21 家に帰りたい
大変なことになってしまった。
私達はファーナム家に戻ってきたが、ライマは『一人にしてほしい』と客室にこもってしまった。
あんなに番と出会うことに憧れていたのに。
まさか…、王子様だなんて。
ジェンナと私とのいざこざがなくても、ちょっとあの王子はお勧めできない残念さだ。
国王の謝罪の場に許可なく入り、謝罪を台無しにしてしまった。本来は私のような小娘に謝ることなどない。たとえ王女のほうが悪かったとしても、絶対に謝ってはいけない。くらいの勢いで王家の威信は守られている
だから正式な謁見の場ではなくサロンでお茶会を装った。こちらもそれを受け入れたし、私としてはジェンナからの嫌がらせさえなければ、本人が修道院に居ようと城の中で謹慎していようと…、外で自由に遊んでいてもどうでもいい。
疲れてぐったりとソファに座っているとフォードが右横に座った。
「ほら、手」
言われてフォードの左手に自分の右手を乗せる。
「フォードから魔力を貰うと眠くなってしまいます」
「寝ていいよ」
「でも、ドレスが…」
「脱がしてやろう」
手を離した。
「ホリーを呼びます」
「………そうだな」
苦笑しながらホリーを呼ぶためにベルを鳴らす紐を引っ張った。
「………我慢はつらいですか?」
「もう慣れたし、オレはアリーと恋愛結婚したい」
「恋愛は…、人を好きになるのは難しいです。今日、改めて思いました」
フォードが私の手を握る。
「ライマには幸せになってほしいな。オレも心から思っている。彼女はとても良い子だ」
ぽかぽかと暖かくなってきて、ドレスも化粧もどうでもよくなって目を閉じた。
翌朝、普通に目覚めた。化粧は残っていない…気がする。夜着も好んで着ている厚手のもの。フォードにしっかりと抱え込まれていた。
誰がドレスを脱がせたのか気になるところだが、聞かない方が良いだろう。フォードはかなりの世話焼きなのだ。ホリーも来てくれただろうが、運んだのはきっとフォードだ。
だいぶ見慣れてきた整った顔を観察しながらささやく。
「顔は好きかも」
パッと目を開けた。
「本当に?」
「でも一番、好きなのは尻尾です」
「それは………、本当のことだな…」
布団の中で尻尾が移動して私のお腹の上に乗った。
「ふかふかの手触り、気持ちいいです」
「頼むからヨソの男の尻尾を触るなよ?リムゼンの尻尾も駄目だからな」
「本人の許可なく、また理由もなく耳や尻尾を触らない。もちろん知っています。獣人の常識です」
でもフォードの尻尾は触っても許される。
「そういえば…、獣人の中には完全に獣化する人もいると聞きました。フォードはできますか?」
「………おまえ、もふもふしたいだけだろう?」
仕方ねぇなと布団から出て夜着を脱いだ。慌てて視線をそらす。さすがに全裸は見られない。
ほどなくしてベッドが大きく沈んだ。
顔をあげると大きな虎が寝そべっている。黄金色の毛並みに美しい縞模様。
「………大きいです」
横に寝ているので、その上に乗る。
「そしてもふもふです」
「いつもは自分から抱きついてこないのに…」
「気持ちいい。最高の布団です」
「なんかムカついてきた」
そう言いながらもしばらく虎の姿でいてくれる。
「フォード…、家に帰りたいです」
「そうだな。帰って…、今度こそ魔法院にアリーを連れていかないと」
心配事や悩みは尽きないが、立ち止まってはいられない。
ライマのことはヴィクトリアさんにお願いをして、私達はフォードの家に戻った。
なんだかんだで長く家を開けてしまったが、ソフィアがきちんと管理してくれたようで腐敗した食材等もなくきれいに整えられていた。私の部屋のクローゼットの衣装が増えていた気がするけど、そこは気にしちゃ駄目な気がする。
フォードが借りている屋敷はキッチン、ダイニング、サロン…の他に五室。主寝室と私が使っている部屋、三室のうち一室は物置のようになっていた。
フォードが依頼で手に入れた素材や報酬などが突っ込まれている。適当に放り込んでおくと、ソフィアが片付けてくれるらしい。
残り二室は客間として家具が揃えられた。
「これからはライマとリムゼンが泊まる機会も増えるだろ」
「ライマをここに呼んでも良いのですか?」
「第二王子の番だってバレたら、ライマも狙われる。放っておけないだろ。自分の身を守るためにも訓練を続けたほうが良い」
今はファーナム家にいるが、借りているアパートに戻れば誘拐されても気づかない。
普通に暮らす分には安全な地区で、きちんと管理されているアパートだ。若い女の子の一人暮らしということで家賃が高めの優良物件を借りたが、それは酔っ払いが押しかけて来ないとか、押し売りが居座らない…というレベル。プロに狙われたら民家の鍵なんて意味がない。
「この屋敷はオレの防御魔法で囲んでいる。空からの侵入も不可能だ。今はアリーもいるし三重にかけてある」
全体を覆う結界ももちろん強力なものだが、その内側にもうひとつ、そして建物にもかけている。フォードが許可していない人間が入ろうとすれば強く弾かれる。
「弾くだけでなく音も出る……」
屋敷の外から『パァン…』と何か破裂するような音が響いた。こんな昼間から不法侵入しようとするなんて…、正気だろうか?
フォードに家の中で待つように言われたが『魔法の効果を見たい』とせがんで一緒に見に行った。
侵入者は……、弾き飛ばされたというのに笑いながら手を振っていた。
「すごいな、この屋敷の防御結界は!」
相変わらず声が大きい…、ディアス第二王子が先ぶれもなくやってきた。しかも門にあるベルを鳴らすことなくいきなり侵入しようとして結界に吹っ飛ばされた。
「ディアス王子殿下、オレの番が怖がるので声を小さくしてください」
「む…、そうか、すまん。ところでオレはもう王子ではないぞ」
は?
「今回のことの責任を取って王家を出た。今は…」
じゃーんっ。と嬉しそうにギルドカードを見せた。
「Gランク冒険者だ」
ワァ、ワタシとイッショ、デスネー。って、嬉しくない。
「と、言ってもつい先ほど、なったばかりでな。これからランクアップというヤツをせねば食べるものにも困る生活だ」
ははは…と明るく笑って言う。
「それで、何故、我が家に?ここにライマはいないし、いても会わせませんよ」
「それは…、わかっている。出直す前にアリー嬢に謝罪をと思ったのだ」
ためらいもなく床に膝をつくと深々と頭を下げた。
「妹可愛さのあまり、守らなくてはと思いすぎていた。周囲に耳を傾けることができなかった。本当に申し訳ない」
フォードを見ると呆れたように肩をすくめたが、怒っているようには見えなかった。
「ディアス殿下、王家からの謝罪はすでに受けています。頭をあげてください」
「私はもう王子ではない。呼び捨てにしてくれ」
「では…、ディアスさん、どうぞ椅子に腰かけてください」
「ディアスで」
押しが強いな、この人も。
「ディアス、せっかく入れたので冷めないうちにお茶をどうぞ」
「では頂こう」
紅茶とクッキーをつまむ。
女性らしさなどカケラもないが上品な動きだ。見た目も悪くない。さすが王子様、フォードに負けず劣らずの存在感。
「あの…、それでライマの事はどうなさるおつもりですか?しばらくはそっとしておいてほしいのですが」
「もちろんそのつもりだ。会えば欲しくなるが、それは彼女の意志にそむくことになる。私一人ではどう立ち向かえば良いのかわからなかったが…、オーリアンより助言を受けた」
番だからといって相手の意志を無視して良いものではない。最初の衝動さえ抑えることができれば、もっと理性的な付き合いができ、それは本能のままに欲するのとは別の幸福をもたらしてくれる。
「オーリアンは…、番を永遠に失ったと聞いた。あれほど冷静な男でも失敗をしたのだ。オレはその何倍も気をつけなければ絶対にやらかす。彼女の幸せを願うことも許されないのは耐えられない」
ディアスも悪い人間ではないのだ。ただ…、バカがつくほど素直で真っすぐなだけ。自分は嘘をつかないから、相手も嘘をつかないと思っている。
「冒険者としてやっていくのは大変だぞ」
「仕方ない。元王子なんて肩書は転職には何の役にも立たない…どころか邪魔なだけだ。幸いオレは剣の腕には自信がある。魔物相手にどこまで通じるかわからんが、身体も頑丈で身体強化魔法も使える。無謀な真似をしなければ死ぬことはないだろう」
フォードがため息をついた。
「おまえに死なれたら、ライマが哀しむ。それが番というものだ。ライマの気持ちを優先し、バカな真似をしないと約束するならランクをあげる手伝いをしてやる」
「それはありがたい」
「オレはリムゼンと二人で依頼を受けることが多いが、今後はアリーとライマも連れて行く。アリーは防御魔法、ライマは逃走スキルの強化をしているが、二人を守れる盾が居たら安心だ」
「守るための力を身につけろということか」
騎士としての戦いとは異なり、敵はどういった形で襲ってくるかわからない。魔物の集団か、暗殺部隊か。来てほしくはないが、ライマの今後を考えたら最悪のパターンを考えて準備しておかないといけない。
「ライマがおまえの番だとバレたら、どんなトラブルに巻き込まれるか予想もつかない。王家を出たといっても、王位継承権がなくなったとしても、王家の血が流れていることはついて回る」
ライオンの耳と尻尾は珍しい。虎も少ない。少ない種族は紛れることが難しい。
「肝に銘じておく。で、私は何からやれば?」
「そうだな……」
フォードが私を見て、私もフォードを見上げて。二人同時に答えた。
「庶民の一般常識を身につけるところから始めてください」
まずは、そこからだ。




