17 あの子、キライ
気合を入れても眠いものは眠い。疲れているし寒いし心細いし。
辺りは真っ暗になっていて、部屋の中も真っ暗で。
最近は一人で眠っていなかったし、部屋も暖かかった。魔法のおかげで毎日暖かなお風呂に入れたし、部屋も明るかった。
贅沢を覚えると、元の暮らしに戻った時につらい。
この家も魔法でお風呂、沸かせるようにしたいな。その前に水汲みの改良が必要か。
今…、何時だろうか。村の『就寝』の鐘は20時くらいに鳴る。それから四、五時間は過ぎている気がした。まだ夜中だ。そろそろベッドにあがれるかもしれないが、フォードに買ってもらったコートのおかげか覚悟していたよりは寒くない。無理に動かない方が良いかも。
日が昇るまで起きていられたら…。動けるようになったら暖炉に火をつけよう。少ないけど薪が残っていたはず。二、三日、耐えて近所に助けを呼びに行って……。
ガンッとドアを叩く音がした。
「アリー、いるかっ?」
フォードの声だった。
「アリー、いるんでしょ?返事をしてっ」
ライマも……、なんで………?
「アリーの匂いが強い。ライマの予想通りだ。ここにいる。ドアの仕組みは?」
「外から釘で打ちつけてあるわ。えっと…、ここと、ここと…」
そう待たずにドアが開いて二人が飛び込んできた。
「アリー!」
フォードに抱えられた。
「アリーちゃん、居たか?」
ぼうっ…と部屋が明るくなる。リムゼンも入ってきた。
「ドア、閉めて。暖炉に火を入れなきゃ凍えちゃう。アリー、薪を使うわよ」
何か言わなくては…と思ったけど、声が出ない。
「魔力枯渇か…」
フォードが手を繋いて魔力を流し込んでくれる。いつものポカポカとした暖かな……。
起きてお礼を言わなくてはいけないし、心配をかけたお詫びもしなくちゃいけないが。
気持ちの良い暖かさに誘われてそのまま眠ってしまった。
「うちから朝ご飯、貰ってきたわよ。薪もね」
「この家、キッチンも薪か…」
「田舎の家だもの。どこもこんな感じよ。冬はお風呂にもなかなか入れないし」
ライマとリムゼンの声。
フォードは…?
ゆっくりと目を開けると目の前にいた。
で、ですよね…。
「お、はよう…ございます……」
「アリー、起きたの?」
フォードと一緒にベッドから起き上がる。服は着ていたがコートと靴は脱がされていた。右手にも包帯が巻かれている。痛みが少し残っているが動かすのが辛いほどではない。
暖炉に火が入っているので部屋は暖かい。
「アリーちゃん、一人で転移魔法、使っちゃったんだって?魔法院、大騒ぎになったらしいぜ」
チラッとフォードを見て。
「新しい魔法を使って……、ごめんなさい」
フォードのため息にビクッと体をすくませると。
「悪かった。アリーを一人にしたオレの判断ミスだ」
ホセ教官に『迷い人』と『迷い人の魔法』について相談をしようと思い、本人を目の前にしてあれこれ言うのは不快に思うかもしれないと離れた。
私がいない場所で、私の話をされるのも不愉快だが、目の前で言われるのも…、確かにあまり楽しくはない。話し合いが終わったらすぐに私も交えて相談をするつもりだったが、王女に邪魔をされた。
「ジェンナ王女はフォードに一目惚れってヤツでさ。結婚するならフォードが良いって…何年前だ?確かフォードが21歳の時に参加した夜会だったよな」
王女は12歳。小学六年生くらいの女の子。欲しい物はなんでも手に入り、わがままも許され、大人達が機嫌を取る。
初めて参加を許された夜会で理想の王子様を見つけ、一気に舞い上がった。当然のようにフォードも手に入ると思っていた。
「そういった貴族のしがらみが嫌で冒険者になったのに、なんで小娘のご機嫌取りなんかしなくちゃいけないんだって」
番ならば別だ。王女でも12歳でも受け入れた。年齢差があるとか、片方がまだ子供…というケースもある。
だがフォードは王女に対して何も感じなかった。あえて言うなら。
「わがままなクソガキだけど一応は王女だからな。わざわざ王家と事を構える気もなかったが…、アリーを傷つけるのならやるしかない」
な、何を?
不敵に笑うフォードにリムゼンも頷く。
「オレもあの子、キライだったんだよ。もう、やっちゃっていいと思うよ。今回のことだってさ、フォードが魔法院にいるって聞いてわざわざ来たらしいぜ。アリーの事も知っててやったんだ」
冒険者仲間の情報網ですでにこの話はあちこちに飛び火しているらしい。
「もちろん私もぶっ飛ばすほうに賛成。王族相手に私が出来ることはないけど、でもアリーを傷つけたことは許せない」
ま、待って、話を大きくしないで…と、止めたけど。
「アリー、残念だがもう無理だ」
フォードが良い笑顔で言う。
「ファーナム家は超武闘派なんだ」
「……………え?」
「さすがに王家を潰しはしないが、最悪、それも有りうる」
リムゼンに視線で助けを求めると。
「いや、無理だって。男性陣より女性陣の方が黙ってないもん。伯爵夫人からしてみればアリーは自分の娘だ。その娘の手を踏みつけたなんてさ、会った瞬間にボコボコにされても王女は文句、言えねぇよ。ちなみに伯爵夫人、接近戦の猛者で、騎士百人でも楽勝で勝つ。オレも魔法を使えなかったら負ける、絶対に負ける」
「ここで引き下がった、オレがオヤジとおふくろにぶっ飛ばされる」
心配しなくても大丈夫だと笑う。
「根回しはする。これ以上、アリーに手出しはさせない」
私達は時期をみて王都に戻ることになった。
ライマも一緒に来てくれる。
「私は平民で何の力もないけど、アリーの側にはいられる」
実は…、王家との話し合いで結果的に一番、強烈な一撃を与えることになるのはライマなのだが、この時の私達にはわかるはずもなく。
ただ不安なのと、それでもフォードを信じなくてはという気持ちで…、離れたくないと初めて思っていた。




