23 セブン
入口とは反対方向にドアがふたつある。片方から黒豹マークが、もう片方から白猫レインがワゴンを押しながら出てきた。お茶とお菓子が乗せられている。ハーブティーにフロランタンだ。
「それでは改めて自己紹介をしよう。私はホセ。魔法学院で教官もしている。こちらの二人は魔法学院の卒業生、マークとレイン。魔法院では新魔法の解析をしている」
三人は私が迷い人であることも知っていた。というか、それを知らなければ私が作る魔法の特異性を説明できない。
「魔法はイメージする力、それを実行に移すだけの魔力がなければ発動しません。イメージする能力が低い方は技術と熟練度…、魔法陣や詠唱に頼ります」
マークとレインが交互に喋る。
「アリーさんのように魔法陣も予備動作もなく長距離転移をすることは我々には不可能です」
「転移魔法を発動する前に考えてしまいます」
「必要な魔法陣、魔力、そして転移した後のことを考えてしまうと、長距離での移動なんて恐ろしくてできません」
その通りでございます…。私にももうできません。魔力枯渇で死にそうになったので。
「こちらの念写の魔法も素晴らしい」
「とっても美味しそうですね。本物のように美味しそうです。私もガレットのお菓子は大好きなので、今日はガレットのお菓子を用意させていただきました」
ホセ教官が苦笑しながら言う。
「しかし、素晴らしすぎてね。アリー嬢の争奪戦が魔法院内で起きている。先日の…、長距離転移事件は隠しようがなかった」
会議室からいきなり消えたのだ。
魔法院内を捜し回り、その時点で『魔法院から少女が忽然と姿を消した』ことが広まってしまった。
次にジェンナ王女一派が『少女を殺したのでは?』と囁かれ、そういえば王女の横暴は目に余る、魔法院の秩序を乱す…となり、その日のうちに出入り禁止の処分が下された。
その時点ではどこまで有効かわからなかったが。
「そしてアリー嬢が遠く離れた村で見つかったと聞いた」
転移の魔法は入念な準備が必要で、出発地点と到着地点に魔法陣が必要だ。使う魔力も膨大で、高額な料金を支払える者しか使えない。
「でも…、きっと二度と使えないと思います。魔力枯渇で死にそうな目にあったので、次にやるとしたらフォードと一緒に飛ぶとか…」
「二人同時に飛べるのか?」
マークにすごい勢いで聞かれた。
「いえ、試したことはないです。仮にやるとしたら、フォードと一緒でないと魔力が枯渇してつらいなって…」
「なるほど、魔力枯渇以外に障害はないということですね」
「で、できるかどうかはわかりませんよ?」
「念写の研究が終わったら、試してみましょう。フォード様の魔力は魔法院の研究者達と比べても抜きんでて高いものです。きっと何度も試せますよ。魔力回復ポーションも準備しておきますからね!」
レインってば子供のように目をキラキラさせているが、言ってることが容赦ない。
「アリーの魔法でもう一つ。弾丸と呼んでいる土魔法がある」
うっかり岩を砕いてしまった魔法だ。
「今はオレの許可なく新しい魔法を試すなと言ってあるが、本人に『新しい魔法』だという意識がない。例えば…、アリー、身体を軽くする魔法を使ってみてくれ」
体を軽く…、頭に小さなプロペラを乗せて……、ふわりと浮く。
「これは…、重量軽減ではなく浮遊の魔法ですね」
「言葉の受け取り方でイメージするものが変わる上に、それを実行に移す魔力と想像力がある」
三人を見渡して言う。
「な、恐ろしいだろ?」
頷かれた。
「あの…、私に想像力があるわけではないのです。生まれた国ではずっとテレビを見ていたので…」
私が騒がないよう、母はずっとテレビを見せていた。それこそ赤ちゃんの頃かららしく、テレビがあれば泣きもせずおとなしかった。
決して私が凄いわけではない。
その後は『テレビ』について盛り上がり、帰る時間になってしまった。
フォードがひょいと私を抱える。
「自分で歩けます」
「オレが運んだほうが早い」
長い足でスタスタ歩きあっと言う間に建物の外に出てしまった。
何かに警戒しているようだ。
「フォード、何か…いるのですか?」
「いや…、なんとなく嫌な空気が………」
私を抱えたまま、飛んだ。
ふわりと着地して元居た場所を見ると、金髪碧眼のこの国にしては小柄な青年が立っていた。
『残念、フォード君の尻尾は触れないか』
日本語…だった。驚いていると。
『黒髪に黒目、その肌の色は日本人だね』
頷く。
『日本語、わからない?』
『わかります…、たぶん、わかります。ただ、久しぶりすぎて……』
『はじめまして、オレの名はセブン・イレ〇ン。見た目は外国人っぽいけど日本生まれの日本育ちだよ』
………名前。
反応に困る、名前だ。
固まっていると。
『あれ?ロー〇ンかファ〇マのほうが良かった?よく行ってたコンビニはどこ?』
にこやかに聞かれて、律義に答えてしまう。
『家から近かったのは…、デイリーヤ〇ザキです』
セブンは『焼きたてパンが美味しいね!』と。
「アリー、オレにもわかる言葉で話せ」
フォードの地を這うように不機嫌声に、慌てて説明をした。
「たいした話はしていません。コンビニの話です」
「セブン、勝手にオレの尻尾に触ろうとするな、アリーに話しかけるな、二度と近づくな」
セブンは笑いながらそのすべてにノーと答える。
「オレは迷い人だから触ってみたい尻尾があったら手を延ばすし、アリーちゃんとも話したい。ゆえに今後も見かけたら積極的に声をかける」
「アリー、行くぞ」
歩き出そうとしたフォードを止める。
「あの…、ひとつだけセブンさんに聞きたいことがあるのですが」
「……………」
「お菓子のレシピを知っているセブンさんなら、調味料のレシピも知っているかもしれません」
セブンが首を傾げた。
「調味料?」
「はい…、ご存知なら教えてください。マヨネーズの作り方を」
セブンは『わかるよ~』と軽く答えて教えてくれた。




