ここからスタート。…やっとね。
「…え?」
夕焼けに染まる丘に一人の少女が立っていた。
どこか大人びている雰囲気の、今にも消えそうな儚い少女が。
「レン…さん?」
「はい」
「どうしたの?てっきり影のままなのかと…」
「神担さんが寝る少し前、探査のキャンセルを申し出た人が予想以上に多くて…」
「予想以上に一人に割けるリソースが多くなったわけだ」
「はい。具体的には75人中64人がキャンセル致しました」
予め具体数を上げるあたり、レンも閃との会話になれてきたというべきか。
「そんなに連れてきてたんだね…そっちに驚きだよ」
思わず口が歪む。
「まぁそれはそれとしてさ?僕はレンさんの顔を見るのは初めてなわけだ」
「そう…なりますね。私は見えてましたが」
「そりゃそうだよね。兎に角、改めてはじめまして。よろしくね?」
朗らかに笑う閃に少し頬を弛めるレン。
冒険の始まりにふさわしい一場面。
(ここからスタート。)
「…やっとね」
「どうしました?」
「ううん。なんでもない」
――――――――――――――――――――――――――――――――
「そろそろ移動しましょうか。その他諸々については歩きながらお話します」
「そういえばここってどこなの?」
「安全地帯みたいなものですね。そして今から装備の調達のためこの世界の首都に向かいます」
レンの限りなく白に近い銀髪が歩く彼女の動きに合わせて揺れる。
「そういえば人もいるって言ってたね。なんて名前なの?」
「仮想域統治権保持皇国『オズワルド』。これが正式名称です」
「冠詞長くない?」
「皇国内には概念世界への移動門や探索者の集会所があります」
神担の疑問は取捨選択すべき。レンは深く心に刻む。
「その前に神担さんのスキル、報酬についてお話をしましょうか」
「待ってました!」
固唾を飲む神担。
「…最初にスキルについてお話しましょうか。先程血を垂らしていただいた紙に記入されていますのでご確認下さい」
空気を読むレン。
「えーと…ここ?」
「はい。そこです」
「だってこれ…神様の名前だよ?」
文字を指差し神担は首をひねる。
「『天手力男命』」
予想外の名前に神担は頭をかきながら説明する。
「あー…僕の家は信心深くてね…一族みんな神様オタクみたいな…僕もその例に漏れず一番好きな神様の名前がこの神様なんだ」
「なるほど。恐らくそのことを知った私の上司の仕業でしょうね」
「一応カミサマなんでしょ?」
「…えぇ」
苦虫をかみ潰すどころかすり潰す様な顔をしてみせるレン。
そういえば玉についてききたいこともあったんだっけか。
閃の思考は螺旋に落ちかける。
「ところで一度使ってみては?」
「そうだね。ごめんね?また疑問が…」
「知ってます。ちなみに使い方はスキルの名前を声に出す、もしくは強く念じる、です」
落ちた思考を無理矢理引き起こし、閃は叫ぶ。
「『天手力男命』!」
―瞬間、熱波があたりを包んだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
その日、新たな11のスキルが発現することとなる。
それぞれが思い思いに振るう力。
危険なんていくらでも…
一人、顔を歪めた誰か。めいいっぱい凄惨に。
「『ブレイク・ストーリー』」
草木は翻り近くの影も消えた。
――――――――――――――――――///〜〜〜〜〜〜〜〜
『瞬間、熱波があたりを包んだ。』
「これで…いいかい?」
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数分後。
あたりはボコボコとした大地に生まれ変わっていた。
「次に報酬ですね。探索者が理想郷を完全な状態にする上で最も貢献した人物にのみ送られます」
「一人だけ…なの?」
「はい。なにせ報酬というのは理想郷の運営権ですので」
「…はぇ?…あ……えーと…そのオズワルドだっけ?の王さまになるってこと?」
「それも出来ますが…ここでの運営権とは何者にも縛られない、この世界限定の願いを無限に叶える権利のことです」
「それは…」
「望むなら貴方の世界への侵攻も出来ます」
それはあまりにも壮大で、危険極まりない権利。
当然、不適な人物はいるかもしれないわけで。
「な、なら僕が…」
しかし閃自身が適切な人物かなど証明できるわけでも無し。
「人の善悪は当人の行動によって決められるもの。ただでさえ曖昧な定義なんです。他人の未来を個人で決めつけないでください」
「でも…」
「わかるはずですよ?神担さんなら」
いつもより雰囲気の鋭いレン。
「そっか…そう、だよね。うん。ありがと」
「いえ、わかればいいんです。責任ある仕事なんですから。それ相応の覚悟を持っていて欲しかったんですよ」
「やさしいね?さては」
「無粋ですね?さては」
「ふふっ」
一転、緩む空気。
決意を新たに…なんてほどでもないが、少なくとも先程よりも歩く力に熱が入ったような気がした。