26 断罪
打ち上げ花火の衝撃で倉庫の天井には大きな穴が開いていた。テイルの腕を掴んで、外へ…、まずは倉庫の屋根へと飛び上がる。周囲を見渡せば闇夜で、森の中だった。
「ここは…どこですか?」
「子爵家の別荘です。子爵はジェンナ王女の信奉者で今回の逃亡にも力を貸しています」
月明かりのおかげでうっすらと屋敷の影が見える。ここは貯蔵倉庫か何かだろう。護衛騎士達の実家ならばすぐに見つかっただろうが『王女のファン』では…、そう簡単には見つけられないか。
テイルは覚悟を決めたのか、騎士らしい顔つきになっていた。私に対しても丁寧な言葉を使う。
「わかる事ならば何でも答えます。なんでもやります」
「では…、仲間の騎士の中に魔法を使える人はいますか?」
「います。ただ魔法を専門とはしていないので、貴方の結界は破れないと思います」
「そう…ですね。でも、ここは結界を張りにくいし小屋に火をつけられたら困ります。もう一度、飛びます。すみませんが私がうっかり落ちないように支えてください」
背の高い木に向かって飛び上がった。
建物の高さにして十階程度。簡単には登れないし、木を切り倒すにしても時間がかかる。なんとか木にしがみつくと、テイルが私の体をしっかりと木の幹に押し付けて楽な姿勢になれるよう協力してくれた。
立派な木が多いから、他の木に移ればさらに時間を稼げる。
「貴方は、凄い魔法使いだったんですね!」
「いえ、魔法はほぼ独学というか…、独創的すぎるのでフォードに使うなと止められています。でも緊急事態なので仕方ないでしょう」
「そう、ですか。そう、ですね。いつまでも木の上にいるわけにも…」
「念のため、もう一度、花火を…」
打ち上げ花火をイメージした魔法を空に向かって打とうと思ったが。
ふっと何かが来る気がした。
見回しても真っ暗闇のままだけど。
「助けが来た…、気がします」
「ほ、ほんとですか?」
私には野生の勘はないし、匂いもわからない。
でも…、なんとなく。
フォードが来た気がする…と思った時には目の前にいて、抱きしめられていた。木の上だというのにテイルの腕からひったくるようにして私を抱えた。バランスが崩れているが悲鳴をあげながら木にしがみついた。
「なんでっ、男と二人きりなんだ、おまえはっ。勝手にいなくなっているし!」
テイルを木の上に置き去りにしたまま、地上へと降りる。
「二人きりって…、二人ではありません」
「はぁっ?あんな堂々と抱き合ってて、どう考えても浮気だろうがっ」
「失礼な。そもそもフォードとはまだ正式に……」
「おまえら…っ」
「姫様に仇なすもの…っ、覚悟!」
地上にいた護衛騎士達が剣を手に襲い掛かってきたが。
「うるせぇ!」
電撃が走った。バタバタッと感電して倒れる。まぁ、そうなるよね。
フォードは護衛騎士達に目もくれず私を見る。
「なんで勝手に家を出た?」
「それは…、五日も帰ってこなかったし、私が作ったパンも食べなかったし……」
「クソ王女が脱走したって情報が入ったんだよ、絶対にオレ達のことを逆恨みしているから捜してた。パンを食べなかったのは……」
急に声のトーンを落としてボソボソと言う。
「セブンと仲良さげにしてたから」
「………あの程度で五日も放置されたのでは先が思いやられます」
「しょーがないだろ。なんか、セブンの野郎はムカつくんだよ」
「言葉にしてください。黙って放置されたら飽きられたのかと思います」
フォードは『ごめん』と謝った。
「ごめん。くだらない嫉妬をした。リムゼンとライマにも怒られて…、家に帰ったらいなくて焦った」
慌てて探しに出て、情報収集のために立ち寄ったギルドでマギーが襲われたと聞いた。
幸いマギーは気絶させられただけで、フォードがいるのに気づくと『アリーが攫われた』と教えてくれた。
すぐに捜しに出たが、相手は規律の厳しい修道院から脱走している王女だ。準備万端で計画的犯行なのは間違いない。
手がかりは少なく、徹夜で探そうと思っているところで花火を見た。
あとは真っすぐ花火の方角に向けて走るだけ。近くまでくれば匂いでわかる。
「今頃、王都で大騒ぎになっているぞ。なんだよ、あの魔法は、不謹慎にもめっちゃきれいだと思っちまった」
「ですよねっ、花火って言って…、私の故郷ではもっとたくさん、空に打ち上げていました」
「二人きりで見たいけど、あの大きさじゃ他の人にも見られちまうな」
なんて話していると。
「あのさぁ…、なんでこの緊急事態にいちゃいちゃしてんの…」
リムゼンの声に視線を向けると、ディアスとライマもいた。
「アリー、ケガはない?」
「うん。私よりマギーが心配」
「ファーナム伯爵様にお医者さんをお願いしてきたし、仕事に影響があるようならその補償も頼んできたわ」
良かった。ファーナム家が面倒をみてくれるのならば安心だ。
ホッと息をつくと。
「ディアス兄様っ、その女が…っ、私はあいつのせいでっ」
ジェンナが髪を振り乱しながらディアスの胸に縋っていた。
「兄様、あいつらをこらしめてっ。私、あんな場所に戻りたくない!」
ディアスは…、困ったようにほほ笑んだ。
「何故、修道院を抜け出した?」
「あんな場所、私にはふさわしくないもの」
「それで…、護衛騎士達を巻き込んで脱走したのか?」
「彼らは私の騎士よ。どう使おうと誰にも文句なんか言わせない」
きっぱりと言い切った後、でも…と付け加える。
「一人、ふさわしくない者がいるの。その者は投獄して。あの女の味方をしたのよ。絶対に許せないわ」
「そう…か」
ディアスはどちらかといえば感情が豊かで、表情から感情がだだ漏れだ。なのに今はまったく読めなかった。ただ優しく微笑んでいるため、怒っているのか呆れているのか…。
表情をそのまま受け取るのならば『困った妹だな』と、優しい兄の顔だ。
「ジェンナ…、オレの可愛い妹」
「はい、お兄様」
パァッと笑ったジェンナの髪を、ディアスが無造作に掴み、根本近くから剣でバッサリ切り落とした。緩くウェーブした美しい金髪が地面に散らばる。
一瞬、ぽかん…とした後、悲鳴があがった。
「いやぁああああぁぁぁぁぁっ、髪がぁ…っ」
ジェンナが地面に捨てられた髪をかき集めている。それをディアスがほほ笑んだまま見下ろしていた。
「お兄様っ、どうして……っ?」
ふっと笑顔を消して、答える。
「それはオレが聞きたい。何故、王命に背いて修道院を抜け出した?」
「あんな場所、私にはふさわしくないわっ」
「だとしても王命だ」
この国では絶対の意味を持つ。背くのならば、それなりの筋を通す必要がある。
「おまえに巻き込まれた騎士達もこれで罪人だ。極刑はなくとも貴族籍から抜かれ、平民になった後、厳しい罰を受けるだろう」
「でもっ、私は………っ」
「温情をかけてくださった王と王妃の気持ちを、脱走、そしてアリー嬢の誘拐という形で裏切った。街でのおまえの評判は…、おまえだけじゃない。オレとおまえの評判は最悪だ。マイナスからの再出発なのに、さらに下に落ちてどうする」
ジェンナは関係ないと叫ぶ。自分は王女だから、王族なのだから…と。
王族である恩恵を受けるためには、王族としての責務を果たす必要があるというのに。
「オレはもう王族ではない。ただの冒険者でフォードの家に居候の身だ。ジェンナを助けることはできない」
「お兄様……」
「その髪ではしばらく人前に出られないだろう。反省すれば見逃すが、またこんな騒ぎを起こせば…、次は髪だけでは済ませない」
首ごと切り落とす。
ディアスの言葉にジェンナは地面にへたり込んだ。




