12 話し合い
着ていたワンピースはなんとなくヨレッとしていたので、夕食前に別の服を着せてもらった。これから食事だというのに白地に小花のワンピース。可愛いけど、汚れたら目立つ…。食べ物をこぼさないように気をつけなければ。
食堂に行くとフォードのお父さんが帰ってきていた。
ローム・ファーナム卿…、伯爵で軍人。
背はフォードと変わらないけど、身体の厚みと眼光の鋭さが違う。少しだけくすんだ黄金色の髪と赤茶の瞳だけど圧がすごい。
めちゃくちゃ怖い…。
怖いけど挨拶をしなくては。
「は、はじめまして。アリーと、も、申し、ます」
声が震えてしまった。
ファーナム伯爵は……、にこーっと笑って両手を広げた。
「お義父様と呼んでいいんだよ。さぁ、おいで~、怖くないよ~」
………いや、怖いから。別の意味で怖いから。
「兄貴は?」
「自室で食べるそうよ。話し合いには参加するわ」
「アリーちゃん、ほら、お義父様のお膝の上においで」
「オレとアリーもそうすりゃ、良かったぜ」
「本当に、ねぇ……」
ヴィクトリアさんがファーナム伯爵の耳を引っ張った。
「いたたっ」
「アリーちゃんが怖がるから、やめなさい」
「し、しかし…」
「やめなさい」
「………はい」
威圧に負けておとなしく座ったので、私達も席についた。
貴族の食事はフランス料理のフルコースに似ている。日本で食べたことはないけど、ぼんやりと覚えている。もちろんマナーなんて知らないが、それはフォードが教えてくれた。
ステーキやハンバーグを作った時についでに…って感じで、今までもナイフとフォークの使い方を教えてくれたのだ。
ちなみにハンバーグはこちらの世界ではあまり見ないようで、フォードはめちゃくちゃ気に入っていた。
貴族の食事は緊張するが、隣にいるフォードが小さな声で合図したり、教えてくれたり。大きなステーキ肉も食べ残す前に半分、引き受けてくれた。
「うちの食事も悪くねぇけど、アリーの飯のほうが美味いな」
「え、やめてください。ここのご飯のほうがどう考えても圧倒的に美味しいです」
スープは深みがある優しい味で、野菜は美しく均一に切られている。お肉には一切の臭みがなく柔らかい。デザートは美しいフルーツタルトだった。この季節に何種類ものフルーツを取り揃えるのは大変なはず。
「アリーを褒めてんのに」
「褒められても嬉しくないです。空気を読んでください」
二人でコソコソと喋っていたつもりだが周囲には聞こえていたようで、ヴィクトリアさんに言われる。
「ここの厨房も使っていいわよ。ソフィアからも聞いているわ。えーっと、ハンバーグ?だったかしら。美味しいのでしょう?うちのシェフに教えてレシピをあげて」
ハードルがあがった…。日本での記憶を頼りに作っているなんちゃってレシピなのに。でも何もせずに過ごすよりはましかもしれない。厨房と食材にもちょっと興味がある。
食事を終えるとサロンに移動をした。
オーリアンは不機嫌どころか怒りの表情で現れ、部屋の奥にある一人掛けの椅子に座った。
フォードが苦笑しながら言う。
「怖いなら、部屋で待っていてもいいぞ?」
「………いえ、居ます。自分のことは、自分で決めます」
フォードに流されてはいるけど、この関係はまだ私の希望が反映されている。
一番豪華なソファに伯爵夫婦、フォードと私はその向かいの椅子に座った。
「まず、アリーが迷い人だってことから…、だな。そこを理解してもらわないと、アリーとは付き合えない」
「………本当に迷い人なのか?既に王都にはセブンがいる。迷い人はそう何人も現れるものではない」
「セブンは三年前にこの世界に来たが、アリーはもっと前から居た。何年かはオレも聞いてない」
オーリアンとフォードに見つめられて答える。
「たぶん…、九年前。七歳の時に川に落ちて、気づいたらこの世界にいました」
「証拠となるようなものは?」
オーリアンは誰に対してもそうなのか、尋問みたいな聞き方だ。
証拠と言われても…、当時、着ていた洋服等はばぁばと相談をして燃やしてしまった。残しておくほうが危険だと判断してのことだ。
「証拠なんて必要ないと思うけどな」
フォードが代わりに答える。
「ガレットの菓子を見て『滅多に食べられなかった』って言ったんだよ。店は最近オープンしたばかりで商品はすべてセブンが『ニホンのコンビニスイーツ』ってヤツを思い出しながら開発したものだ。オレには何のことかわかんねぇが、アリーは知っているんだろ?」
頷く。
「私の故郷は『日本』です。日本には『コンビニ』と呼ばれるお店がたくさんありました。私が作るおにぎりやパンもコンビニの商品を思い出しながら作ったものです」
「ハンバーグもか?」
「それも売っていました」
「コンビニ、すげぇ店だな……」
フォードが妙な感心の仕方をする。が、そこは否定しない。日本のコンビニはすごいのだ。
「迷い人には野生がまったく残っていない、完全なる人族だ。この国にはいないし…、この大陸中を探してもほとんどいない」
会おうと思えば海を渡らなければいけない。他の大陸にいる人族がたまに来ることもあるが、この世界の人族なので魔力がある人も多く、番への理解もある。
「アリーに認めてもらおうと思ったら、番の吸引力じゃダメなんだよ」
オーリアンが顔を歪めた。納得できないし、したくもないのだろう。
「ならば、経済力や社会的地位ということだろう?」
オーリアンは現役の近衛騎士だ。街の衛兵や国防軍と異なり国王の騎士。名誉ある仕事で、騎士の頂点とも言える。
近衛騎士になれば爵位が与えられるため、オーリアンもいずれ男爵か…、結果を残せばもっと上の爵位が与えられることもある。
「アリーのためなら伯爵より上を目指す」
「いえ、爵位なんていらないです」
即答してしまった。でも本当にいらない。
「私…、王都でお金を貯めて、田舎に帰る予定なんです」
ばぁばが『使っていいよ』と言ってくれた小さな家と庭がある。
そこでのんびり暮らしたい。
オーリアンは理解できないようで、首を横に振った。
「騎士としての仕事がある。必要ならばアリーと暮らせる屋敷を用意するしメイドも雇う。こちらで不自由なく暮らせばいい」
「ごめんなさい…」
「私の…、何がフォードより劣っているというのだ?」
そんな話はしていない。
「フォードと結婚するとは言っていません。現時点では『私を理解しようと努力している』人で、恋人ではありません」
「しかし…、さっきから君はずっとフォードの腕を掴んでいる」
指摘されて気づいた。
本当だ。
私の左側に座るフォードの右腕に自分の左手を置いていた。
「これは……」
「意識してのことではなく…、兄貴が怖いんだよ」
フォードが『最初がまずかったな』と言う。
「たとえ番でも強引に襲うなんて、絶対にやっちゃいけなかった」
「番…だぞ?」
「オレ達にとっては、な。でも、アリーにとっては暴力的な大きい男だ」
私の恐怖心が消えなければオーリアンと二人きりで話すのは難しい。
それまで黙っていたファーナム伯爵がオーリアンに言う。
「残念だがオーリアンは諦めたほうが良さそうだな」
「しかし……」
「私にはヴィクトリアという素晴らしい妻がいるから大丈夫だが、それでもアリーに関してはかなり好ましいと感じている。恐らく…、遺伝的なものだ。我が家の直系男子、全員に影響があってもおかしくない」
フォードも頷く。
「オレ達には他にも番がいる可能性がある」
「ならフォードも…」
「でもオレはアリーと恋愛結婚するって決めたから、アリーが受け入れてくれる日を待つ」
「それは…、何日だ?」
何日我慢すれば『恋愛結婚』が成立するのかと聞かれて、フォードがドヤ顔で答える。
「それがわからないのが恋愛ってものなんだよ」
うん…、そうだけど、なんかちょっとイラッとした。




