19 王城からの使い
伯爵家ご一行が村に滞在して二週間以上が過ぎてから王城からの使いが到着した。
村から王都まで通常の日程で十日かかる距離だ。王城で事実確認をしてから出発したのならこんなものだろう。
私は一瞬で来たし、フォード達は推定十時間くらいで到着したけど。
フォードとリムゼンはともかくライマも時速50キロ…くらいで走ってきたと聞いた時は驚いた。それでもケロリとして疲れた様子もなかった。魔法で補助すると疲れないと言われたが、いや、貴方達、普通じゃないからね。
使者様は馬車で来ているのにゼェゼェと肩で息をしていた。これが普通の人間だ。私も馬車と徒歩で来たらこうなる。
「とにかく皆様に戻っていただかねば国の政務が回りません」
王城からの使いは文官の一人で、ヒース様の顔見知りのようだ。救いを求めるような視線に、ヒース様は穏やかな笑みを見せた。
「私は五人もいる宰相補佐官のうちの一人。いなくても問題はないでしょう」
「いえ、ヒース様がいらっしゃいませんと宰相様のお仕事にあれこれと支障が…」
「残りの補佐官が頑張ればできますって。ただ宰相様のお仕事の全てに目を通し、優先順位をつけ、足りない資料を用意し、順番に印を押せるように、宰相様の出勤時刻までに準備を終わらせるだけです。簡単ですよ、今まで私一人で出来ていたことですからね」
うわぁ、それってもう宰相様のほうがいらないのでは……。
「私は現役を引退した身。引き留められて軍部に残っていたが、この機会に引退しようと思ってな」
「私は妻の希望もありますので近衛兵を辞め、家族仲良く田舎暮らしをしようかと」
「私は実戦的な戦いに身を投じたくなったので、このまま冒険者を目指すつもりだ。幸い弟が冒険者として活躍している。私程度の腕があれば暮らすに困らない程度は稼げると聞いた」
女性陣はにっこり微笑んで『夫に従います』と。
お迎えの人はまだ寒い季節だというのにだらだらと汗をかいていた。
「しかし、その、国王より書状が……」
フォードが書状を受け取り、突っ返した。
「すぐに戻れって言われてもな。戻る理由がない」
「し、しかし、ですよ」
「冒険者のオレは国王から命令される立場にない。ギルドからの依頼だって断る権利がある。あまりしつこいようなら、一家揃って国外脱出だな」
ヴィクトリアさんが美しい笑顔で言う。
「そうよね。ファーナム家は家格こそ伯爵家だけど、一族が揃えば国軍以上の武力があるもの。この国に縛られる理由はないわよねぇ。まぁ、長い付き合いだから、国王様にどうしてもってお願いされたら話くらいは聞いてあげてもいいけど」
「ヴィクトリアは優しいな。横暴な王の命令など聞く必要はないというのに」
「だって、可愛いアリーちゃんが涙目で平和的解決をしてってお願いしているのですもの。自分が一番の被害者なのに」
「そうだな。しかし国王側に歩み寄る気がないのだから仕方ないだろう」
「それもそうね。見て、この書状。すぐに戻れ、家を潰すぞ、ですって」
簡単に言うとそういったことが書かれていた。非常に遠回しに丁寧な言葉で。
「次に来る時は騎士隊総出かしらね」
「腕が鳴るな。久しぶりに暴れてやろう!」
「まぁ、旦那様、とっても素敵。頼りになるわぁ。惚れなおしちゃう」
なんて会話を延々と聞いているうちに、迎えに来た文官は胃の辺りを押さえながら『出直します』と言った。
そして二十日後。前回とは異なる文官が現れた。やけに貫禄のある人だが、既に顔色が悪い。
「おや、宰相様。どうなさいました?こちらへはご旅行で?」
にこにこ笑うヒース様の言葉に宰相様は真面目な顔つきで書状を差し出した。
「まず、国王に代わりファーナム伯爵家、フォード殿の番、アリー嬢に無礼な振る舞いがあったことをお詫び申し上げる」
深々と頭を下げた上で、強制はできないが王城に来てほしい。謝罪の場を設けたいと言われる。
こちらとしてもいつまでも決着を先延ばしにする気はなかったので、皆で王都へ戻ることにした。
宰相様は馬車で戻り、その到着に合わせて私達も王都へと戻った。
私以外は自分の足で走れるが、宰相様より早く到着してもあまり意味がないし、急いで参上する理由もない。むしろ待たせてやれば良いとゆっくりと馬車で帰った。
王城へ行くのは私とフォード、それに伯爵夫妻。リムゼンとライマも来てくれる。
王様との謁見の場には来られないが、控えの間までは行ける。問われてもファーナム家の従者だと言えば問題ないとのこと。
ばぁばに貰った家は掃除をしてしっかりと戸締りをしてきた。
次に帰ってこられるのは…、いつだろう。
「帰りたくなったらオレが抱えて走ってやる。転移の魔法は負担が大きいからな」
「そのことですが、フォードと一緒に転移すれば、魔力枯渇も起きませんよね?」
「………かもな」
「今度、試してみたいです」
フォードが苦笑する。
「魔法に関しては魔法院の専門家に聞いてからだ。いいな?絶対に新魔法を一人で試すなよ?」
いつの間にかフォードだけでなく魔法院の許可まで必要になっていた。
王都に戻りファーナム伯爵邸で一泊してから王城に向かった。
私だけでなくライマも貴族っぽいドレスを着ている。王城に入るためにフォードも貴族の正装をしていた。王子様っぽい派手な服で、元が派手なのでキラキラ度が増している。黒地に金刺繍の服はアイドルの舞台衣装のようだ。リムゼンも似た感じ。黒地に銀刺繍。お揃いか、仲良しだな。
「こんな服、久しぶりに着たよ。冒険者の服のほうが動きやすい」
「おまえ…、一応、子爵家の嫡男だろ。それでいいのか?」
「いいの、いいの。家は弟が継いでくれるから」
いいんだ…。長男が継ぐのが一般的なのに。
「なんだかドキドキしてきたわ」
「私も……」
ライマと手を握り合う。
「何かあればすぐに駆けつけるからね」
「ありがとう、ライマ」
今日のライマもとても可愛らしい。淡い水色のドレスでアクセサリーも青い石…サファイアで揃えられている。私のドレスは淡いオレンジ色でアクセサリーは黄金色だった。ダイヤモンドにオレンジがあるなんて知らなかった。
全身フォードカラーですね、もう、突っ込みませんよ。
ここで『番ではない』なんて言ったらイロイロと台無しになってしまうし、ちょっと受け入れつつもある。
フォードがそばにいてくれるなら怖くない。いや、怖いけどなんとか我慢できる。
馬車が王城に到着し、私達は揃って中へと足を踏み入れた。




