25 打ち上げ花火
寒かった。それに体が痛くて、頭の奥がズキズキと痛みを訴えていた。
何が…、何が起きたのかよくわからない。
重い瞼を無理に開けると、倉庫のような場所だった。埃っぽい。
両手、両足を縄のようなもので縛られているが、魔法を使えば脱出できるはず。気持ちを落ち着かせて転移の魔法を使おうとしたが…。
右手からすぅ…と力が吸い出されるような気がして、慌てて止めた。
手首に嵌められた何かに魔力を吸われた。
ということは魔法封じ?
すこし落ち着いたほうが良いだろうと呼吸を整えていると、倉庫のドアが開いた。
入って来たのは若い女の子と五人の男達。
男達に関しては曖昧な記憶しかないが、少女に関しては覚えがあった。
この国の王女ジェンナ。修道女の服を着ているが、豊かな金髪は隠していなかった。
元は可愛らしい容貌だが、今は悪鬼のごとく凄みのある表情で私を見下ろしている。
「いいザマね」
修道院に放り込まれたはずなのに…。そして王女付きの騎士達も辺境伯の元で再教育ではなかったのか。
上から目線で私を罵倒しているが、恐怖よりも『この人達、大丈夫だろうか?』と心配になる。
フォードが既に私を見限っていたとしても、それとこれとは別。
私に何かあればファーナム家が約束を反故にされたことになる。フォードには貴族のメンツなんてものはなさそうだが、ファーナム家、そしてファーナム家に協力をしたレリュート公爵家とマクマレー公爵家はそうもいかない…気がする。
平民である私でもなんとなく理解できる。
公爵家と伯爵家に対して『約束していたけど、あの小娘、うっかり殺しちゃった、ゴメン』で済むのだろうか?済ませようと思ったら、王家もそれなりの代償が必要な気がする。
ぼんやりしていたら…、ぐりっと頬を踏みつけられた。
「フォードもこんなぼんやりした女のどこが良いのかしら」
「姫、顔は…、売れなくなります」
「本当にこんな女、売れるの?」
「えぇ、情報によるとこの娘はセブンと同じ落ち人だという話です」
「確かに…、獣人とは違う匂いがするわね」
そう言うと、私のお腹辺りを思い切り蹴った。
ものすごい音がした。息が詰まる。内臓…、大丈夫だろうか。
「姫、我慢してください。死んでしまえば逃亡資金も得られません」
「面倒ね。まぁ、いいわ。こいつを売る相手は残忍なヤツがいいわね。逃げられないよう手足を切り落とされて、犬のように這いつくばって生きればいいわ。それくらいでないと私の気が済まないもの」
そう言って、若いこげ茶色の犬耳男を一人残して倉庫を出て行った。
たぶん顔に痣ができただろうが、そちらよりも内臓のほうが心配だった。ライオン獣人のせいか女の子にしては力が強い。あんな力いっぱい蹴られたら売られる前に死んでしまう…。
必死に痛みに耐えていると残っていた犬耳の男が近づいてきた。
「静かに、声をたてるなよ」
そう言って、小瓶の中身を私の口に流し込んだ。
ほんの一分くらいで痛みがましになった。治癒ポーション…かな。とても高価なものなのに。
「………ありがとう」
「………」
小さくため息をついた後、首を横に振った。
「オレは…、弱い」
騎士に憧れ、国を守り尊敬される騎士を目指した。若く見栄えの良い容姿で王女の護衛騎士に選ばれた。最初のうちは出世できたと喜んだが、すぐに間違いだったと気づいた。
尊敬されるどころか、他の騎士達からは『見た目だけ』とバカにされ、王女の悪行のせいで文官や市民達からも嫌われた。
しかし…、自分から辞められる立場にはない。
王女に逆らえばどんな目にあうかわからない。自分だけでなく家族にも迷惑をかけるかもしれない。
下っ端ゆえに逆らえず、流されるままここまできてしまった。
「だけど…、もう終わりにする」
悲壮感が漂っている。
「………早まらないでください。貴方一人の命で解決する問題ではありません」
「だとしても」
私の右手から魔法封じのリングを外した。
「あんた、魔法を使えるんだろ?これで…、逃げられるよな?」
「一緒に逃げましょう。きっとファーナム家が助けてくれます」
「いいや…、オレはもう………」
ぼろぼろと涙をこぼした。
限界に達してしまったのだろう。
可哀そうに。
捕まって売り飛ばされそうになっている私よりもよほど可哀そうな気がした。
マギーあたりなら『そんなわけ、あるかっ』と突っ込みそうだけど。
「貴方、魔力はありますか?」
「………少しだけ。生活魔法程度しかない」
「そう、ですか」
それでは一緒に逃げることは難しい。ならば……。
両手、両足の縄をほどいてもらい、天井に向かって指をさす。
イメージしたものは、打ち上げ花火。
天井を打ち抜き、大輪の花を咲かせる。派手なほうが良い。人目につけば…、フォードが目にしなくても話題にのぼれば私だと気づくはず。
たぶん、これも非常識魔法に分類されるから。
意識をぐっと集中させて…、ドーンッ…と大きな音が響き、何事かと他の男達が部屋に飛び込んできた。
それを防弾ガラスのイメージで防ぐ。
「魔法!?使えないはずじゃ…」
「テイル…ッ、裏切ったのかっ?」
男達が何もない壁をドンドンと叩くが、素手で壊れるほど柔な壁ではない。防御結界に関しては真面目に練習してきたのだ。
ガタガタと震える若い男…テイルに向かって叫ぶ。
「しっかりしてください。貴方は誇り高い騎士になりたかったのでしょう?ファーナム家のバートン様やオーリアン様なら、泣く前に最善を尽くしますよ」
テイルは服の袖で乱暴に涙を拭うと、剣の柄に手をかけた。
「テイルッ、小娘を捕まえろ。そうすれば今まで通りだ。姫もきっと許してくれる」
男達の言葉に首を横に振った。
「オレはもう自分の心に嘘をつきたくない。その女は王女という肩書があるだけで、尊敬できる点などひとつもない。あんた達にも…、もう従いたくない」
「………死にたいのか?」
頷いた。
「どうせ死ぬのなら意味のある死を。オレは命をかけてこの子を守る。絶対に死なせない!」
えぇ…、それは困る。とても困る。
「いえ…、貴方に死なれたら私、罪悪感が凄いことになりそうなので、なんとか生き延びる方向で頑張りましょう」
テイルは私の言葉に思わず…といったふうに笑った。
「では、死なない程度に頑張ります。貴方の結界が崩れたら、どうすればいいですか?」
「そう…ですね」
新しい魔法を使ってはいけないと言われたが、既に使ってしまったし、今は緊急事態だ。
魔力が尽きる前に脱出しようと、今は味方となった騎士テイルの腕を掴んだ。




