02
起きた時、また目を覚まさないんじゃないかと思ったと母が泣いた。
思考を回転させ疲れきった脳には甘いものが染みる。
テーブルに置かれたパンケーキをあっという間に平らげた時にはもう大丈夫ねと母は笑っていた。
「ごめんなさい。心配かけて」
「謝るようなことじゃないわ。本当に安心したんだから」
涙を拭い彼女は言う。
形だけの母親という言葉に胸にモヤモヤが残るが彼女が喜んでくれるならいくらでも呼ぼう。
…そういえば、お母さんとは喧嘩別れだったとふと心に影を差す。
「マリア様、お嬢様に会いたいとクリフ様が」
「あら、もう来たの?愛されているわねリリー」
「クリフ…さま?」
聞き覚えのない名前に首を傾げる。
リリーの頭の中にもその名前はない。
"愛されている"ということはどういう事なのか、男か女なのか。名前的には男な気がする。
どんどん話を進めていく母についていけずハテナしか浮かばない頭。
どうやらここまで来るらしい。
「あのお母様?私、こんな格好なんですが」
「え?なあに、着替えたいの?なら少し待ってもらう?」
「えーっと…そうですね」
初めて会う人にパジャマ姿はシャレにならないと思い頷くと母がクローゼットからふんわりとした水色のワンピースを取り出す。
そそくさとそれを受け取ると待たせるわけには行かないと慌てて着替える。
「クリフ様はそこまで気にしないんじゃない?あんなに心配していたくらいなんだから」
「ええ…」
それはどういう仲ということなのだろう。
ユーリはクリフをリビングで待たせていると言っていたのではしたないと思いつつパタパタと慌てて廊下を駆ける。
「お待たせ致しました…」
ひょっこりとドアから顔をのぞかせ相手を確認する。
綺麗な顔をしている人。黒い髪にブルーの瞳。身なりを見てやはり身分の高い人なのだと理解する。
「ああ、リリーやっと目覚めたのか」
どこかホッとした顔で私の傍に近寄ってくる彼に少し後ずさりしてしまう。
端正という言葉が似合う人だと思った。
しかし会ったら何か分かるのではないかと思ってここまでやってきたが何も浮かんでこない。
彼と母がなにか会話をしているがそれさえも頭に入ってこず焦りばかりが心を占めていく。
どうしよう、どうしよう。
こんなに親しい人が分からないなんて焦りしかない。
どうする?誤魔化す?そんなことすぐにバレてしまわないか。
冷や汗が止まらずじっとユーリを見つめてもニコニコと笑顔で私と彼を見ているだけだ。
「リリー?」
何も語らない私に違和感を覚えたのか彼が名前を呼ぶ。
「あの、…あなたは誰ですか?」
ぽろりと口から出たのはそんなどうしようもない言葉だった。