に顎が乗っている。
「重いです…」
「態度が違う」
「そうですね。とても話しやすい人でした」
でも、毎日一緒だと…ちょっとうるさくなりそうだ。たまに会うくらいでちょうどいい。目の保養にもなるし。
「オレは?」
「まだ二日目なので」
「恋愛結婚って何日待てばいいものなんだ?」
「それがわからないのが恋愛ですよ」
一目で恋に落ちる人もいれば、三年、五年とかかる人もいる。
フォードは小さな声で『五年も待てない』と言った。
「そうですか。ならば番にこだわらず…」
「絶対に襲う。今もいい匂い、しているのに」
うなじの匂いを嗅いでいる…のだろうか。
「まぁ…、三年も待たなくてもわかると思いますよ。本当に嫌なら何年も一緒には過ごせません」
三ヶ月くらいで答えが出そうな気がするが、それを言うと『三ヶ月後に答えが出る』と期待されそうなのでやめておく。
「アリー………、今日は一緒に風呂、入ろう」
「嫌です」
「全身、洗ってやるのに」
ふてくされたような声だが、私の希望通り、一人にしてくれた。寝る時は同じ布団だったけど。