01
本の虫だった私と不器用さんな彼の話。
「結婚は決まっているけれど、好きになれるかは分からないわ」
「それなら頑張って振り向かせるだけだ」
出会いをやり直したかったふたりのお話。
前世の記憶、なんて昔読んだ物語ではそんな風に軽く一文で流されていたけれどこれはとても大変なことなんだと身をもって体感した。
それは何故か、今そのみんなが言う"前世の記憶"というやつを思い出したからだ。
お決まりのように高熱でうなされていて目覚めたらどうしようもなく現実にため息した。
ガンガンと頭痛は収まらないしこれは最悪だ。
「…こういうのって、みんな前世の記憶に頼りながら人生を謳歌するのが定番よね?」
婚約破棄をもぎ取るために奔走したり、周りに何故か愛されちゃったり。
いや、無理だな。私はとんでもなくマイナス思考だしもし男でも自分自身に恋なんてとても考えられない。
本当はとんでもなく焦ったりするべきなのだろうけれどそんな風に焦ることが出来たら今頃私死んでないんじゃない?
リリー・キャンベル、それが私の名前だ。
「お嬢様、お目覚めになられましたか!」
「ええ、なんだかとても頭がスッキリしているのよ。これもお医者様のお薬のおかげかしら?」
近寄ってきた女性はリリーの世話をしている女性だ。
栗色の髪を後ろに束ね、クラシカルなメイド服に身を包んでいる。まるで絵本から飛び出してきたようだ。
「二日、二日です!目覚めたらすぐそばにいたいからってマリア様がずっと…!」
「お母様には悪いことをしてしまったわね。…うーん、でもこの時間だとまだ眠っているかしら」
「いいえ、どんなに朝早くても夜遅くてもお嬢様がお目覚めになられたら起こせと言われておりますので!本当はずっと付きっきりでいたいと仰られていたので」
「そう、ありがとう。ユーリ」
にっこりと微笑む。
必要以上に饒舌になっていることがばれやしないだろうか。そんな心配もよそに彼女はパタパタとお母様のいる部屋に走っていく。
はあ、とひとつ重いため息。
必要な所作、だいたいの家族関係などにはまったく問題はない。
自分ではない身体から引き出すように情報が溢れてきて少し気味が悪いくらいだ。
だけどこれを利用する手はない。少なくとも私の意識が途絶えるまでこのまま生活をしなければいけないのだから。
情報を整理しよう。
リリー・キャンベルは今年で16歳になる。
そんな彼女の身の回りの世話を任されているのは主にさっき私の傍にいたユーリ。
父母ともに健在。とても仲がいい。
兄弟姉妹はいない。リリーは一人っ子だ。
だいたいこれくらい分かればいいだろう。
リリーはどちらかと言えばものをハッキリと申す子だった。性格が悪いとか気が強いとかではなく人の為に行動ができる人。
それが、今の私?
前は根暗で腐るほど図書室や図書館に入り浸って本を漁っていた私が?
今私の意識は10分の7ほどが"私"であり残りがリリーの存在を確かめさせている。
それはまずいことなのではないだろうか?
「…もう一度寝ようかな」
目が覚めたら、願わくば現実に。
そう祈るように目を閉じた。