20 絶対に許さない
お城の中は美しく、そして広かった。一人で歩いたら迷子になりそうで、ずっとフォードの腕にしがみついていた。
国王との謁見は格式ばった広間ではなく、お茶を楽しむようなサロンで。そのためリムゼンとライマも同席を許された。
二人は同じテーブルではないが別のテーブルにもお茶とお菓子が用意されている。『ガレット』のお菓子だ。
国王様と王妃様は『王女が大変失礼なことをした』とまず謝罪の言葉を口にした。そのことに私はかなり驚いた。
「いろいろと話の行き違いもあったようでな。お恥ずかしい話、私の耳に正確な情報が入ったのは一度目の使いが戻ってきてからなのだ」
「原因をお聞きしても?」
伯爵の問いに苦い表情で答えた。
「第二王子であるディアスが盲目的にジェンナをかばっており、そのせいで他の者達も少なからず影響を受けておる」
アルハン第一王子は次期国王となるために秒刻みで公務と講義、武術訓練をこなしている。
サリナス第三王子は留学中で他国にいる。
現在21歳の第二王子も国政を勉強中ではあるが、どちらかといえば…脳筋で難しいことを考えられない性質だった。
簡単に言うと『妹たん、可愛い、正義』と『王家偉い、正義』だとか。目の前で弱い者いじめがあれば弱者をかばうし、自身は平民差別などしていない。しかし、妹が絡むと駄目だった。
「妹の涙にコロリと騙されるとは本当に情けない…」
王妃様も涙目だ。
母親といっても一国の王妃と王女。公務が忙しく何日も顔を合わせないこともある。家臣も良くない噂は積極的に耳に入れようとしない。一度、隠されてしまうと…、さらに隠ぺいしようする力が働く。被害が拡大すればするほど、真実を告げにくくなる。
ファーナム家の力技でやっと『これはもう隠しきれない…』となった。
アホな第二王子とバカな王女は置いといて、王家側としての方針は決まっている。
王女は厳しい修道院に放り込み、反省するまで出さない、とのこと。小芝居に周囲が騙されることがないよう、魔法院にも協力をしてもらいチェックする。修道院内部から裏切り者が出るかもしれないと、そこまで疑ってかかるそうで…。
王女はまだ15歳。様子をみて修道院にそのまま軟禁か、政略結婚の駒とするか決める。改善されない場合は嫁ぎ先の条件が悪くなる。
でも…、自ら反省ってかなり難しい気がする。
「ディアスのほうはジェンナを引き剥がせば少しは冷静になるだろう。今は洗脳状態に近い」
そちらは私達には直接関係のない話だ。
私としては国王と会うなどという緊張状態から早く解放されたい。二度と巻き込んでくれるなと願うばかりである。
「それからジェンナの教育係と騎士達も再教育をすることになった。こちらは辺境伯が引き受けてくれるという」
ファーナム家に並ぶ超武闘派で国の北側の山岳地帯を守っている。自然環境が厳しく、それ以上に辺境伯の自衛軍は上下関係に厳しく訓練は国軍が泣いて逃げたくなるレベル。
「ファーナム家としてはアリー嬢への謝罪がきちんとされるのならば、これ以上の異議を申し立てる気はございません。一族の者達にも速やかに元の職務に戻るよう伝えましょう」
一族の者達…、何人くらいでストライキを起こしたのか気になるところだ。
ちなみにジェンナ王女殿下本人からの謝罪はない。ないけど、こちらもそんなものは期待していない。
やれやれ、これで解決かと少し空気が緩んだところでバァンッとドアが開いた。
「父上、ジェンナのこと、聞きましたよ!」
背の高い騎士服の男は許可も取らずにズカズカと部屋に入って来た。
ライオンの耳と尻尾、焦げ茶の髪は武官らしく短くしている。きりっと上がった眉に涼しげな目元、大きな口で声も大きい。
凛々しい男前だ。
「何故、ジェンナの話を嘘だと決めつけるのですか?フォードが平民の娘に騙されているという可能性だってあるはずだ!」
いえ、ないですよ…。
大きな声に体がすくんでしまい、気づいたフォードが私を守るように抱え込む。
これが第二王子……。
私達の方に視線を向けた。ギリッと睨むような目をしたのは一瞬で、次に驚いた顔になった。
それも一瞬で、最後にぱぁっと笑った。
「オレの番!」
え、まさか私じゃないよ…ね?フォードが警戒して膝の上に乗せるように抱えた。
そんな私達の横を素通りし、ディアス王子はライマの横に膝をついて手を取った。
「こんな所にいたなんて…、オレの運命の人!」
ライマも一瞬、嬉しそうな顔をしたが、すぐに表情を強張らせる。
「………いいえ、お断りよ。運命でも、受け入れがたい相手だわ」
強い口調で『貴方と番なんて、死んでも嫌だ』とディアス王子の手を振り払った。
ディアス王子は泣きそうな顔でライマに愛の言葉を告げ、ライマは『絶対に嫌だ』と拒否し続けている。
何度か繰り返されて、ライマの横に座ったリムゼンがストップをかけた。
「ちょっと、待って。ディアス王子殿下は一分でいいから黙ってて」
ライマに聞く。
「あれほど番に憧れていたのに、ここで拒否していいのか?ライマの番はこのアホ王子だけかもしれないんだぞ?」
「………っ、いいの。こんな人と結婚するくらいなら、私、一生、独身で過ごす!」
「番の魅力に抗えるのか?ちゃんと自制できるか?」
「フォードだってコントロールしているじゃない。私だってできるわ。今は番の魅力以上に、この王子が嫌なのっ。大嫌い!」
ディアス王子が『何故だ…』と涙声になる。
「条件は悪くないはずだ…。この国の王子で将来は公爵位。見た目だって嫌悪されるほどひどくはないはず…。夜会では私とダンスを踊るために令嬢達が列を作る」
「お嬢さん、私からも聞いていいかな?何がそんなに嫌なんだい?」
国王の言葉に『信じられない』と怒りで震えながら答えた。
「貴方達は自分の娘が、妹が、アリーに何をしたか知っているでしょ?アリーは私の幼馴染なのよ?骨にヒビが入るほどの怪我をして、それでも相手が王家だからって穏便に済まそうとしているのっ。私はね、アリーが許しても、絶対に許さない!」
「し、しかしジェンナは……」
「あんた以外、全員が口を揃えてジェンナは性悪女だって言ってんのよ。妹をかばう優しいお兄さんな自分に酔っているだけじゃない、気持ち悪い。噂が耳に入った時点で、どうして真実を確かめなかったの。妹を信じている、なんて言い訳にもならないわ。貴方は王子なのよ?誰よりも謙虚で公平でなくてはいけないのに…、こんな王子、本当にこの国に必要!?」
ディアスが国王を振り返る。
しばらく目を合わせていたが、国王は…『いらないな』と静かに答えた。




