01 運命の相手
個人的な事情により感想、誤字報告等は受付ておりません。あいまいな設定や適当な台詞などもスルースキルでご容赦ください。
キルルーク王国首都クロン。小さな田舎町とは異なり、いろんな種族であふれかえっている。
獣人、エルフ、ドワーフ…、この国の大半が獣人だ。
基本、獣人は愛情深いと聞く。番と呼ばれる『運命の相手』と出会えれば、一生、ただ一人を深く愛する。
番と出会わなくとも幸せに暮らしている人は多い。総じて一途、そして独占欲が強い。
運命の相手でなくとも好みの匂いや雰囲気というものがあるようで、野生の勘が重視されている。
野生をカケラも持ち合せてはいない私には一生わからない感覚だ。
「出会った瞬間にわかるの。視線や匂い、体温が他の人とは違って、触れただけで幸せな気持ちになれるのよ」
そう教えてくれたのは田舎町での幼馴染、うさぎ獣人のライマ。
ライマはふわふわの白い耳が自慢で、髪も艶のある白色。腰まで伸ばした髪が動くたびに美しく揺れる。肌の色も真っ白で目は赤みがかかった茶。背は165センチくらいだろうか。とてもスタイルが良い。
お洒落な人が多い王都の中でも、負けていない可愛さだ。
150センチの私からみれば背が高いが、この世界は種族的なものか体格の良い人が多い。うさぎ獣人のライマは小柄なほうなので、それよりも小さな私はよく子供に間違われていた。
「早く番に会いたいなぁ」
「ライマは可愛くて美人だから、きっとすぐに会えるよ。そのために王都に来たんだもん」
「そうよね。頑張らなくちゃ。アリーも小柄だけど可愛いから、きっと素敵な人が見つかるわよ」
名前もないような山間の田舎町から王都に来て三ヶ月。
ライマとは異なり私には『運命の相手』がおそらく存在しない。
鋭い嗅覚や野生の勘がないのだから、気づくわけがない。
この国では非常に珍しい純粋な人族。
獣人の血がまったく混ざっていないとバレると面倒なので、常にばぁばから貰ったお守り袋を身につけていた。私にはわからないけど、ほんのりカワウソ獣人の匂いがするらしい。
「ライマ、私、外の掃除をしてくるね」
食堂の椅子に座って爪の手入れをするライマに声をかけると。
「うん、お願い~」
ひらひらと手を振る。
そういった女の子だ。自分の欲に正直でそれを隠すこともない。回りくどい方法で『困ったな~、掃除かぁ、手が荒れているんだけどぉ』なんて言わない。堂々と『掃除は嫌いだからよろしくね』と。
代わりに私が苦手とする『接客』『酔っ払いの相手』『仕事の上で必要な交渉』なんかをしてくれる。
正反対な性格だけど、それが良い感じに機能している。
うん、接客より掃除のほうが好きだ。お客さん相手はとても疲れるのだ。
庭掃き用のホウキを手に店の外に出た。
ここは冒険者ギルドの横にある食堂。宿屋も併設されている。
田舎では戸籍も身分証もないため、上京した人間はまずどこかのギルドに登録をする。
冒険者、商業、鍛冶…。ファンタジーの世界。
ライマと一緒に上京した私は仕事が最も多い冒険者ギルドに登録をした。冒険者と言っても全員がモンスターと戦うわけではない。低ランクは街の中での安全な仕事を紹介してもらえる。
ライマは17歳、私は16歳。一人でふらふらしていたらいろんな意味で危ない。攫われて奴隷…なんてこともある。
生活の基盤ができるまでは…と冒険者ギルド直営の食堂と宿屋で仕事をしていた。住みこみなので食事も無料。そして従業員扱いなのでヨソで働くよりは安全。
身内意識が強く面倒見が良いのも獣人の特徴だ。
ライマは接客中心で、私は掃除等の雑用係。
肩を越える長さの黒髪に黒眼。黄色っぽい肌はお客さんにあまりウケが良くないし、子供に見えるため『こんな小さな子を働かせているのかっ』とクレームにもつながる。
私としても掃除など雑用のほうが気楽で、コツコツ真面目に働くのは人種的真骨頂。
日本での名前は鈴木羽愛璃。私にフェアリと名付けた母は、子供から見ても大変だらしない人だった。
男関係が、特に。
男の人が来る時はアパートを追い出され…、七歳の時、変質者に追われて逃げるために川に飛び込んだ。
あの時の気持ちを言い表すことは難しい。
死のうと思ったわけではないが、死んでも良いと投げやりだった。
とにかく逃げたかった。
でも、逃げることに疲れてもいた。
私に無関心な母、にやにやと笑いながら私を見ている母の恋人達、そして追いかけてきた大男。
家でろくに面倒をみてもらっていなかった私には友達もいなかった。いじめられてはいなかったが『関わり合いになりたくない』という空気は感じていた。
闇雲に走った先に見つけた川には車一台が通れる程度の橋がかかっていて、手摺も低かったので子供でも飛び越えることができた。
落ちた後のことは覚えていない。
次に目覚めた時にはこの世界にいた。
山間の小さな町の近く、川のほとりで倒れていたらしい。
最初は言葉も通じなかったが、拾ってくれたノーシャばぁばがとても良い人で『孫娘』として育ててくれた。
読み書きとこの世界での暮らし方を教わった。
そして私をとても愛し可愛がってくれた。
もう会えないけど。
箒で店の前をきれいにして、次は拭き掃除だ。
夕方、食堂が開く前に終わらせて、終わったら厨房を手伝う。働くことはあまり苦にならない。体を動かしていると時が過ぎるのも早い。
夏に上京して三ヶ月もたてば季節も変わる。水が冷たくなってきたなと思いながら 雑巾を絞っていると。
いきなり体が浮き上がった。
驚いたが声は出なかった。それよりもバケツがひっくり返った上に絞りかけの雑巾のせいで辺りがびしゃびしゃで、そっちのほうが気になった。
ゆっくりと視線をあげると。
これぞ冒険者というスタイルのかっこいいお兄さんが茫然とした表情で立っていた。耳と尻尾はつやつやの銀色で狼っぽい。
イケメンだ。革のジャケットもよくお似合いです。
それから視線を下に移す。
細く長い、だけどふさふさの立派な尻尾は虎っぽい。私を抱えあげた人の尻尾…だよね。
もう一度視線をあげて狼獣人さんに聞く。
「すみません、仕事中なのですが…」
「あ~……、フォード、こら、子供相手になにやってんだ、離せ」
「これはオレの番だ」
低い声で言われたが。
「私にはわかりません」
すとんと降ろされた。
目の前に胸…。この人も背が高いな、いちいち見上げるの、大変だな…と思ったが。
身をかがめてくれた。
「何故、わからない」
金色の瞳だった。オレンジがかった金色の髪と瞳で派手な人だ。そこに虎の耳と尻尾である。色彩が派手だし、顔立ちも雰囲気もかなり派手。服装から冒険者だろうと察しはつくが素人目でもわかる質の良さ。本人も服装も放つ空気まで最高品質。
テレビや雑誌の中で見るには大喜びだが、近くに居てほしいタイプではない。
落ち着かない。
「オレのことがわからないのか?」
重ねて聞かれて頷いた。
「私は人族の血が濃いようで、鋭い嗅覚も野生の直感もほとんどないのです」
「………だが、おまえはオレの番だ」
「そう…ですか。えーっと、仕事に戻っても良いですか?」
ものすごく不機嫌そうな顔になった。
ちょっと怖い。
「あの…」
「番を働かせる気はない」
「ギルドの依頼を引き受け、今月いっぱいはここの食堂で働く約束になっています。依頼を断れば違約金が発生します」
「オレが払う」
そう言うとひょいと私を片腕で抱きあげた。
「困ります」
「番を働かせる気はない。ましてここは男の出入りも多い」
「大丈夫です。私は子供にしか見えません」
「そういった趣味のヤツもいる」
確かに。日本で追いかけてきた大きな男はそういった趣味だったのかもしれない。
………落ち着いて思い返してみるとアレは大男ではなかったかも。子供から見れば大きな男だったというだけで。
いや、そんなどうでもいいことを思い返している場合ではない。
「本当に困ります。私にはあなたが番かどうかもわかりません」
「………見たところ困窮しているのだろう?」
「まぁ…、そうですね」
「衣食住の世話をしてやる」
「見ず知らずの方にお世話をしてもらう理由がありません」
「………見ず知らずではない。番だ」
話しながらもギルド内に入り、受付に到着してしまった。抱きあげられたままで逃げられない。
「この子の依頼を終わらせたい。違約金はオレが払う」
顔見知りの受付嬢は最初、驚いた顔で固まっていたが、男の顔を見ると真っ赤になって奥へと走ると私の契約書を持ってきた。
「こ、こちらになります」
男はギルドカードを受付に差し出した。
ギルドカードは身分証になるだけでなく、依頼の記録、報酬の保管もできる。当然、本人以外には使えないよう魔法的なセキュリティもかかっている。それが田舎から出てきた者達もギルド登録する理由のひとつだ。
現金の持ち歩きはあぶない。田舎者なら、特に。
受付嬢は私のカードで解約を、男のカードで違約金の引き落とし手続きをすると。
「アリー、大丈夫なの?」
手続きを終えてから聞かないでほしい…。
「まったく大丈夫ではありません。非常に困っています。なんとかなりませんか?」
「ごめんね、私には…たぶんマスターでも無理だと思う」
今は床に降ろされているので、男を見上げた。
「貴族ですか?」
「冒険者だが貴族でもある」
「ダブルパンチ……」
受付嬢の態度から高ランク冒険者だとわかる。そしてマスターでも意見できないとなればそれなりに高位の貴族。
ため息をついた。それも長~いヤツ。
だって仕方がないだろう。
小心者の引きこもり気質。ここで働いているのだってかなり無理をしてのことだ。本当は田舎でのんびり暮らしていたいのに。
「………そんなにオレが嫌か?」
「今日、出会ったばかりで好きも嫌いもありません。ただ、困惑しています」
「何故?今日から働かなくてもいいし、食事も十分にとらせる。おまえは小さすぎるからもっと食ったほうがいい。服も…欲しいならドレスでも宝石でも買ってやる」
なんて説明すればわかってもらえるのだろうか。
男の袖を引っ張ってカウンターから離れてから小さな声で言う。
「あのですね、私には野生がほとんど…いえ、まったくないのです」
「みたいだな」
身をかがめて。
「イタチか…カワウソの血だな。かなり薄い」
「そもそも結婚する気もなかったのですが…、仮に結婚するのならば恋愛結婚をしたいのです」
「恋愛結婚?」
頷く。実母を見ていたせいか結婚願望はほとんどないが、好きな人ができたら考えようとは思っていた。
言葉にするにはあまりにも乙女というかお花畑だが、勇気を振り絞って言った。
「好きになった人と結婚したいのです」
直感を信じる獣人には理解不能な感情だろう。ライマにはわかってもらえなかった。
男もぽかん…としていたが。
「………わかった」
「わかっていただけましたか?では、依頼取消の取消を…」
「オレの事を好きになればいい」
全然、わかっていなかった。