27 いい男だろが
気絶している護衛騎士達をリムゼンが縛り上げたところで騎士団が到着した。
王女の脱走だから、衛兵ではなく騎士団の管轄になる。
脱走した王女達を捕まえるだけならフォード達でもできるが、今回はマギーを襲い私を誘拐している。
犯罪者の場合、民間人だけでの捕縛は…後々の手続きやら説明が大変になるそうだ。騎士団には鑑識や書記官がいるから、現地で記録をつけてもらえば証拠隠滅を防げるし聞き取りの手間も省ける。
危うく忘れそうになったが、木の上に取り残されたテイルも救出してもらった。
事情聴取は明日以降となるが、その間にひどい目に合わされたら可哀そうなので必死で口添えしておく。
ポーションも貰ったし、魔力封じも外してくれた。テイルのおかげで助かったのだ。
罰せられるにしても、情状酌量の余地?ありだと思う。
「ってか、なんでポーション?」
フォードに聞かれて返事に詰まると、テイルが代わりに答える。
「ジェンナ王女殿下がアリー嬢のお顔を踏みつけた上、お腹の辺りを思い切り蹴りまして…。止められず申し訳ございません」
フォードが渋面になり、慌ててディアスが謝る
「妹が申し訳ない」
「いえ、ディアスが悪いわけでは…」
「本当に大丈夫なのか?痛いところは?」
「たぶん……、今のところは」
フォードが私の顔をじっと見つめる。
「無理してねぇだろうな」
頷く。我慢できないほど痛くはない。
「まぁ、いい。とにかく帰ろう。医者に診てもらうためにも帰らないと」
「オレ、腹が減った」
リムゼンの言葉にそういえば…と思い出す。
「リムゼン、新しいおにぎり、ありますよ。ツナマヨならぬ、トリマヨです」
「なに、それ、美味いの?」
「母国では大人気の味でした」
こちらではツナがないため鶏肉で代用した。
「マジでっ?食べたい!」
素直な言葉にほっこりする。そう、こんな風に喜んでもらえるのなら作り甲斐もあるというものだ。
「リムゼン、フォードのパンも食べていいですよ。フォードはいらないそうなので」
「マジで?やったぁ」
「は?いらないなんて……」
「言いました」
ぐぅ…と悔しそうな、しかし心当たりがあるがゆえに何とも言えない顔になる。
「ほら、じゃれてないで帰るわよ。アリー、疲れているようなら無理しないで寝てなさい」
皆は歩いて…、いや走って帰るようだ。私にはそんな気力も体力もない。魔力も減っている。
フォードに抱えられ、おとなしく寄り掛かった。
「疲れたな、よく頑張った」
大きな手で頭を撫でられているうちに眠ってしまった。
翌朝はファーナム家のフォードの部屋で目覚めた。
まず初老の医師の診察を受ける。お腹に打撲痕が残っていたもののすぐに消えると言われた。
赤紫色の大きな痣にフォードがため息をつく。
「無理すんなっつっただろが」
「ポーションのおかげかそんなに痛くはないですよ。テイルにお礼を言わないと」
診察のために下着同然の格好だったので、ホリーの手を借りて服を着る。
「テイルはどうなりますか?」
「………っ、他の男の話をするな」
「そういった意味ではないとわかっていますよね。テイルが魔法封じを外してくれなければ、発見がもっと遅くなって…いえ、どこかに売られていたかもしれません」
フォードはイライラと部屋の中を歩き回っていたが。
「王女達の捕縛に動いていたのはオーリアンがいる騎士団とは異なるけど…、まるきりツテがないわけでもない。オーリアンにテイルっつー小僧は下っ端で巻き込まれただけだからって言っておいた。アリーを助けてくれたこともな、不本意だけどっ」
騎士の資格はなくなるし貴族位も失うだろうが、強制労働などの刑罰は免除されるだろうとの予測。
「実家に縁切りされても、騎士になれる程度の腕があるならすぐに仕事が見つかるだろ」
騎士になっても厳しい訓練や規律に挫折したり、ケガで辞めたりする人がいる。そういった人達は大抵、冒険者になる。ギルドの仕事の中には護衛や剣術の教師、門番などもある。雇うのは貴族だけでなく商人もいるから、騎士あがりでもそれなりに需要がある。
「ありがとうございます」
「他の奴らは…」
「そっちはどうでもいいです。二度と私の前に現れなければ」
「お、おう…」
あまり感情の起伏がない私だが、さすがに今回は怒っている。マギーを傷つけたこと、脱走なんてして周囲に迷惑をかけたこと、それから。
まだ付き合いは浅いが、ディアスを哀しませたこと。
妹をこの手で殺すなんて。
嘘でも言いたくはなかっただろう。
王族を断罪できる者など限られる。大臣達の会議か、裁判か…とにかく時間がかかる。王の判断ならば早いが、今回はそれを無視されている。
フォードがジェンナを傷つけていたら、王や騎士団的にはセーフでもジェンナの信奉者が黙ってはいない。熱狂的なファンというものは厄介で、地味に嫌がらせとかされそうだ。
脱走を手助けした子爵家以外にも、王女派は多く残っているだろう。
見た目だけは本当に素晴らしく可愛くてキラキラ輝いていたから。
「ディアスは…罰を受けたりしませんよね?」
「髪が切られた事は伏せられているが、騎士団としては何かあっても『兄妹喧嘩』ってことで押し通すそうだ」
兄弟喧嘩で殴り合い…は、なくもない。田舎ではよくあった。
「ディアスが来てくれて助かりましたね」
「そう…だな。正直、あそこまでやるとは思わなかったよ」
庶民の中には髪を短くしている子もいるが、貴族…それも高位令嬢の中にはほとんどいない。事情で髪が短くなった時はカツラを使うか、ひきこもるか。
それほど髪を大切にしている。
ジェンナも髪には自信があったようだが…。
よほどショックだったのか、短くなった髪を気にし、別人のようにオドオドして顔を隠すようにうつむいていた。
「ディアスは何も考えてなさそうですが、やはり王族ですね」
「何が?」
「あれ以上、ジェンナを責められません。もう罰は与えられました」
復活してまた現れたら嫌だけど、このままおとなしくしているのならばまた修道院送りでもかまわない。
「女を殴る趣味はないが、確かに太々しい態度を取られたら一発くらい、やっちまってたかも」
「ライマの番が思ったよりも良い人そうで安心しました」
フォードは複雑そうな表情で。
「アリーの番だって『いい男』だろが」
「そうですね」
「さらっと流すなよ」
「本当にそう思っていますよ。ただ…、作ったパンをいらないって言われたことは一生、忘れませんけど」
フォードは一瞬、嬉しそうな顔をした後、『あぁあああ…』と床に崩れ落ちた。




