初戦闘
微グロ注意。
その後心無しか沈んだ様子のサルマンからその他諸々の注意事項を聞き、会談…というより戒談は終わった。
それぞれが適当に挨拶を交わし、解散となった。
なんでも先程使った裂け目は探索が全て終わったときに消去するのだとか。
当分の資金の授与も忘れられない。
裂け目の除去に伴い給料が貰えていく方式らしい。
とりあえず閃は潤沢恭と協力体制を敷き、帰還した。
他の人の中には一度現実世界の街に行くという人もいた。
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裂け目をくぐる感覚というのはどうも苦手だ。空気が一瞬にして別モノになる。
「ただいま。レンさん」
恨みは忘れちゃいないが声はかけるのが筋だろう。
「…何か不満げですね?」
「頭から落ちたからね。デコピンで済ましてあげます」
「やです」
だんだんレンさんの表情は読めてきた。
今は自分から不満げだの言って来たくせにレンさん自身が大層不満げだ。わずかに頬が膨らんでいる…ようなそうでもないような。
「ていうかさ、さっきと場所違わない?」
「はい。ここが神担さんの最初の担当地区です」
ここはもはや夕焼けの丘ではなく、雪の降り積もっている世界。幸いにも今は雪は降っていないが、この様子を見るにとてつもなく視界は悪くなるはずだ。
「随分と変わるものだね?」
「ここは理想郷に冬の概念を与えた区域ですから」
「そーゆーもん?」
「割り切ってください。そーゆーもんです」
なんだかんだでレンさんにも慣れてきた。
というかあと追いするような口調がすごくKAWAII。
「あ、あのさ…敬語やめにしない?お互い…さ」
「どうしたんですか?急に。別にい…いです……ん?」
「どうしたのレンさん?……え?」
どこからともなく小鳥の声が聞こえてくる。春の日差しを連想させるそれはあまりにも似合わなすぎる。
「…これも理想郷の副産物?」
「違います。おそらく…他の誰かのスキルでしょう。念の為臨戦態勢をとって下さい」
「わかった」
次の瞬間。いきなり吹雪が体を叩きつけ。
およそ10メートル先の世界が歪んで…裂けた。
「案外行けるもんやねぇ?あらまぁ凄い吹雪やね。ほら、傘」
「…こちらに」
その先には
着物を着た女性―竜胆穂と。横にいるレンさんと瓜二つの見た目をした女性…というかレンさんの分身。
「竜…胆さん…?」
「…感心しませんね。私を召使いのように扱っていることも、裂け目を作ることも」
「裂け目作るとどうなるの?」
「先程聞いてきたかもしれませんが…取り敢えず今は目の前に集中して下さい。敵意が見らレ…」
「うるさいわぁ…せっかく閃クンが私を見てくれはったのに…」
いつの間にか隣に立つ竜胆さん。その動作は僕には見えなくて。
逆さに落ちていく…
削がれたレンさんの顔面がヒラリと花びらのように雪に落ちた。
「この鍵もよう切れるねえ」
僕は血刀をぶら下げる竜胆さんを見上げていた。
いつの間にか僕の腰は地面に着き、ひやりと体を冷気が覆う。
声が震える。
「あ、れ…レン…さ………」
「駄目よ。私を見て。私だけを!貴女はめいいっぱい可愛がってあげるわ。さぁ私と来なさい?そのためにここに来たのだから」
耳障りな声が聞こえる。
どうやらエセ関西弁だったようだ。
(あれ…なんで…冷静に…)
頭が冷える。
雪の絨毯に倒れ付した骸と無表情を貼り付けた能面から溢れ出た鮮血はズブズブと黒ずみ、もう一人のレンさんの元に集う。
「な、な…に、してくれてんです?あんた…竜胆…」
僕の頭はどんどん冷える。太陽の閉ざされた大地のように。
場違いな感想が並べ建てられる。頭が回る…
「何って私のスキルですわ。『花魁道中』。私の前は全て道となり望む結果を手に入れる…正に花魁たる私に相応しいやろ?」
仮面を外す竜胆。そこには白塗りにお歯黒をつけた壺のような形の顔。陰惨に笑うその顔は…とても。
正視できるものではない。
「そんなこと…聞いて無いんですよ!」
腸が煮えくり返る。というのはこの様な気持ちなんだろう。
「……そっちの…レンさん?探索者同士って…認められてるの?」
コクリ、と律儀に答えるレンさん。
「ねぇ…確かにまだ短い間柄だったけど…胸糞悪いにも程がある」
意識が黒く、黒く澄んでいく。
「わからないんですよ…なぜそんなことをするんです?」
もう震えはない。舌下に張り付いた悲鳴は凍えて。
「答えて…くれ…る?なぁああぁぁあ!」
激情が体を支配した。
「『天手力男命』!!」
熱波が吹き荒れる。隠れた太陽を戻すため。取り戻すため。この力を目の前の醜女にぶつけ散らす!
「嫌やわぁ…私は閃クンを手元に置きたいだけなんやけど…ハァ…愛玩動物には躾が必要なんやね」
ため息とともに唇を舐める標的。
いつの間にかもとの位置に戻っている竜胆に顔を向け…
「勝ったら…あんたのレンさんは貰うよ。そして僕は疑問を解決する…四肢をもがれても…もいだとしても」
手に握った直刀を構え…走り出した。
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竜胆は驚愕していた。
目の前の愛玩動物は死体慣れはしていないはず。
レンを殺せば手に入る、そう信じていた。
なのに…アレは怒りに身を任せスキルを発動している。
アレが叫んだ瞬間、熱波が場を支配し吹雪は消滅した。
そこには古風な直刀と麻の服を着たアレ。
竜胆は恐怖し始めていた。