表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/28

03 お風呂、嬉しい

 自分としてはかなり食べたつもりだが、フォードにかなり心配されてしまった。

 体調が悪いのか、緊張しているのか、挙句、毒を盛られたのではないのかと。

 いや…、パン一個とサラダ、スープ、ステーキで十分だ。ステーキ、たぶん200gはあった。お腹いっぱいだ。

 お腹いっぱいだったけどデザートのアップルパイまで食べてしまった。

 動くのが苦しい。

「しばらく…、動けません」

「そうか。帰るぞ」

 動けないと言ってるだろうが。

 言葉にする前にひょいと抱えられた。

「アリーは本当に軽いな」

「………貴方ならばもっとこう…美人でばーん、ぼーんっとしたスタイルの女性を選び放題なのでは?」

 少し考えて。

「いや、育てるのも悪くない」

「これ以上、育ちません」

「気にするほど小さくもないだろう」

 どこが?とは聞かなかった。体型からすればこの胸の大きさは平均的なはず。

「ところでどこに連れて行く気ですか?」

「オレの家だ」

「まさかと思いますが伯爵邸ではありませんよね?」

「この近くに小さな家を借りている」

 その返事に正直ホッとした。大邸宅は足を踏み入れたこともないので落ち着かない。

 ばぁばの家は2DKくらいの木造平屋。小さな畑と井戸があった。

 日本での暮らしは1DKの木造アパート。今ならわかる。母が男を連れ込むのに、私がいたら邪魔だ。追い出されていた時はみじめで寂しくて辛かったが、家に残されても困る。母親の情事見学などトラウマ確定案件。ぼっちと空腹のほうがまだ耐えられる。

 日本で豊かな暮らしをしていたら、この世界の不便さに精神をやられていたかもしれない。電気の代わりに薪やろうそく、水道の代わりに井戸。王都は魔法のおかげでもう少し便利だが、田舎はまだ人力に頼っている。

 現在はギルド横の共同宿舎で部屋の広さは三畳程度。ベッドと小さな棚しかない部屋だが、寝に帰るだけなので困ることはない。

 荷物は増やさないようにしていた。

 いつどうなるかわからない暮らしだ。無駄な物品より現金で残しておきたい。

「大きな家のほうが良ければ引っ越す」

「いや、いらないです。掃除が大変です」

「メイドを雇えば良い」

「落ち着きません」

「着いたぞ」

 案内された家には門があった。がっしりとした鉄の門と高い壁。門は自動で開き、自動で閉まった。

 そして目の前に豪邸。一階建ではあるが横幅も奥行きもありそうな美しい洋館だ。

 これのどこが小さな家なのか。

「立派なお屋敷ですね」

「オレの一人暮らしだから狭いぞ」

「寝室はいくつですか?」

「さぁ…、四つ?五つかな。使っている寝室はひとつだけだ。おまえも同じ部屋でいいよな」

「よくありません。個室を希望します」

「客間は準備していない」

 玄関のドアも自動で開いた。

「鍵は…、魔法錠ですか?」

「あぁ。オレの魔力を流しこむと開く」

 すとん…と床に降ろされた。

「オレの魔力でしか開かない」

「………そう、ですか」

「逃げようと思うなよ。無理に開けようとすれば弾き飛ばされて怪我をする。オレが許可しない限り、誰も入って来ないし、出ていけない」

 監禁宣言ではないか。

「これから恋愛結婚をしよう。と、思う相手に言う言葉ではありませんね」

「これから恋愛結婚をするのに他のオスが必要か?」

 限定一名様相手では恋愛結婚とは言わないが、不毛な押し問答に疲れてきた。

 お腹も満たされているしもう眠りたい。

「………眠いです」

「寝室はこっちだ」

 広い玄関は二十畳くらいあって、花瓶やら彫刻やらが飾られていた。この世界基準だということを差し引いても天井がかなり高い。日本でなら二階建ての高さだ。

 玄関から幅広の廊下を歩いたつきあたりに寝室があった。

 予想はしていた。寝室も広かった。そしてベッドは正方形だ。私サイズなら五人は眠れる。

「風呂、入るか?」

「え?入れるのですか?」

「やっと嬉しそうな顔をしたな……」

 ついて行くと立派なお風呂があった。ちゃんと湯船もある。石鹸もシャンプーらしきボトルも。

 寝室にいくつもドアがあって、そのうちの一つが水回り。洗面所と最新式の水洗トイレまで。

「ここに魔力を通すと湯が出る。ぬるくなったらもう一度、魔力を通す」

 蛇口の横に丸い石がはめ込まれている。

「私、魔力がないのですが」

「………いや、あるだろ」

「魔力を感じたことがないので、使い方もわかりません」

 私の手を握った。

「なるほど、眠っているみたいだな。慣れるまではオレの魔力を分けてやる」

「分けられるものなのですか?」

「番は体質的にあらゆる波長が合う。魔力の共有だってできる。知らないのか?」

 頷く。

「ところで風呂は一緒でいいな」

「別々で」

「一緒に入れば一度で済む」

「恋愛結婚するのに、初日から一緒に風呂なんて、絶対にないです、お断りです」

 フォードは舌打ちしたが、引いてくれた。


 ゆっくりとお風呂に入った。こんなにゆっくりとお風呂に入ったことは日本でもない。というほど、ものすごく堪能した。だってしばらく…いや、二度と入れないかもしれない。

 田舎のお風呂は水汲みが大変で、たっぷりのお湯を用意できない。王都には共同浴場もあるが、一回の料金が高くかなりの贅沢となる。そして日本ではシャワーしかついてない部屋だった。

 お風呂から出て買ったばかりの下着と寝間着を身に付ける。薄い夜着ではなく、丈の長いシャツだ。

 ほこほこしながらお風呂を出ると『遅い』と文句を言われた。

「のぼせて倒れてんじゃねぇかと思ったぞ」

 側に来て身をかがめる。たぶん匂いを嗅いでいる。

「まぁ、きれいにはなったみたいだな」

「そんなに臭かったですか?」

「混ざった匂いがしていただけだ。今はおまえの匂いしかしねぇ」

 先に寝てて良いと言われて布団の中に潜り込む。

 今夜で処女喪失だろうか。

 フォードは私を逃がす気がなさそうだが、それはいつまでだろうか。番の拘束力はどこまで強力なものなのか。番ではない夫婦もたくさんいる。

 明日から何をして生きていけば良いのか…。

「なんでそんな隅で寝ているんだ?」

 フォードが上半身裸で、髪をがしがしとタオルで拭きながらベッドの端に座った。

「髪も乾かしてねぇな。ほら、一度、起きろ」

 フォードが私の頭を包みこむ。うおっ、これはドライヤーか?魔法でドライヤーの代わりもできるのか?

「フォードは魔力が高そうですね」

「まぁ、そうだな」

「冒険者ランクを伺っても?」

「A5だ」

 数字は登録している全登録者のうち、何番目かを意味している。ちなみにA5ならばAランクの五位…。

「え、五位ですかっ?」

「今はな。依頼によって多少、前後する」

 具体的な番号の表示は99位までで、以降は100単位、1,000単位…となる。私はG100,000。この国の冒険者登録数は10数万人だから10万アンダーと呼ばれる最底辺の一人。

 Aの上にSがいるが、そちらは王室公認の『勇者様』扱いなのでランクはつかない。噂によるとSの中にはAよりも弱い人もいるとか。王室公認を嫌う冒険者も多く、逆に王室公認になりたがる人もいる。

「フォードは神様に愛されていますね」

「今日、初めてそう思った」

 機嫌良く言う。

「番を見つけた」

「そんなことより、伯爵家に生まれて、Aランク冒険者になる才能があり、恵まれた容姿であることを感謝したほうが良いかと」

 呆れたようにため息をつく。

「番と出会うことのほうが大切だ」

 手を握られた。

「ちょっと魔力を通すぞ」

 じんわりと手が暖かくなってきた。

「毎日、少しずつ通せば感覚が掴めるようになる。体内でうまく保管できなければ魔石を使えばいいが…、アリーの魔力量なら一週間くらいで風呂を沸かせるようになるぞ」

 これが魔力…。あったかくて気持ちいい。

「ほら、髪も乾いた。寝ろ」

 シーツの上に倒れ込んだ。横にフォードも潜り込む。

「なぁ、恋愛ってこれであっているか?」

「………出会った初日で一緒の布団では寝ないものです」

「使える寝室はここだけだ」

 なら、仕方ないか。

 ぽかぽかと全身が暖かくなってきてそのまま眠りについた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ