16 魔力枯渇
話し合いには魔法院に所属する三人の職員が立ち会った。職員のうち一人はホセ教官で残り二人は若い男女だった。若いと言ってもフォードと同じくらいに見える。黒豹のマーク、白猫のレイン…魔法院の研究者だという。
その前にフォードが私の右手にポーションを塗ってくれる。
「ごめんな。ここはまだ魔法が使えないんだ。後で魔法院の誰かに治癒魔法を頼んでやるから」
ポーションのおかげで少し痛みが治まったので、大丈夫だと頷く。ズキズキと熱をもってはいたが我慢できないほどではない。
全員が席についたところで、ホセ教官が言う。
「魔法院の規律にかけて、嘘偽りなく真実を話してください。魔法院はご存知の通りすべての暴力行為を禁止している。破った者は魔力封じの上、魔法院への出入りを禁止される。よろしいですね?」
全員が頷くと新たに職員が二人、現れた。今度は老齢な男性二人で見届け人だという。
「この魔法石は嘘に対して反応をする。皆様、この魔法石に手をかざし、順番に何があったかをお話しください」
最初は私だった。
中庭を散歩していたら、突然、後ろから突き飛ばされ、相手が高位貴族だったためひれ伏した。
と、話すだけだが、途中、何度も詰まった。落ち着こうと思っても恐怖と混乱でうまく話せず、真実をどこまで語って良いものかもわからない。
途中、フォードに何度も『大丈夫だから』『本当のことだけ言えば良い』と言われ、ガタガタ震えながら話し切った。
魔法石はその間、いろんな色に代わり、私の混乱をそのまま映し出したような状態だった。
次に話したのはマーク。
「私は中庭が見える会議室にいました。中庭にはフォードの番がいると聞いていたため、中庭がよく見える会議室にし、話し合いの最中もずっと中庭を気にしていました」
会議室に居たのは四人。フォードがあまりにも中庭を気にするため、マークが『やはりこの部屋に呼べば?』と促した。
マークはその時点で窓から視線を外した。
続きをレインが話す。
「私のよく知るフォードとはあまりにも別人で、彼をそれほど夢中にさせる番はどんな女の子だろうかとずっと見ていました。私は自身が白髪に淡いブルーグレーの瞳なので、黒髪、黒眼の女の子に興味もありました」
のんびりと歩いている私の背後から王女が近づき、いきなり両手で突き飛ばした。
「嘘よ!」
王女が叫んだが『お静かに』と、椅子に座ることを促される。
「順番にお聞きします。レイン、続きを」
「はい。私は驚いて声をあげ、フォードに伝えました。フォードとホセ教官が部屋を出て行き、私はマークと一緒に中庭を見ていました」
砂利の上にひれ伏した私の手を踏みつけたところまでしっかりと見ていた。
そこにフォードが到着し、立ち去ろうとしたのを止められて騎士の一人を片腕で吹っ飛ばした。
「フォードは怪我をしている番を抱えていましたので、これに関しては手を出そうとした騎士が無謀だと思います。番を守る行為は本能であり、誰にも止められません」
ホセ教官はほとんど窓の外を見ていなくて、フォードも私が突き飛ばされた瞬間は見ていなかった。しかし、王女の足が私の手の甲に乗っていたのはしっかりと見た。
だから私を守ろうとした。
次に王女側の話で、そちらは『急に平民の女が王女の行く手を邪魔するように出てきたため、平伏するようにたしなめた』だった。
魔法石はまったく反応しなかった。激しく色が変わったのは私だけ。
王女は余裕の笑みを浮かべている。
「魔法石が反応したのは一人だけ…のようね。嘘をついているのは誰かしら」
怖くて仕方なかった。我慢しなくてはいけないと思うのに涙がこぼれてくる。ガタガタと震える私をフォードが抱きしめた。
「フォード…、残念だわ。貴方はまだその嘘つき女を信じるの?」
「残念なのはジェンナ王女殿下、貴女の方だ。オレはもう王家からの依頼は一切、引き受けない。おそらく…、この話がファーナム伯爵家に伝われば父も兄も辞職するだろう」
「何をバカなことを」
「ファーナム伯爵家はアリーをオレの番として認めている。そして我が家は一族の絆を重んじる」
ファーナム伯爵家の人達まで巻き込むことになるのかと目眩がした。
伯爵家の人達にだって生活があるのに、私一人のせいで…。
私がいなければ。
心臓がきゅう…と縮みあがった気がした。
騒動に巻き込まれるのも、私のせいで誰かが争うのも、怖い…。
「お静かに。まだ魔法石の判定は出ておりません」
ホセ教官が静かに言う。
「結果をお願いします」
「そうですな…。その前に、ひとつお詫びを。この魔法石は嘘を見破るためのものではございません」
「ただ、真実を映すためのものでございます」
魔法石が反応したのは私だけ。
私の…、何を映したの?
全員の視線が自分に集中した瞬間、イメージしてしまった。
逃げ出したい。
王族となんか関わり合いになりたくないし、暴力的なことも嫌い。田舎の小さな家で静かに暮らしたい。
こんな場所にいたくない、ばぁばの家に帰りたいと強く思った瞬間、空間が揺れた。
次に目覚めた時、私は…ばぁばの家で、床に寝ていた。
ひどく疲れていた。指一本、動かせない。ここまでひどくなったことは一度もないが、似た症状には心当たりがあった。
魔力枯渇。
いつもならばフォードが魔力を補充してくれるが、ここには誰もいない。
長く家を空けるため、家の中にあった食糧や水はすべて処分していた。外に出なくては水も飲めない。
だが、身体がまったく動かない。急がないと日が沈む。季節はまだ冬。恐らく外には雪が積もっている。すでに十分寒いが、夜になったらもっと冷えて凍死してしまう。
とにかく落ち着いて、寝ないようにしないと。寝たら二度と目覚めない。
こんな中途半端な状態で死ぬのは嫌だった。
悪いことなんて何もしていない。
川に飛び込んだ時とは違う。
私は今度こそ、望む生活を手に入れる。
じりじりと床を進み、床に敷いてあったマットを引き寄せた。少しでも体温を下げないために、身体に巻きつける。
フォードが買ってくれたコートもシャツも質が良いもので暖かい。
一時間も我慢すればもう少し動けるようになるはず。
魔法院に行ったのは午後からで、今は夕刻近い。気温が下がるだろうから外に出るほうが危険だ。
ばぁばの家は村のはずれにあるから、お隣の家まで二、三百メートル。這ってその距離は無謀だ。
眠らないために、生きるために何をすればいいんだろう。
私…、たぶん魔法でこの家にまで来たんだよね?
これって凄いことかもしれないが、魔力枯渇で動けないのではリスクの方が大きい。
フォードくらい魔力があれば連発できるかな。
フォードも一緒に連れてきちゃえば良かった…。そしたら…、魔力を補充してもらえたのに。
この国の王族になんて興味がなかったけど、ジェンナ王女殿下がきっとリムゼンの言ってた『フォードを気に入ってるお姫様』なんだろうな。
ライオンの尻尾だった。緩くウェーブした長い金色の髪で淡いピンク色のドレスを着ていた。目の色は…、覚えてないや。そんな所まで見る余裕はなかったけど、私の手を踏みつけた華奢な足は覚えている。銀色のキラキラしたヒールだった。
私自身がフォードの番だと認めたわけではないのに、それでもあんな嫌がらせをしてくるのってどうなんだろう?
フォードが私を特別扱いしたから?
………違うよね。
一国の王女ともあろうものが、私利私欲で罪のない平民を足蹴にするとか、そっちのほうが問題。
思い出したら右手が痛くなってきた。そっと見るとかなり腫れあがっている。ポーションだけでは駄目だったようだ。普段、持ち歩いているポーションは低級で、軽い疲れを取るためのもの。
この腫れ方は折れているかもしれない。すごい…力だった。
ライオンだものね、百獣の王。
本当の王様は弱い者にも優しいはず。本当に強い人は…、フォードはなんだかんだ言っても私にはいつでも優しかった。抱き上げる時も手をつなぐ時もいたくないようにと力を加減していた。
さっきも…、ずっと側にいて守って励ましてくれていたのに。
突然消えて心配しているかな。
新しい魔法を使うなって言われていたのに、怒られるかな。
国王命令で王女のお婿さんにされちゃったりしたらどうしよう。
二度と会えなくなったらどうしよう。
ここで死んでしまったら。
ずるずると這って、なんとかベッドまでたどり着いた。小さな家で良かった。ベッドの上にあがるだけの力はないため、毛布と掛け布団を床に落とす。マットの上に毛布を広げて、その上に転がって…毛布を巻きつけ、布団をかぶる。
たったこれだけの作業に一時間はかかった。
すごく疲れたが、ここからが本当の意味での戦いだ。寒さで眠ったら死ぬ。体力と魔力が戻るまで、そして夜が明けて気温があがるまで絶対に寝てはいけない。
ここで死んだら王女が高笑いして喜びそうで、それだけは何としても阻止してやると気合を入れ直した。




