15 悪意
恋愛してるっぽい。
と、言葉にはしなかったが、心の中でちょっと思う。別に…頑なに彼氏はいらない。と拒絶しているわけではない。ただ、過去のアレコレのせいで苦手なだけだ。
落ち着いて考えてみなくてもフォードはとても良い人だ。貴族の生まれなのに平民の暮らしを理解しているし、強くて優しい。虎耳と尻尾もかなり好き。
番の衝動を抑えきったのだから、今後もいきなり怒ったり殴ったり…しないよね。人の話を聞かない人だと思っていたが、フォードはまだ聞いているほうだとオーリアンとの一件でわかった。
フォードは譲歩していた、かなり。
他の貴族は平民の意見なんか聞かなくていいって思ってそう。
階級社会だから仕方ないことかもしれないが、こっちだって生きているのだ。
問答無用で踏みつけられれば痛い。
いきなり背後から突き飛ばされて地面に激突する勢いで倒れた…。肌が露出していた膝と手のひらを擦りむいてしまう。
振り仰ぐと見下すような視線。
豪華なドレス姿の女の子がいた。おそらく貴族、それも高位の。背後には見目麗しい騎士達もいる。
理由はわからないが、立ち上がって抗議などすれば捕まってしまう恐れがある。問答無用で牢屋に放り込まれ、侮辱罪あたりで強制労働。
私の服はカジュアルな冒険者スタイルで服の汚れを気にしなくて良い。
その場で態勢を整えようとしたら。
「場所を間違えてないかしら」
下賤な者はこれだから…と視線を横に移した。
ここは魔法院内にある中庭。それなりの広さがあり、人が通る石畳の脇は砂利石が敷き詰められていた。
つまり高位貴族が通る道に平民がいるのは無礼だと。
砂利石の上に移動して土下座のような姿勢を取った。逆らえば…、どうなるかわからない。
私と同じ年頃に見える少女の背後には屈強そうな騎士が四人、そして文官も一人ついていた。普通の貴族ではないのかもしれない。
なんでこんな事になってしまったのか…。
今日は新魔法の登録のためにフォードと一緒に魔法院に来ていた。
念写魔法をフォードも使えるようになり、今では二人ともかなり正確に見たものを紙に写せる。
魔法院の外観は美術館のようで入り口には窓口がいくつも並んでいた。そのうちのひとつ、新魔法の登録窓口に並び、受付が終わったところでフォードが声をかけられた。
「やけに目立つ男がいると思えば、我が教え子、フォード・ファーナムではないか。珍しいな、君が魔法院に来るなんて」
「ホセ教官…、ご無沙汰しております」
「今日は何をしに?」
「私の番が新魔法を完成させたのでその登録に。番のアリーです」
決定事項として紹介されるのは困る気もしたが、ここで強く否定してフォードに恥をかかせるのは…ちょっと違う気がする。そして最近はそこまで嫌ではない。フォードには言えないけど。
おとなしく自己紹介をした。
「アリーです。こんにちは」
「これは可愛らしい。人族の純種に近いな」
ホセ教官は柴犬っぽい耳と尻尾がある。私から見れば教官のほうがよほど可愛らしい…、ふさふさの黄金尻尾である。
フォードは少し考え込んだ後、私に中庭で待つように言った。二人で話をしたいようだ。
魔法院はすべての暴力行為が禁止されているし、受付や中庭など一般人が出入りする場所は魔力封じの結界が張られている。
ここで私に暴力をふるえば、ふるった方がただでは済まされない。
「どんなにアリーが可愛くて魅力的でも、手を出した瞬間、魔法院から見放される。魔法に少しでも携わる者なら、そんな危険は犯さない」
魔法院はすべての魔法を管理している。出入り禁止をくらうだけでなく魔力封じもされてしまうとのことで、確かに…、小娘一人に手を出した代償としては大きい。
魔法って使いなれてしまうと便利だものね。今さら使えなくなったら…、かなり困る。好きな時にお風呂に入れないし、浄化魔法を使えなくなったら、まな板の殺菌が面倒だ。
それにしても…、可愛くて魅力的って、相変わらず恋は盲目状態だな。わざわざ地味な私に声をかけてくる暇人なんているわけない。
のんびりと建物を眺め中庭を散歩しているだけでトラブルに巻き込まれるとか、絶対にないから。
そう思っていたのに。
砂利石の上に直に正座するような姿勢は足がとても痛かったが我慢した。
穏便にやり過ごすためには逆らってはいけない。
魔法院のルールを知ってなお、この少女もお付きの人達も止めないのだから、相手は高位貴族どころではないかもしれない。
地につけた右手をギリッと踏まれた。ハイヒールの踵は尖っていて悲鳴が出そうなほど痛かったがなんとか声を我慢した。
こういった手合いは泣き叫ぶほど喜ぶ。
「あら…、あんまり汚い色で地面かと思ったわ。なんだか気持ち悪い肌の色ね」
差別的な言葉にも奥歯を噛みしめて頭を下げていると。
「アリー!」
フォードの声に顔をあげた。
文字通り飛ぶような速さで来て、少女を押しのけると私を抱きあげた。
「フォード…、ごめん…、ごめんなさい……」
理由はわからないが高位貴族の不興をかってしまった。
涙目の私にフォードが言う。
「違う…、オレのせいだ。悪かった一人にして。一人にすべきじゃなかった」
そのまま歩き出す。
「ま、待ちなさい!フォード、待ちなさいったら!」
止まる気のないフォードの前に騎士達が回りこんだ。
「お待ちください、フォード殿。ジェンナ王女殿下がお呼びです」
フォードは騎士達を避けて歩き出したが、引き留めるために手を出してきた。
瞬間、騎士の一人が吹っ飛んだ。
「フォード殿!こんなことをして……、いくらフォード殿でも許されませんよ」
文官の言葉にフォードが唸るように言う。
「そっちこそ、誰に対して、何をやったかわかっているんだろうな?」
「………ジェンナ王女殿下の前に平民の娘が飛び出してきたため、下がらせただけです」
飛び出してなんかいない。でも…、王女殿下相手に言い訳なんかしても意味がない。
ハラハラしながら睨みあうフォード達を見ていると。
「……わかった。そちらが穏便に済ませる気がないのなら、こちらも引く理由がない」
険悪な雰囲気のまま、私達は魔法院の中にある会議室に移動した。




